【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)

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7.君と食べるご飯が、何より最高

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 朝から、俺はクローゼットの前で、三度目のため息をついた。
 服を手に持っては戻し、手に持っては戻しを繰り返す。

「何やってんだ、俺……」

 たかが街歩きだ。いつもの服でいい。そう頭では分かってるのに、手が勝手に別の服に伸びる。

 今日はフィンと王都ラベルノへ遊びに行く約束だ。
  昨日、「デート」なんて言われたけど、あれは訓練のご褒美なんだ。
 別にデートじゃない。
 ……そうだよな? だって、フィンの好きな人はサーラの筈なんだから。

 けど、フィンの隣を歩くと思うと、どんな服を着たらいいのかさっぱり分からない。
 あいつ、何着ても目立つだろうからな。
 俺、隣に立てるか心配になってきた。

「お義兄さま、どうなさったんですか? お洋服選びに悩むなんて……まさか、デートですか?」

「デ、デートじゃない! 絶対違うから!」

「まあまあまあっ!」

 サーラが手を口に当てて、にこにこしている。
 それから、サーラはこれからどこに行くのか、何をするのかと根掘り葉掘り聞いてきたけど、俺はなにも知らなかった。
 「一日、王都を巡ろう」そう言われただけ。

 俺、フィンの願いを叶える立場なのに、何にも考えていないことに気付いて、焦ってしまった。
 あ、でも、もしかして、フィンの好きなところに行く方がいいのか?
 昨日のうちにどこに行くか聞けばよかったな、なんて考えて……いや、そんなのすげえ楽しみにしてるみたいじゃないか!と慌てて首を振った。

 そんな俺を面白がるように見つめていたサーラは、クローゼットをのぞき込み、あれこれ組み合わせを考え始めた。
 結局、俺はサーラに選んでもらった淡い灰青のチュニックにアイボリーのパンツという、落ち着いた色味だけど、どことなくおしゃれな格好で出かけることになったんだ。



 昼前に中央広場に向かうと、待ち合わせの噴水の周りにはやけに人だかりができていた。
 何か見世物でもあるのかと覗くと、真ん中にいたのは、なんとフィンだった。
 
 くっ、そうだよな。
 立ってるだけで、あんなにかっこいい奴、目立つに決まってる。

 しかも今日は、深い緑のチュニックに黒の乗馬パンツ姿。
 軽装なのに、どこか気品があって、まるでお忍びで街に遊びに来ている王子様みたいだった。
 みんな、彼に話しかける勇気が出ないのか、遠巻きに見ている。

 俺、こんなみんなが注目する中、フィンに声をかけるのか?
 いやいや無理だって!
 そう思ってそっと離れようとした瞬間、フィンと目がばっちりあってしまった。

「エリゼオっ」
 
 さっきまで氷の彫刻みたいに近寄りがたかったフィンが、俺を見つけたとたん、花が咲くみたいに笑った。
 周囲の空気まで、一瞬で温かくなる。
 まるで、俺だけが特別だって言われてるみたい。

 ……って、俺、何考えてんだよ!

 待ち合わせの相手が来たら笑うなんて普通のことだ。
 ただフィンがかっこよすぎて、さっきまでの冷たい態度とギャップが凄かっただけだ。

「今日はエリゼオと行きたい所がたくさんあるんだ。早く行こう」

 珍しく浮き立った声で、フィンは俺の手を取った。
 って言うか、手!
 なんで指を絡めるんだよ!?

 でも、俺はフィンの手を振りほどけなかった。
 ――人混みだから。はぐれないようにするには仕方ないよな。
 それだけの、はずだ。


 フィンと歩く街並みは、すごくにぎやかだった。
 市場が開かれてるところでは、賑やかで活気があるし、人々の笑い声があふれかえってる。
 俺は人込みが苦手なんだけど、今日はフィンが手を引いてくれるおかげで、人の合間をスムーズに抜けたから、安心して歩けた。。

 今までじっくり王都を歩き回ることのなかった俺は、何もかもがつい珍しくて、きょろきょろしながら歩いてしまった。
 この国では見慣れない異国の果物や野菜までもが並んでる。
 お肉のいい匂いがどこからかしてきて、空腹だった俺は、ぐぐうーっと大きくお腹がなってしまった。
 うわっ、恥ずかしいな。

