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塔の崩壊を間一髪で免れ、集落に戻った夜。 シオンは魔力の使いすぎで、エルナの膝の上で力なく横たわっていた。 冷たい月の光が、彼の端正な横顔を照らす。
「……エルナ。お前は、いつか私の前からいなくなるのか?」 普段の尊大さが消え、子供のような、か細い声。
「……。殿下が、私をそんなに縛り付けるからですわ。私は、自分の足で歩きたいんです」 「わかっている。……だが、怖いのだ。一度目の人生でお前を失った時、私は、自分の体から心臓を抉り出されたような気がした。……二度目のお前が、私を嫌っているとしても、生きているだけでいいと思っていた。……だが、欲が出た。お前に、私のことだけを見てほしいと」
シオンはエルナの手を、自分の心臓の上に置いた。 ドクンドクンと、異常に早い鼓動が伝わってくる。
「これが、お前への『愛』だというなら、私は一生、この苦しみを抱えて生きていく。……逃げてもいい。だが、最後には必ず、私の腕の中に戻ってこい。……約束だ、エルナ」
エルナは何も答えられなかった。 彼の愛が、純粋すぎて、あまりにも鋭い刃物のように自分を突き刺してくるから。 嫌いになれたらどれほど楽だっただろう。だが、自分のために世界を敵に回し、命を削り続けるこの男を、突き放すことはもうできなかった。
「……とりあえず、明日の朝食は殿下の好きなベリーのタルトを作って差し上げますわ。……だから、そんな死にそうな顔をしないでくださいまし」
「……タルトか。……結婚式のケーキの練習だと思ってもいいか?」 「よくありませんわ! 寝てなさい!」
逃亡令嬢と執着王子。 二人の旅は、一筋縄ではいかない絆を育みながら、新たな章へと続く――。
竜人族の集落に迎え入れられてから数週間。エルナは持ち前のバイタリティを発揮し、新大陸の未知の植物を活用した「商会」の基盤を作り上げていた。特に、森の奥で見つけた黄金色に輝く果実「太陽の雫」は、一口食べれば魔力が回復し、肌が若返るという劇的な効果を持っていた。
「これをジャムにして、竜人族の鱗を磨く研磨剤と交換……。うん、これならこの大陸での通貨基盤が作れるわ!」
エルナが集落の広場で、竜人族の女性たちに囲まれながら「美肌効果」について熱弁を振るっていると、背後に冷え冷えとした空気の塊が立ち込めた。振り返るまでもない。この、心臓の鼓動を狂わせるほどの魔圧の主は一人しかいない。
「……エルナ。もう三十分も、あのごついトカゲのような女たちと笑い合っているな」
シオンが、不機嫌を隠そうともせずにエルナの腰を引き寄せた。彼の腕は鉄の枷(かせ)のように強く、エルナを自分の胸板に押し付ける。
「殿下、トカゲとは失礼ですわ! 彼女たちは大切なお客様なんです。それに、少しは離れてくださいまし。暑苦しいですわ」 「暑い? ならば冷やしてやろう」
シオンが指を鳴らすと、エルナの周囲だけが完璧な「適温」まで冷却された。魔力の無駄遣いも甚だしい。シオンの瞳は、エルナが自分以外の存在に笑顔を向けるたびに、底なしの暗い色を帯びる。
「お前の笑顔を、あんな連中に安売りするな。お前が笑うべき相手は私だけでいい。……それとも何か? あのトカゲどもを全員氷像にして、お前の視界から排除した方が、お前は私だけに集中してくれるのか?」
「極論はやめてください! 以前よりヤンデレが悪化していませんか!?」
エルナは溜息をつきながらも、彼の胸に手を置いた。鎧越しに伝わる鼓動は、狂おしいほどに激しい。シオンにとって、この世界で確かなものはエルナの体温だけなのだ。 二人が押し問答をしていると、集落の外から見慣れぬ「魔力信号」が接近してきた。それは、竜人族のものでも、この大陸の精霊のものでもない。
「……あのアステリアの紋章。まさか、追っ手!?」
