当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

文字の大きさ
41 / 50

41

しおりを挟む
再構築された世界において、かつてのアステリア王国は、雲の上に浮かぶ白銀の空中都市『ネオ・アステリア』へと変貌を遂げていました。空にはエルナが気まぐれに配置した三つの月が、それぞれ青、紫、銀の光を放ち、地上のすべてを幻想的な色彩で塗り替えています。


「……静かすぎますわね、殿下。私が作り替えたこの世界は、少しばかり行儀が良すぎるようですわ」


エルナは、空中庭園の中心に鎮座する、透明な氷と魔導回路で編み上げられた玉座に腰を下ろしていました。彼女の纏うドレスは、星の屑を織り込んだ真紅のシルク。その指先が空をなぞるたびに、世界の「マナ」のバランスが微調整されていきます。


「静かな方がいい。……お前を脅かす雑音も、お前を泥棒猫のように見る下衆な視線も、この世界には存在しない。……エルナ、お前はこの楽園の唯一の真理であり、私はその真理を守るための沈黙だ」


シオンは玉座の傍らに立ち、エルナの肩にそっと手を置きました。彼の指先は、今や半透明の「神の結晶」へと変質しており、触れる場所から常に冷気と絶対的な所有の魔力が流れ込んでいます。シオンにとって、この新世界は「エルナを閉じ込めるための、宇宙規模の寝室」に過ぎませんでした。


しかし、その完璧な静寂の中に、一筋のノイズが走りました。 空中庭園の端、空間が歪み、一通の「燃える手紙」が虚空から舞い落ちてきたのです。


「……あら? 誰からも宛てられていないはずのメッセージ。……世界の『外側』からの招待状かしら?」


エルナがその手紙を手に取ろうとした瞬間、シオンの氷の壁がそれを遮りました。彼の瞳が、かつてないほどの警戒と殺気で赤く燃え上がります。


「触れるな。……せっかく作り替えたこの庭を汚そうとする不浄な意志を感じる。……エルナ、お前は動かなくていい。私がその送り主ごと、次元の隙間で粉々にしてやろう」


「待ってください、殿下。……これは『敵』ではなく、かつて私たちが捨て去った『可能性』からの呼び声かもしれませんわ」


手紙に記されていたのは、再構築したはずの世界に紛れ込んだ、消去しきれなかった「一度目の人生の記憶」を持つ生存者の存在を示唆する内容でした。神となった二人の前に、最初の試練が静かに這い寄っていました。


エルナとシオンが向かったのは、新世界の最下層、かつて「スラム」と呼ばれた場所が、次元の歪みによって凍結された『記憶の奈落』でした。そこは、情報のゴミ捨て場のように、リブートから漏れたデータの断片が漂う不気味な洞窟です。


そこで二人を待っていたのは、ボロボロの法衣を纏った一人の女性でした。


「……エルナ、お姉様……? それとも、世界を壊した魔女、と呼ぶべきでしょうか」


「……ユリ? いえ、あなたはあの時の怨念の幻影ではなく、本物の……?」


そこにいたのは、かつての「ヒロイン」ユリ・フォン・アステリアでした。しかし、彼女はエルナが知る「聖女」でも、システムが作った「人形」でもありません。彼女は、世界が再構築される際、シオンの放った強大すぎる執着の魔力の影に隠れ、奇跡的に「以前の記憶」を保持したまま生き延びた、唯一のイレギュラーでした。


「お姉様、あなたが手に入れたこの幸せは、無数の『なかったことにされた命』の上に成り立っているのです。……分かっていますか? 私が愛した人々も、私を敬ってくれた民も、今はあなたの都合の良い『背景』として書き換えられてしまった!」


ユリの叫びが洞窟に響き渡ります。彼女が手を掲げると、周囲の「記憶の断片」が物理的な質量を持ち、エルナへと襲いかかりました。それは「過去の罪」という名の鋭い刃。


「……不快だな。消し忘れたゴミが、私のエルナに言葉を投げかけるなど」


シオンが前に出た瞬間、空間そのものが凍りつきました。しかし、ユリの持つ「聖女の記憶」は、シオンの魔力すらも透過してしまいます。彼女は、この新世界における唯一の「修正プログラム」として機能し始めていたのです。


「殿下、待って。……彼女を殺しても、この違和感は消えませんわ。……ユリさん、教えてあげますわよ。私がなぜ世界を壊したのか。それは、あなたのような『完璧なヒロイン』に殺されるためだけの人生を、私が拒絶したからですわ!」


エルナは真紅の魔力を爆発させ、ユリの放つ「過去の重圧」を真っ向から押し返しました。 悪役令嬢とヒロイン。新世界で再演される、かつての宿命。しかし、今回のエルナには、世界を握りつぶす力と、狂った王子の愛が味方していました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

処理中です...