当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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眩い閃光がすべてを白く染め上げる中、ユリの放った「反逆の刃」がエルナの喉元数センチまで迫りました。しかし、その刃は目に見えない数式の大気に阻まれ、パラパラと灰のように崩れ去っていきます。


「……残念ですわ、ユリ。あなたの『不確定要素』という名の抵抗も、私の統計モデルにおいては『織り込み済みの誤差』に過ぎなかった。……さあ、その絶望を私に捧げなさい。それがこの新世界を完成させる最後のピースなのですから」


エルナの声は、もはや一人の少女のものではなく、数千人の合唱(コーラス)のような響きを帯びていました。彼女の背後には、魔導工学によって可視化された「運命の歯車」が巨大な影となって浮上し、狂った速度で回転を始めます。


その時、隣にいたシオンが動きました。


彼は自らが錬成した『常闇のヴェール』を、エルナに被せるのではなく、自分たち二人を包み込む「繭」のように展開したのです。外の世界で起きている崩壊も、ユリの叫びも、すべてを遮断する絶対的な静寂。


「……エルナ。君が神になるというのなら、私はその神を閉じ込める『檻』になろう。……世界などどうでもいい。君が全次元に刻印されるその瞬間に、私は君の魂そのものに、私という名の呪いを永遠に刻みつける」


シオンは背後からエルナを抱きしめ、彼女の耳たぶを甘く噛みました。彼の指先からは、凍てつくような魔力がエルナの魔導回路へと逆流し、彼女の「全能感」の中にどろりとした執着を流し込んでいきます。


エルナの計算が一瞬、乱れました。


「……っ、殿下……! ああ、なんて……なんて救いようのない方。私の完璧な独裁を、あなたの歪んだ愛で汚そうとするなんて……」


エルナは苦痛に顔を歪めながらも、その頬は歓喜に赤らんでいました。彼女が目指した「完璧な世界」は、シオンという「猛毒」を飲み込むことで、より狂気じみた、より美しい地獄へと変貌していったのです。


空中都市が崩壊を始め、破片が地上の奈落へと降り注ぎます。民衆は自分たちが「不滅の概念」へと昇華される快楽と、自分たちの女王が狂王に絡め取られていく恐怖に、同時に絶叫しました。


ユリは、光の中に消えていく二人を見上げ、膝をつきました。 「……これが、あなたの言う『幸福』なの? エルナ……! 誰も自分自身の意思を持たず、ただ二人の狂った愛の背景として生き続けることが……!」


ユリの問いに答える者はいませんでした。


光の繭の中で、シオンとエルナは重なり合いました。 エルナの計算式が完了し、世界を再定義する『刻印』が全次元に放たれた瞬間、シオンの『常闇のヴェール』が彼女を完全に隠し、認識の向こう側へと連れ去りました。


世界は新しくなりました。 飢えもなく、争いもなく、ただ女王への信仰と、女王を独占する王への畏怖だけが支配する、静止した「美しい標本」のような宇宙。


人々は微笑みながら、空を見上げます。そこには、三つの月が重なり合ったまま静止し、あたかも巨大な「瞳」のように、地上のすべてを見守っていました。


その「瞳」の奥底、深淵の次元にある玉座で、シオンは満足げにエルナの髪を撫で続けています。


「……聞こえるか、エルナ。世界が君を讃えている。……そして、君の呼吸の音だけが、私の耳に届いている。……ようやく、誰もいない場所へ来られたな」


氷の鎖に繋がれたまま、エルナは虚ろな、それでいて底知れぬ慈愛に満ちた瞳で彼を見つめ返しました。


「……ええ、殿下。……これで、永遠に私の『計算外』は、あなただけになりましたわ」


二人の物語は、ここで一旦の完成を迎えました。ですが、この「静止した幸福」に耐えきれなくなった世界が、再び新しい「ノイズ」を産み出そうとする兆しが見え始めています。
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