当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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ユリとの対峙を経て、空中都市に戻った二人の間には、微妙な緊張感が漂っていました。 エルナは、ユリの言葉が突きつけた「世界の不完全さ」をどう解決するか、現代の統計学と魔導工学を組み合わせて計算に没頭していました。しかし、その姿はシオンを焦燥させるばかりでした。


「……エルナ、もういいだろう。あんな亡霊の言葉など、忘れてしまえ。……お前が考えるべきは、今日の晩餐のメニューと、私に囁く愛の言葉だけでいいはずだ」


シオンは執務机に向かうエルナの背後から、逃げ場を塞ぐように覆い被さりました。彼の冷たい唇がエルナの首筋を執拗に辿り、自らの魔力で彼女の肌を薄く氷でコーティングしていきます。


「……殿下、離してください。今、この世界の『自由意志』のパラメータを調整しているんですの。……ユリのような反乱分子が二度と現れないように、もっと完璧な幸福を与えなければ……」


「幸福など不要だ。……必要なのは『依存』だろう? ……そうだ、エルナ。人間たちから知性を奪い、私がお前にしているように、ただ生かされる喜びだけを与えればいい。……お前が彼らの神であるように、私はお前だけの唯一の支配者であればいいのだから」


シオンの瞳は、どろどろとした暗い熱を帯びていました。彼はエルナのペンを持つ手を握りしめ、強引に彼女を自分の方へと向かせました。


「お前が外の世界に意識を向けるたび、私の心臓は凍りつく。……エルナ、お前を連れて、さらに深奥の次元へ隠れてしまいたい。……お前が私の名前以外の言語を忘れるまで、その唇を塞いでやりたい……」


シオンの執着は、新世界という無限の広がりを手に入れたことで、皮肉にも「より狭い場所への回帰」を求め始めていました。彼はエルナを玉座へ運び、彼女の両手首を氷の鎖で緩やかに繋ぎました。


「……ふふ、本当に救いようのないストーカーですわね。……でも、そんなあなたがいないと、私はこの神の座の重圧に押し潰されてしまう。……いいですわ、殿下。今夜だけは、世界の計算なんてやめて、あなたの狂気に身を委ねてあげますわ」


エルナは微笑み、自分を縛る氷の鎖を愛おしそうに撫でました。 二人の愛は、今や世界そのものを燃料にして燃え上がる、巨大な業火となっていました。


物語は一つの大きな区切りへと向かい始めます。 エルナは、自らの統治を盤石にするため、そして『最終執行者』やユリのような反抗勢力への最終的な宣告として、新世界の全次元を招いた『天上の戴冠式』を執り行うことを決定しました。


「……これは単なる儀式ではありませんわ、殿下。私たちがこの宇宙の主導権を完全に握ったことを、文字通りすべての次元に『刻印』するための、巨大な魔導儀式ですの」


エルナは、空中都市の広場に、直径数キロメートルに及ぶ巨大な魔法陣を敷設させました。そこに集まる人々の歓喜、恐怖、そして信仰心。そのすべての感情エネルギーを吸収し、エルナとシオンを「不滅の概念」へと昇華させる計画です。


しかし、戴冠式の準備が進む裏で、シオンは独自の動きを見せていました。 彼は、エルナが世界の「女王」として君臨することを望みながらも、同時に彼女を「誰の目にも触れさせたくない」という矛盾した衝動に駆られていたのです。


「……戴冠式の瞬間、お前は世界そのものになる。……だが、それはお前が『私のもの』ではなく、みんなのものになるということではないのか?」


シオンは要塞の地下室で、かつて命の樹から奪った「原初の闇」を錬成し、エルナを覆い隠すための『常闇のヴェール』を完成させようとしていました。それは、見る者の視線を拒絶し、エルナをシオン以外の誰にも認識させなくするための、最強の呪い。


「……エルナ、お前を玉座に上げるのは私だ。……そして、そのお前を引きずり下ろして、私の腕の中に閉じ込めるのも、私だけだ」


一方、地上の奈落では、ユリが棄てられた物語の主人公たちを集め、天上の戴冠式を阻止するための「反逆の同盟」を結成していました。


天上の光と、深淵の闇。 そして、愛するがゆえに彼女を壊そうとする王子の狂気。 祝祭を前に、新世界はかつてない巨大な嵐の予感に震えていました。


「……さあ、役者は揃いましたわ。……私が作り替えたこの舞台で、最高の『悪役』を演じて差し上げますわよ!」


エルナの不敵な笑みが、三つの月に照らされて美しく輝きました。
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