当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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ついに、水平線の彼方に緑豊かな大地が見えてきた。 アステリア王国の古文書にすら記されていない、伝説の「未踏の大陸」。 そこは、世界の意志から切り離された、真の意味での自由が眠る場所のはずだった。


「お姉様、見えました! あれが新しい世界ですね!」 ユリが歓喜の声を上げる。レオンも、甲板で清々しい風を受けながら笑っていた。


「……ようやく辿り着いたな、エルナ」 体調を回復させたシオンが、エルナの隣に立つ。彼の髪は元の黒に戻っていたが、その魔力は以前よりも研ぎ澄まされ、どこか不穏な輝きを放っていた。


船が海岸に接岸し、四人はついに新しい土を踏んだ。 そこには、見たこともない色彩の植物が咲き乱れ、空中には透明な精霊たちが舞っている。


「ここなら、王宮の作法も、悪役令嬢の役割も関係ありませんわ! 私は、私の好きなように生きるんですから!」


エルナが両手を広げて叫んだその時――。 森の奥から、数人の人影が現れた。 彼らは人間ではなかった。頭部に美しい角を持ち、肌には銀色の鱗が輝く、古代種族「ドラゴニュート」。


「……異邦の民よ。この地へ足を踏み入れるとは、命知らずなことだ」


リーダー格の男が、巨大な槍を地面に突き立てる。 「この大陸は、かつて世界を捨てた『本物の神』が住まう場所。定命の者が触れていい領域ではない」


同時に、空が急激に暗転した。 アステリア王国から追ってきたはずの「世界の修正力」が、ここではより強固な実体を持って、空から巨大な目の形となって彼らを見下ろしていた。


「……ふっ、退屈しなくていいな」 シオンが不敵に笑い、エルナの肩を抱く。 「エルナ。どうやら新しい世界でも、私はお前を守るために剣を振るう必要がありそうだ」


「望むところですわ! シオン殿下、そして皆さま! 逃避行はまだまだ序盤ですわよ!」


新大陸での過酷な生存競争、そして世界の真実を巡る戦い。 エルナとシオンの「愛と執着」の旅路は、ここから更なる激動の展開へと突き進んでいくのであった。



未知の大陸、その名も『レガリア』。上陸したエルナたちを待ち受けていたのは、屈強な肉体と銀の鱗を持つ古代種族、ドラゴニュート(竜人族)の戦士たちだった。 彼らの集落へと連行された四人は、巨大な竜の骨で組まれた長屋に閉じ込められる。


「シオン様、あの方たちの槍……魔力が込められていて、私の浄化魔法を弾くんです。ここでの『魔法』は、私たちが知っているものとは法則が違うみたい」 ユリが不安げに呟く。一方でシオンは、脱出の機会を窺うというよりは、隣に座るエルナの指先を執拗に弄んでいた。


「……殿下、こんな状況でよくそんなに落ち着いていられますわね。下手したら食べられてしまいますわよ?」 「案ずるな、エルナ。奴らがその汚い牙をお前に向けた瞬間、この村ごと氷の底に沈めてやる。……それより、お前の指先が少し冷えている。私から離れるからだ」


(この男、状況判断よりも私の体温維持の方が優先順位が高いの!?)


エルナは溜息をつき、拘束されている縄を現代知識で習得した「サバイバル術」であっさり解いた。そして、集落の長である剛健な男、ガルドの前に進み出る。


「長(オサ)とお呼びすればよろしいかしら? 私たちを殺すのは勝手ですが、その前に損得勘定をなさいませんか?」


エルナは馬車からこっそり持ち出していた、アステリア王国の特産品である「岩塩」と「乾燥スパイス」を差し出した。 この大陸は魔力は豊富だが、味覚の文化は原始的だった。ガルドが恐る恐るスパイスの効いた干し肉を口にした瞬間、その瞳に衝撃が走る。


「……なんだ、この熱い刺激は。脳が焼けるような……だが、止まらん!」


「それは『胡椒』と『唐辛子』の魔法ですわ。私を殺さず、協力者として扱うなら、この大陸の食文化を一変させて差し上げますわよ」


こうしてエルナは、「悪役令嬢」の外交手腕とスパイスの力で、敵意に満ちた竜人族の心(と胃袋)を掴むことに成功した。しかし、それを見つめるシオンの瞳は、エルナが自分以外の男と交渉していることへの嫉妬で、ドロドロに濁っていた。
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