当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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エルナとシオン、そしてユリの三人は、自由都市の地下に隠された「賢者の書庫」を訪れていた。 ここには、世界の成り立ちや、失われた古代魔法の記録が眠っている。運命の修正力を根本から断つ方法を探すためだ。


埃っぽい書庫の奥で、エルナは一冊の古い日記を見つけた。それは、かつてこの世界を設計した「神」の嘆きのような記述だった。


『物語は繰り返される。悪役は散り、聖女は結ばれる。その輪廻を断とうとする者は、因果の渦に飲み込まれるだろう』


「……殿下、あなたは一度目の人生で、どうやって時間を戻したのですか?」


エルナの問いに、本をめくっていたシオンの手が止まる。 彼は重い口を開いた。


「……私の心臓を代償にした。お前が処刑された後、私は狂ったように魔導書を漁り、禁忌の儀式を行った。お前がいない世界に価値などなかったからだ。……だが、戻ってきた世界でも、お前はやはり私を愛さず、逃げ出した」


シオンの声には、自嘲の色が混じっていた。


「私はお前を救いたかった。だが、私の愛はお前を追い詰め、死へと追いやった元凶でもあったのだ。……今世で、お前が私を嫌い、婚約を辞退した時、私は絶望した。だが同時に、誇らしくも思ったのだ。お前が、運命に抗おうとしていることに」


(……この人、本当に不器用すぎるわ)


エルナは少しだけ、シオンという男への見方が変わるのを感じた。 彼はただの独占欲の塊ではない。自分の過ちを認め、それでもなお、彼女を生かしたいと願う、あまりにも身勝手で、あまりにも純粋な「祈り」の体現者なのだ。


「殿下。私はあなたを許したわけではありません。でも……その『後悔』に、私を巻き込んだ責任は取ってもらいますわよ」 「ああ、喜んで。……一生かけて、お前の不興を買い、お前を守り抜こう」


シオンの執着は、今や「守護」という名の呪いへと姿を変えていた。



リベルタスでは年に一度の「星降る祭典」が開催されていた。 街中が色とりどりのランタンで飾られ、人々が仮面をつけて踊る。エルナたちもまた、追っ手や世界の修正力の目を欺くため、仮装して祭りに繰り出した。


「お姉様、見てください! わたあめですよ、わたあめ!」 「ユリ様、はしゃぎすぎですわ。……でも、確かに綺麗ね」


エルナは、地味な町娘の仮面をつけて周囲を見渡した。 隣には、不気味なカラスの仮面をつけたシオンが、影のように寄り添っている。彼は一切祭りを楽しんでいる様子はなく、常に周囲を警戒し、エルナに近づこうとする男たちに無言の圧力をかけていた。


「殿下、少しは楽しんだらどうです? そんなに殺気を飛ばしていたら、美味しい屋台の料理も味がしませんわ」 「……お前が笑っていれば、それでいい。それに、この街には不穏な気配が満ちている」


シオンの予感は的中した。 祭りの最高潮、花火が打ち上がった瞬間、街の時間が「停止」したのだ。 動いているのは、エルナ、シオン、ユリ、そして――。


「……やあ、楽しそうだね。僕を仲間外れにするなんて冷たいじゃないか」


仮面を脱ぎ捨てて現れたのは、隣国の王子レオンだった。 だが、彼の瞳はいつもの不敵な色を失い、どろりとした黒い闇に侵食されている。


「レオン殿下!? その目は……」 「世界の意志が僕に囁いたんだ。『あの令嬢を殺せ、さもなくばお前の国を滅ぼす』ってね。……ごめんよ、エルナ。僕は君が好きだけど、王としての義務には逆らえないんだ」


レオンは、世界の修正力に取り込まれた「断罪の代行者」として、エルナの前に立ちはだかった。
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