【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

36.望まぬ出会い

　俺が侍従として働くようになって、一か月。
　この日も、フィンと書類を捌いていた。

「よし、半分は終わったな。エリゼオのおかげだ。ありがとう。
　ガルディア、悪いがこれ──」

「いけません。私は殿下から離れられませんので」

「だよな……。じゃあ、文官が来たら渡すか」

　フィンが軽く息を吐いたとき、俺は手を挙げた。

「俺、持っていくよ」

　フィンが穏やかに首を振る。

「ありがとう。でも、君は少し休んで――」

　フィンがそう言いかけたところで、執務室の扉がコンコンと叩かれた。
　
「失礼します」

　そういって入ってきたのは、ヴィスコンチ伯爵だった。
　何で？
　ここには、文官しか出入りしないはずなのに。
　突然の大物の登場に、全身から血の気が引いた。

　俺はうつむいて、手をぎゅっと握る。

（俺の事、気づかないで）

　ヴィスコンチ伯爵だけには、決して。
　俺はただ祈ることしかできなかった。

　伯爵はゆっくりと室内を見回した。
　鋭い目つき。
　獲物を探す鷹みたいな視線だ。

　俺は俯いたまま、呼吸すら浅くなる。

（頼む……俺のことなんて見なくていい……！）

　けれど、伯爵の視線がじりじりと俺の方へ近づいて来てる気がした。
　
　心臓が喉の奥で跳ねる。

「殿下。失礼いたします」

　伯爵はフィンの前まで進み、深々と礼をした。
　その声は何だか妙な硬さがある。

「どうした、ヴィスコンチ伯爵。今日は文官を通さず、直接ここへ？
　何かあるなら、私がそちらへ行くと言ってあるだろう？」

「いえ、殿下のお手を煩わせるわけにはいきませんので。
　少々、ご報告がありまして」

　伯爵の目がフィンを見つめながら、細くなる。
　不意に、伯爵の視線がフィンの斜め後ろにいる俺へ流れた。

「……ふむ。侍従が増えましたかな？」

　終わった、と思った。

　けれどフィンが、さりげなく立ち上がり、伯爵をソファへと促しながら俺の前に立つ。
　まるで盾になるように。

「彼は新しくつけた侍従だ。何か問題でも？」

　フィンの声は穏やかなのに、刃のような冷たさがあった。

　伯爵は一瞬だけ眉を動かし、そして薄く笑った。

「いえいえ……問題など、あるはずがございませんとも。
　では、殿下。少し人払いを」

「分かった。ガルディア以外は席を外してくれ」

　重要な話のため、警戒していただけだったみたいだ。
　俺は、気づかれないようにそっと息を吐いて、カリオと部屋を出た。
　
　しばらくして、伯爵が廊下へ出てきた。

「では、失礼いたします」

　伯爵はそのまま廊下を歩いて去っていった。

　俺は部屋に戻り、フィンの顔を見た途端に、体中の震えが止まらなくなった。

　すぐにフィンが俺の肩を抱いてくれる。

「……大丈夫か？」

　その声があまりに優しくて、目の奥が熱くなる。

「だ、大丈夫……だけど……」

　言葉が震えて出てこない。

　俺、フィンに隠してることがあるんだ。
　それを話す時が来たのだと思った。