水平線の彼方、空を飛ぶ魔導艦が、新大陸の空を穢すように現れた。エルナの自由を懸けた「第100章まで続く逃走劇」は、休む間もなく次の局面へと引きずり込まれる。
「……エルナ。お前は、いつか私の前からいなくなるのか?」 普段の尊大さが消え、子供のような、か細い声。
「……。殿下が、私をそんなに縛り付けるからですわ。私は、自分の足で歩きたいんです」 「わかっている。……だが、怖いのだ。一度目の人生でお前を失った時、私は、自分の体から心臓を抉り出されたような気がした。……二度目のお前が、私を嫌っているとしても、生きているだけでいいと思っていた。……だが、欲が出た。お前に、私のことだけを見てほしいと」
シオンはエルナの手を、自分の心臓の上に置いた。 ドクンドクンと、異常に早い鼓動が伝わってくる。
「これが、お前への『愛』だというなら、私は一生、この苦しみを抱えて生きていく。……逃げてもいい。だが、最後には必ず、私の腕の中に戻ってこい。……約束だ、エルナ」
エルナは何も答えられなかった。 彼の愛が、純粋すぎて、あまりにも鋭い刃物のように自分を突き刺してくるから。 嫌いになれたらどれほど楽だっただろう。だが、自分のために世界を敵に回し、命を削り続けるこの男を、突き放すことはもうできなかった。
「……とりあえず、明日の朝食は殿下の好きなベリーのタルトを作って差し上げますわ。……だから、そんな死にそうな顔をしないでくださいまし」
「……タルトか。……結婚式のケーキの練習だと思ってもいいか?」 「よくありませんわ! 寝てなさい!」
逃亡令嬢と執着王子。 二人の旅は、一筋縄ではいかない絆を育みながら、新たな章へと続く――。
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「これをジャムにして、竜人族の鱗を磨く研磨剤と交換……。うん、これならこの大陸での通貨基盤が作れるわ!」
エルナが集落の広場で、竜人族の女性たちに囲まれながら「美肌効果」について熱弁を振るっていると、背後に冷え冷えとした空気の塊が立ち込めた。振り返るまでもない。この、心臓の鼓動を狂わせるほどの魔圧の主は一人しかいない。
「……エルナ。もう三十分も、あのごついトカゲのような女たちと笑い合っているな」
シオンが、不機嫌を隠そうともせずにエルナの腰を引き寄せた。彼の腕は鉄の枷(かせ)のように強く、エルナを自分の胸板に押し付ける。
「殿下、トカゲとは失礼ですわ! 彼女たちは大切なお客様なんです。それに、少しは離れてくださいまし。暑苦しいですわ」 「暑い? ならば冷やしてやろう」
シオンが指を鳴らすと、エルナの周囲だけが完璧な「適温」まで冷却された。魔力の無駄遣いも甚だしい。シオンの瞳は、エルナが自分以外の存在に笑顔を向けるたびに、底なしの暗い色を帯びる。
「お前の笑顔を、あんな連中に安売りするな。お前が笑うべき相手は私だけでいい。……それとも何か? あのトカゲどもを全員氷像にして、お前の視界から排除した方が、お前は私だけに集中してくれるのか?」
「極論はやめてください! 以前よりヤンデレが悪化していませんか!?」
エルナは溜息をつきながらも、彼の胸に手を置いた。鎧越しに伝わる鼓動は、狂おしいほどに激しい。シオンにとって、この世界で確かなものはエルナの体温だけなのだ。 二人が押し問答をしていると、集落の外から見慣れぬ「魔力信号」が接近してきた。それは、竜人族のものでも、この大陸の精霊のものでもない。
「……あのアステリアの紋章。まさか、追っ手!?」
水平線の彼方、空を飛ぶ魔導艦が、新大陸の空を穢すように現れた。エルナの自由を懸けた「第100章まで続く逃走劇」は、休む間もなく次の局面へと引きずり込まれる。
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