「ふふ、お腹空いたよね。いいお店あるから、そこに行こう」

 フィンは俺の手を引いてどこかに向かいはじめた。

 そうして連れて行かれたのは、市場を抜けて表通りから少し外れた、落ち着いた雰囲気の食堂だった。
 昼時なのに静かで、常連さんらしきお客さんが何組かいるだけ。

「ここはね、夜は賑わうけど、昼間は穴場なんだ。エリゼオは賑やかなところ、苦手だろう? 仲間内なら、どんなに騒いでも平気なのにね。ここなら人目を気にせずゆっくりできるから」

 フィンはいつだって俺のことをよく見ているよな。
 俺、今までは少し田舎に住んでいたから、賑やかなところは苦手なんだ。
 フィンに言ったこと無かったのに、俺の様子を見て気付いたのかな。
 すごいな。

 
「ここの煮込み料理は絶品なんだよ。ほら、食べてみて」

「え、待てっ……お前のスプーンから食べるのか!? あーんするってこと!?」

「はい、口開けて」

「い、いやつ、自分でっ……!」

 逃げようとしたけど、フィンの手が俺の顎を優しく押さえる。
 それから楽しそうに木のスプーンを突き出してきた。

「はい。口開けて」

 その声が、やけに近い。
 心臓が跳ねる。周りの音が遠くなった。
 仕方なく口を開けると、料理が口に運ばれる。

「んっ……うまっ」

 思わず声が出た。
 素朴なのに、凄くおいしい。
 丁寧な仕事で、肉はホロホロ、野菜は甘くて優しい味。
 俺は思わず夢中になって食べてた。
 途中、フィンが「これも美味しいよ」って、何度もスプーンを差し出してくるから、気付いたらフィンに食べさせてもらってた。

「なあ、俺、シチューが好きなんて何で知ってるんだ?」

「ん? 訓練の日の昼ご飯、一日目はシチュー、二日目はトマトスープ、三日目はムール貝のスープ。いつもスープ料理を頼んでる。特に、シチューは一番頻度が高いよね。だから、すぐに分かるよ」

 え? 俺の昼ご飯、全部暗記してんの?
 怖っ。何だよ、その優秀な頭脳の無駄遣い。
 フィンは自慢げに笑ってる。

「人の食べたメニューを覚えるより大切なことあるだろ? そっちを頑張れよ」

「何言ってるの。エリゼオが好きなものを知るのは大切でしょう? これから家族になって毎日一緒に食べる予定なんだから」

 え? 付き合っても無いのに、サーラと結婚することは決定なの? 怖っ。
 しかも、その新婚さんの家に俺も同居してんのか?
 どんな家族計画だよ!

 あんまり深く考えると怖いから、もう考えない。
 俺は目の前の料理に集中することにしたんだ。
 そういや、目の前の料理、みんな俺の好きなものばっかりだ。
 訓練の食堂で出たことのないのメニューまでもが、俺の好物だった。
 どうやって知ったんだよ?
 ぐ、偶然だよな? 偶然であってくれ!
 でも、ほんと、ここの料理、旨いな。

 一通り食べ終わって食後の紅茶を飲みながら顔を上げると、フィンは俺を見つめて微笑んでる。
 なんだ、その顔。
 そんなとろけそうな笑顔、甘すぎるだろっ。

「ふふ、君を見つめながら食べるご飯は、最高のご馳走だ。本当は……君を食べられるなら、それが一番だけどね」

「はぁっ!? な、何言ってんだよ!!」

 あまりのセリフに、思わず紅茶を噴きそうになって、カップの紅茶を溢してしまった。

「あっ……!」

 服に紅茶の染みが広がっていく。
 もう、俺の反応が面白いからって、そんなからかい方あるかよ!

「大変だ、やけどはしてないかな?」

 フィンは、汚れてしまった洋服に手早くナプキンを充て、拭ってくれた。
 さらには紅茶の温度を確認し、もう温くなっていたのが分かると、ほっと溜息をついていた。
 フィンはさっきまであんな軽口叩いてたのに、今は凄く真剣そうな顔だ。
 そうやって本気で心配してくれるの、俺には何だか新鮮でくすぐったかった。

「服が汚れてしまったね。新しいの、買ってあげるよ」

 そう言って、フィンは俺の手を取って外へ促す。
 その手は、大きくて、剣だこは堅いけれど、それ以外は思いのほか柔らかかった。
 その手に力強く握られると、なぜか安心して、離すのが惜しいくらいに心地よかった。

 外へ出た途端、春の風が吹き、それが少し冷たく感じる。
 でも、その握った手だけが、やけに温かかった
 離したくない、って思っちゃったのは、きっと気のせいなんだ。
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