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6.これって訓練ですよね!?
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そして、俺の毎日は、サーラと王宮に通い、訓練でヘロヘロになる日々の始まりだった。
他の見習い生たちが鍛え上げられた身体で剣を振るう中、俺はひたすら走り込みと基礎トレーニング。
地味でキツくて、正直くじけそうになることもあったけど。
少しでもできるようになって、フィンを驚かせたいって思ったら、自然と頑張れた。
フィンがいるときはマンツーマンの特訓だ。
フィンは忙しい合間を縫って、わざわざ俺のために時間を作ってくれる。
だから俺も、フィンの気持ちに応えたくて、必死に食らいついた。
訓練を開始してから、ひと月が経った。
今日の訓練は、「姿勢矯正だ」と言われて、猫背矯正ベルトを巻かれている。
さらには頭の上に、水の入った小さな水瓶。
「背中が丸いと、剣を振るときに軸がぶれるからね。ほら、壁に背中を付けて」
「は、はい」
「頭の上の水をこぼしたら、ペナルティとして私のお願いをひとつ聞いてもらうから」
にっこり笑うフィンの顔が、キラキラ輝いて見える。
くそー。顔が良いやつは太陽も味方するのかよ。
っていうか、お願いってなんだよ。
こういう時のお願いなんて、絶対ろくなことじゃないに決まってる。
俺が城壁を背にして立つと、フィンがすぐに距離を詰めてくる。
俺は壁があるせいで、逃げ場がない。
フィンは顎を軽く持ち上げてきて、俺は心臓が跳ね、つい目をそらしてしまう。
「ほら、顔が下がってるよ。私の方を見て」
フィンに言われて、目線を戻す。
え、近っ!!
思った以上の至近距離だった。
その碧い瞳に見つめられ、俺は息の仕方まで分からなくなる。
その瞳に映っているのが、自分だけだと思うと、鼓動がどこまでも速くなっていく。
「ふふ、いいね。そのまま、私だけを見て」
いやいやいや。なにこの距離感!?
俺、訓練中だよな!? これ姿勢矯正訓練なんだよな!?
なんで心臓が一番鍛えられてるんだよ!
俺の額からじわりと汗が流れる。
フィンが、俺の頬に手を伸ばして、汗を拭ってくれた。
「ずいぶん、汗をかいてるね。さっき、頑張って一人で走ったからかな」
「っ、な、なんでっ! フィンが来る前の事まで知ってるんだよ?」
「私が働いている王宮の部屋から見えたんだよ。ずいぶん、体力がついてきたね。エリゼオはいつも真っ直ぐで、一生懸命だ。私はそれを見ると、元気をもらえる」
優しい声で、そんなこと言うなよ。
努力なんて当たり前だろ。けど——見てくれてたのか。
その言葉が、やけに嬉しくて、でも恥ずかしくて、顔が熱くなる。
俺はのぼせそうだった。
フィンはいつもそうだ。
こうやって俺のことをよく見ててくれるんだ。
この間も、俺が騎士の人たちが使った訓練着をまとめて洗濯室に持っていっただけで、すぐに気がついてくれた。
お世話になってる騎士団の方たちの役に立とうと、俺が勝手にやり始めたことだったのにさ。
「エリゼオ、君は気が利くね。みんなが面倒がることも、君はいつも率先してやってくれてる。なかなかできないことだよ」
俺、いつも良かれと思ってしたことでも、気合いが空回りして皆に迷惑かけちゃうタイプだからさ。
そんな風に人に誉められるなんて、あんまり無かった。
母さんが再婚するって決まったとき、本当は俺、前に暮らしていた田舎町でそのまま仕事を見つけて、一人自立するはずだったんだ。
職人さんに弟子入りしたり、食堂で働いてみたりしたんだけど、どこもここは向かないかなってことわられた。
一生懸命やっても、これでいいのかなっていつも心配になって、何度も確認しなおしてるから、周りの皆より進みが遅くなる。
それで、最後に慌てて終わらせようとして失敗。
大体これの繰り返しだった。
何でこんなにできないのかなって、ほんとにあの時は落ち込んだよ。
とうとう、母さんからも自立するのを止められた。
「あなたを一人にするなんて、心配です!」
だってさ。
そう言われて、無理矢理再婚相手のところへ一緒に連れて行かれた。
だから、騎士見習いなんて、ほんとに無理だと思ってた。
それなのに、こうやって認めてもらえて、誉めてもらえるなんて。
嬉しかった。俺、頑張って良かったってほんとに思えた。
思わず、涙がにじみそうになる。
俺はそれをごまかそうと口を開いた。
「そ、そういうお世辞はいいからっ、そろそろ終わりに——っ」
慌ててた俺はつい頭の上の存在を忘れて、首を動かしてしまった。
水瓶がぐらりと揺れる。
「あっ! しまった——!」
水をかぶる覚悟で目をつぶった瞬間、俺の両手は動かなくなった。
フィンが両手で俺の両耳の横の壁に両手を押さえつけている。
「危なかったね。これで大丈夫だから」
いや、俺が大丈夫じゃないんですけど!?
