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5.ハンドクリームは必需品です
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母さんとサーラと夕食を囲んでいたとき、俺はこれから毎日、王宮の訓練棟へ通うことになったことを報告した。
なんてことないふりをして、スープをすくいながら口を開く。
「サーラ、俺さ、騎士見習いになっちゃった」
「まあっ!」
サーラがスプーンを取り落とした。
カランと響く音に、俺は思わず眉をひそめた。
おい、お嬢様がはしたないぞ。
「騎士さまの仲間入りですの!? すてきですわ、お義兄さま!」
目を輝かせて身を乗り出してくるサーラに、少し照れながら続ける。
「だから、これからは訓練公開日以外でも、付き添いで来ていいってさ」
「あらっ、公開日でもないのにお邪魔するだなんて、騎士さまに迷惑はかけられませんわ。それに、お義兄さまが頑張ってらっしゃるなら、わたくしも負けていられません!」
サーラの目が燃え上がるのを見た瞬間、俺は何となく嫌な予感がした。
案の定、次の日には王宮の下働きとして仕事を決めてきた。
「え? 貴族のお嬢様が下働き?」
俺は思わず口を開けたまま固まる。
だって、下働きとして王宮で洗濯をするんだって言うんだもん。
「どうせ王宮で働くならさ、侍女とかで働けばいいのに」
「んもう、お義兄様、そんな簡単に王宮の中では働けませんわよ。
それに、わたくしはお洗濯のお仕事、気に入っておりますの!」
俺は首を傾げた。
「なんでだよ? あんな重労働な仕事、やらずに済むならその方がいいだろ?」
前世みたいに洗濯機があれば、簡単だけどさ。
桶いっぱいに冷たい水を張って、その中で手で一枚ずつ洗うんだぞ?
しかも、その水は、井戸から運んでこないといけない。
すげえ大変だと思うんだよ。
「だって、推しの騎士さまのお洋服も洗濯できますのよ!
土埃で汚れたお洋服は、推し騎士様の努力の証!
それを一枚一枚きれいにしていけるなんて、なんて幸せなんでしょう!」
そっか。
まあ、サーラがいいなら良いけどさ。
貴族のお嬢様なのに、すごいよな。
ほんと、サーラの行動力、半端ないわ。
「すごいな、サーラは。尊敬するよ」
思わず本音が漏れる。
その笑顔を見ていると、俺まで嬉しくなる。
でも、あんなにきれいな手が洗濯で荒れるのは悲しいな。
……あとでハンドクリームでもプレゼントしてあげるか。
そうだ、最近流行っている『聖水入りクリーム』がいいかも。
塗ると幸福度が上がるって評判らしい。
幸福度ってなんだろうな?
どうやって上がったなんてわかるんだよ?
メーターでもついてんのか、この世界。
たまに変な商品があるんだよな、この世界は。
でも、そういう小さな幸せを信じるのも悪くないかもしれない。
サーラみたいに、笑って前を向ける人を見ると、そう思う。
――俺の前世の妹も、こんな世界でこんなふうに自由に動きたかったんだろうな。
サーラの笑顔をみていたら、前世の妹を思い出した。
妹もこんなふうに推しに夢中になって、笑顔をみせていたから。
実は、俺にはほんの少しだけ前世の記憶がある。
日本のどこかで、平凡なサラリーマンをして暮らしていた。
仕事に追われる日々の中で、空いた時間に小説を読むのが唯一の楽しみだった。
現実の窮屈さから離れて、別の世界に浸れるのが俺の息抜きだった。
この世界、プラーツ王国は、あの頃に読んでいた物語の世界みたいだ。
石畳の道、白い壁の街並み、王宮の高い尖塔。
絵本みたいにきれいで、魔法もある世界。
けれど、魔法はほんの一握りの人しか使えないし、この世界の人たちだって、前世と変わらず、一生懸命生きてる。
俺にとっては、この世界も立派な現実だ。
だから俺は、ここで頑張って生きていくって決めてる。
仕方なく始めた騎士見習いだったけど、サーラを見ていたら、サーラみたいに自分でやりがいを見つけて頑張ろうって思えたんだ。
