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二人が歩み始めた荒野は、かつての華やかな空中都市の残影すら留めない、剥き出しの土と岩の世界でした。魔法という名の「チート」を失った世界では、夜風の一吹きさえもエルナの体温を容赦なく奪っていきます。
「……くしゅんっ! ……信じられませんわ。この私が、生理現象としての『くしゃみ』を経験するなんて。殿下、気温のパラメータ設定を間違えていらっしゃいませんこと?」
エルナはボロボロになったドレスの裾を震わせながら、隣を歩く男を睨みつけました。しかし、その声に以前のような冷徹な響きはなく、どこか甘えるような響きが混じっています。
シオンは無言で自分の上着を脱ぐと、エルナの細い肩に乱暴に被せました。上着に残る彼の体温と、鉄と血の混じったような特有の匂いがエルナを包み込みます。
「文句を言うな。設定などというものはもう存在しない。……これが『冬』という季節だ、エルナ。お前が効率の名の下に削除した、無駄で、残酷で、美しい停滞の季節だ」
シオンはそう言いながら、彼女の手をより一層強く握りしめました。彼の指先は冷え切っていましたが、その掌だけは焼けるように熱い。
「……ふん、理屈っぽいですわね。ですが、この重力、この寒さ……。計算式の中には存在しなかった『不快感』こそが、今、私が生きているという何よりの証明になりますのね」
二人が辿り着いたのは、かつての空中都市から零れ落ちたガラクタで組まれたような、貧相な廃村でした。住民たちは神(エルナ)の支配から解き放たれた混乱の中にあり、互いを疑り深い目で見つめています。
シオンとエルナは、村の外れにある打ち捨てられた小屋に身を寄せました。隙間風が吹き抜ける粗末な場所でしたが、シオンにとっては、こここそが聖域でした。
彼は小屋の入り口を魔力の残滓で封鎖し、エルナを古い藁の束の上に座らせました。
「ここにはもう、お前を崇める民も、お前を利用しようとする魔導師もいない。……エルナ、お前を認識できるのは、この狭い暗闇の中で私だけだ」
シオンの瞳に、かつてのどろりとした執着が蘇ります。彼は膝をつき、エルナの足首に手をかけました。そこには、かつて彼が作り出した「氷の鎖」の痕が、赤い痣のように残っていました。
「……殿下、まだそんなことを。私はもう、どこへも逃げませんわよ。……というより、この貧弱な足では、この荒野を数キロ歩くことすら不可能ですわ」
「逃げられるかどうかではない。……お前が、私なしでは呼吸すらままならないほどに、私という存在に浸食される必要があるのだ」
シオンはエルナの膝に顔を埋め、深く息を吸い込みました。 神の座を降りたエルナからは、かつてのような冷たい星の香りは消え、今は微かな汗と、泥と、そして生身の人間が放つ「命の匂い」がしました。
エルナはそのシオンの頭を、まるでお気に入りの飼い犬をあやすように撫でました。
「……救いようのないストーカー。……でも、良いですわ。今夜は特別に、あなたのその歪んだ欲望の、唯一の観測者になって差し上げます」
「……くしゅんっ! ……信じられませんわ。この私が、生理現象としての『くしゃみ』を経験するなんて。殿下、気温のパラメータ設定を間違えていらっしゃいませんこと?」
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「……ふん、理屈っぽいですわね。ですが、この重力、この寒さ……。計算式の中には存在しなかった『不快感』こそが、今、私が生きているという何よりの証明になりますのね」
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シオンの瞳に、かつてのどろりとした執着が蘇ります。彼は膝をつき、エルナの足首に手をかけました。そこには、かつて彼が作り出した「氷の鎖」の痕が、赤い痣のように残っていました。
「……殿下、まだそんなことを。私はもう、どこへも逃げませんわよ。……というより、この貧弱な足では、この荒野を数キロ歩くことすら不可能ですわ」
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エルナはそのシオンの頭を、まるでお気に入りの飼い犬をあやすように撫でました。
「……救いようのないストーカー。……でも、良いですわ。今夜は特別に、あなたのその歪んだ欲望の、唯一の観測者になって差し上げます」
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