近い。顔が近すぎる。
これでは俺とフィンの息が混ざる距離だ。
フィンの髪から香る花の匂いが、鼻をくすぐって、頭が真っ白になった。
あと少し、ほんの少し動くだけで唇が合わさるかも——。
って、あっぶねえ!
俺は慌てて自由になる足と頭を思い切り動かしてフィンを遠ざけようとした。
結果、水瓶はひっくり返って、二人ともびしょ濡れだ。
「うわっ、冷たっ!」
「ふふ、エリゼオは水をかぶってもかわいいね」
なんだその感想。
かわいいとか言うなよ。
フィンの濡れた髪をかき上げる仕草、色っぽいんだよ。
サーラがこんな姿を見たら、卒倒するかもしれないな。
「さて、これで今日の訓練はおしまい。水をこぼしたから、私のお願い事、きいてもらうよ」
「お願い事って、な、なんだ?」
俺が口を尖らせながら聞く。
すると、なぜかフィンは笑顔を消した。
「ねえ、エリゼオ。……キス、させて?」
「……え」
俺の息が一瞬で止まった。
フィンは軽い口調で言ってくるけど、目は真剣だった。
俺の心臓がバクバク鳴って、頭の中がぐるぐるする。
……俺、ファーストキスだぞ? こんなペナルティみたいなことで失っていいのか?
こんな時に言うなんて、フィンにとってはキスなんて、たいしたことないんだよな。
俺だって、そういう機会がなかっただけで、別に大事にとっておいたわけでもない。
軽く冗談めかして、終わらせてしまえばいいんだ。
なのに、どうして俺はこんなに心臓が痛いんだろう。
俺が返事をできずに固まっていると、フィンがふっと笑って、俺の頭に手をのせた。
「悪い。こんなことでキスをねだるなんて、私が意地悪だった。代わりに明日は、私とデートしよう。訓練を始めて二週間、頑張ってきたエリゼオに王都を案内させてよ」
その声が優しく響いて、力が抜けた。
この人はずるい。
いつもは強引なくせに、俺が本当に困れば、ちゃんと引いてくれる。
フィンのぬくもりが、頭に乗せた手から伝わってきて、嬉しかった。
「しょうがないな。いいぜ。フィン、明日は思いっきり王都で遊ぼう!」
「やった!」
フィンが俺の脇を抱えて、軽々と持ち上げて喜んだ。
その笑顔を見てたら、俺まで自然と笑顔になった。
……あれ、なんで俺、こんなに嬉しいんだろ。
他の見習い生たちが鍛え上げられた身体で剣を振るう中、俺はひたすら走り込みと基礎トレーニング。
地味でキツくて、正直くじけそうになることもあったけど。
少しでもできるようになって、フィンを驚かせたいって思ったら、自然と頑張れた。
フィンがいるときはマンツーマンの特訓だ。
フィンは忙しい合間を縫って、わざわざ俺のために時間を作ってくれる。
だから俺も、フィンの気持ちに応えたくて、必死に食らいついた。
訓練を開始してから、ひと月が経った。
今日の訓練は、「姿勢矯正だ」と言われて、猫背矯正ベルトを巻かれている。
さらには頭の上に、水の入った小さな水瓶。
「背中が丸いと、剣を振るときに軸がぶれるからね。ほら、壁に背中を付けて」
「は、はい」
「頭の上の水をこぼしたら、ペナルティとして私のお願いをひとつ聞いてもらうから」
にっこり笑うフィンの顔が、キラキラ輝いて見える。
くそー。顔が良いやつは太陽も味方するのかよ。
っていうか、お願いってなんだよ。
こういう時のお願いなんて、絶対ろくなことじゃないに決まってる。
俺が城壁を背にして立つと、フィンがすぐに距離を詰めてくる。
俺は壁があるせいで、逃げ場がない。
フィンは顎を軽く持ち上げてきて、俺は心臓が跳ね、つい目をそらしてしまう。
「ほら、顔が下がってるよ。私の方を見て」
フィンに言われて、目線を戻す。
え、近っ!!
思った以上の至近距離だった。
その碧い瞳に見つめられ、俺は息の仕方まで分からなくなる。
その瞳に映っているのが、自分だけだと思うと、鼓動がどこまでも速くなっていく。
「ふふ、いいね。そのまま、私だけを見て」
いやいやいや。なにこの距離感!?
俺、訓練中だよな!? これ姿勢矯正訓練なんだよな!?
なんで心臓が一番鍛えられてるんだよ!