明日からまた訓練棟に行く。
そこにはまた……フィンが待っているのかな。
なんてことないふりをして、スープをすくいながら口を開く。
「サーラ、俺さ、騎士見習いになっちゃった」
「まあっ!」
サーラがスプーンを取り落とした。
カランと響く音に、俺は思わず眉をひそめた。
おい、お嬢様がはしたないぞ。
「騎士さまの仲間入りですの!? すてきですわ、お義兄さま!」
目を輝かせて身を乗り出してくるサーラに、少し照れながら続ける。
「だから、これからは訓練公開日以外でも、付き添いで来ていいってさ」
「あらっ、公開日でもないのにお邪魔するだなんて、騎士さまに迷惑はかけられませんわ。それに、お義兄さまが頑張ってらっしゃるなら、わたくしも負けていられません!」
サーラの目が燃え上がるのを見た瞬間、俺は何となく嫌な予感がした。
案の定、次の日には王宮の下働きとして仕事を決めてきた。
「え? 貴族のお嬢様が下働き?」
俺は思わず口を開けたまま固まる。
だって、下働きとして王宮で洗濯をするんだって言うんだもん。
「どうせ王宮で働くならさ、侍女とかで働けばいいのに」
「んもう、お義兄様、そんな簡単に王宮の中では働けませんわよ。
それに、わたくしはお洗濯のお仕事、気に入っておりますの!」
俺は首を傾げた。
「なんでだよ? あんな重労働な仕事、やらずに済むならその方がいいだろ?」
前世みたいに洗濯機があれば、簡単だけどさ。
桶いっぱいに冷たい水を張って、その中で手で一枚ずつ洗うんだぞ?
しかも、その水は、井戸から運んでこないといけない。
すげえ大変だと思うんだよ。
「だって、推しの騎士さまのお洋服も洗濯できますのよ!
土埃で汚れたお洋服は、推し騎士様の努力の証!
それを一枚一枚きれいにしていけるなんて、なんて幸せなんでしょう!」
そっか。
まあ、サーラがいいなら良いけどさ。
貴族のお嬢様なのに、すごいよな。
ほんと、サーラの行動力、半端ないわ。
「すごいな、サーラは。尊敬するよ」
思わず本音が漏れる。
その笑顔を見ていると、俺まで嬉しくなる。
でも、あんなにきれいな手が洗濯で荒れるのは悲しいな。
……あとでハンドクリームでもプレゼントしてあげるか。
そうだ、最近流行っている『聖水入りクリーム』がいいかも。
塗ると幸福度が上がるって評判らしい。
幸福度ってなんだろうな?
どうやって上がったなんてわかるんだよ?
メーターでもついてんのか、この世界。
たまに変な商品があるんだよな、この世界は。
でも、そういう小さな幸せを信じるのも悪くないかもしれない。
サーラみたいに、笑って前を向ける人を見ると、そう思う。
――俺の前世の妹も、こんな世界でこんなふうに自由に動きたかったんだろうな。
サーラの笑顔をみていたら、前世の妹を思い出した。
妹もこんなふうに推しに夢中になって、笑顔をみせていたから。
実は、俺にはほんの少しだけ前世の記憶がある。
日本のどこかで、平凡なサラリーマンをして暮らしていた。
仕事に追われる日々の中で、空いた時間に小説を読むのが唯一の楽しみだった。
現実の窮屈さから離れて、別の世界に浸れるのが俺の息抜きだった。
この世界、プラーツ王国は、あの頃に読んでいた物語の世界みたいだ。
石畳の道、白い壁の街並み、王宮の高い尖塔。
絵本みたいにきれいで、魔法もある世界。
けれど、魔法はほんの一握りの人しか使えないし、この世界の人たちだって、前世と変わらず、一生懸命生きてる。
俺にとっては、この世界も立派な現実だ。
だから俺は、ここで頑張って生きていくって決めてる。
仕方なく始めた騎士見習いだったけど、サーラを見ていたら、サーラみたいに自分でやりがいを見つけて頑張ろうって思えたんだ。
明日からまた訓練棟に行く。
そこにはまた……フィンが待っているのかな。
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