俺の額からじわりと汗が流れる。
フィンが、俺の頬に手を伸ばして、汗を拭ってくれた。
「ずいぶん、汗をかいてるね。さっき、頑張って一人で走ったからかな」
「っ、な、なんでっ! フィンが来る前の事まで知ってるんだよ?」
「私が働いている王宮の部屋から見えたんだよ。ずいぶん、体力がついてきたね。エリゼオはいつも真っ直ぐで、一生懸命だ。私はそれを見ると、元気をもらえる」
優しい声で、そんなこと言うなよ。
努力なんて当たり前だろ。けど——見てくれてたのか。
その言葉が、やけに嬉しくて、でも恥ずかしくて、顔が熱くなる。
俺はのぼせそうだった。
フィンはいつもそうだ。
こうやって俺のことをよく見ててくれるんだ。
この間も、俺が騎士の人たちが使った訓練着をまとめて洗濯室に持っていっただけで、すぐに気がついてくれた。
お世話になってる騎士団の方たちの役に立とうと、俺が勝手にやり始めたことだったのにさ。
「エリゼオ、君は気が利くね。みんなが面倒がることも、君はいつも率先してやってくれてる。なかなかできないことだよ」
俺、いつも良かれと思ってしたことでも、気合いが空回りして皆に迷惑かけちゃうタイプだからさ。
そんな風に人に誉められるなんて、あんまり無かった。
母さんが再婚するって決まったとき、本当は俺、前に暮らしていた田舎町でそのまま仕事を見つけて、一人自立するはずだったんだ。
職人さんに弟子入りしたり、食堂で働いてみたりしたんだけど、どこもここは向かないかなってことわられた。
一生懸命やっても、これでいいのかなっていつも心配になって、何度も確認しなおしてるから、周りの皆より進みが遅くなる。
それで、最後に慌てて終わらせようとして失敗。
大体これの繰り返しだった。
何でこんなにできないのかなって、ほんとにあの時は落ち込んだよ。
とうとう、母さんからも自立するのを止められた。
「あなたを一人にするなんて、心配です!」
だってさ。
そう言われて、無理矢理再婚相手のところへ一緒に連れて行かれた。
だから、騎士見習いなんて、ほんとに無理だと思ってた。
それなのに、こうやって認めてもらえて、誉めてもらえるなんて。
嬉しかった。俺、頑張って良かったってほんとに思えた。
思わず、涙がにじみそうになる。
俺はそれをごまかそうと口を開いた。
「そ、そういうお世辞はいいからっ、そろそろ終わりに——っ」
慌ててた俺はつい頭の上の存在を忘れて、首を動かしてしまった。
水瓶がぐらりと揺れる。
「あっ! しまった——!」
水をかぶる覚悟で目をつぶった瞬間、俺の両手は動かなくなった。
フィンが両手で俺の両耳の横の壁に両手を押さえつけている。
「危なかったね。これで大丈夫だから」
いや、俺が大丈夫じゃないんですけど!?
近い。顔が近すぎる。
これでは俺とフィンの息が混ざる距離だ。
フィンの髪から香る花の匂いが、鼻をくすぐって、頭が真っ白になった。
あと少し、ほんの少し動くだけで唇が合わさるかも——。
って、あっぶねえ!
俺は慌てて自由になる足と頭を思い切り動かしてフィンを遠ざけようとした。
結果、水瓶はひっくり返って、二人ともびしょ濡れだ。
「うわっ、冷たっ!」
「ふふ、エリゼオは水をかぶってもかわいいね」
なんだその感想。
かわいいとか言うなよ。
フィンの濡れた髪をかき上げる仕草、色っぽいんだよ。
サーラがこんな姿を見たら、卒倒するかもしれないな。
「さて、これで今日の訓練はおしまい。水をこぼしたから、私のお願い事、きいてもらうよ」
「お願い事って、な、なんだ?」
俺が口を尖らせながら聞く。
すると、なぜかフィンは笑顔を消した。
「ねえ、エリゼオ。……キス、させて?」
「……え」
俺の息が一瞬で止まった。
フィンは軽い口調で言ってくるけど、目は真剣だった。
俺の心臓がバクバク鳴って、頭の中がぐるぐるする。
……俺、ファーストキスだぞ? こんなペナルティみたいなことで失っていいのか?
こんな時に言うなんて、フィンにとってはキスなんて、たいしたことないんだよな。
俺だって、そういう機会がなかっただけで、別に大事にとっておいたわけでもない。
軽く冗談めかして、終わらせてしまえばいいんだ。
なのに、どうして俺はこんなに心臓が痛いんだろう。
俺が返事をできずに固まっていると、フィンがふっと笑って、俺の頭に手をのせた。
「悪い。こんなことでキスをねだるなんて、私が意地悪だった。代わりに明日は、私とデートしよう。訓練を始めて二週間、頑張ってきたエリゼオに王都を案内させてよ」
その声が優しく響いて、力が抜けた。
この人はずるい。
いつもは強引なくせに、俺が本当に困れば、ちゃんと引いてくれる。
フィンのぬくもりが、頭に乗せた手から伝わってきて、嬉しかった。
「しょうがないな。いいぜ。フィン、明日は思いっきり王都で遊ぼう!」
「やった!」
フィンが俺の脇を抱えて、軽々と持ち上げて喜んだ。
その笑顔を見てたら、俺まで自然と笑顔になった。
……あれ、なんで俺、こんなに嬉しいんだろ。
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