【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)

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38.フィンにとっては大切な過去(前編)

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 フィンはしばらく何も言わず、ただ俺を抱きしめていた。
 決して離さないと伝えるように、強く。
 その力強さは、俺が怪我をしてフィンが看病してくれたあの夜を思わせた。

 その温もりに包まれているうちに、胸の中の渦が少しずつ静まり、俺の覚悟を思い出させる。

 そうだ。
 俺、あのときフィンを信じようって思った。
 だから、不安だったけど、フィンの手を取ったんだ。

 ふと自分の気持ちに整理がついた気がした。

 俺、大好きなフィンのために頑張るって決めたんだよ。
 失敗を怖がるんじゃなくて、フィンの隣りに立ちたいから、前に進む。
 失敗を恐れちゃいけないんだ。

 フィン、ありがとう。
 俺が迷うたびに、フィンは臆病な俺を救い出してくれる。俺を受け止め続けてくれる。

 こんな素敵な人が恋人だなんて、なんて俺は幸せなんだろうな。
 

 フィンは俺の嗚咽がおさまったことを確認してから、そっと腕をほどき、俺の手を取った。

「……では、次は私の番だね。
 君が勇気を出して話してくれたから、私も話したいと思う。
 ずっと、伝えたかったことなんだ」

 フィンの声は、静かで、それでいてどこか震えていた。
 息をのみ、俺はフィンの顔を見つめる。

「エリゼオ。
 実は……君と私は、あの騎士団の訓練棟が、初めての出会いじゃないんだ」

「……え?」

「君が伯爵家にいたころ。私が七歳で、君が四歳の時だ。
 私はあのバラ園で、君と会っている」

 胸が跳ねた。

 あのバラ園。
 それは、フィンが俺にプロポーズしてくれた場所。
 そして俺が、フィンを好きだと気づいた場所だった。

 フィンは、ゆっくり昔を語りはじめた。



「当時の私は、魔力の流れが滞っていて身体が思うように育たなかった。
 むくんで、背も伸びず、病弱で……“第一王子として失格だ”と陰で笑われていたんだ。
 そのままでは、いずれ第二王子が立太子する、とまで言われていた」

 フィンは苦しげに笑った。
 俺が想像するよりずっと、孤独でつらい日々だったのだろう。

「……それでも、『第一王子としての責務を果たさなければ』って、自分に言い聞かせていた。
 本当は立っているだけで息が上がって、視界が揺れていたのにね。

 勉強も必死でついていこうとしたし、体力をつけようと、剣を握ったこともある。
 けれど、このひ弱な体は、努力の重さにすぐ悲鳴をあげてしまった。
 気づけば、またベッドの上に逆戻りさ。

 その姿が、周りには痛々しく映ったんだろうね。
 同情、哀れみ、失望、時には、ひそひそとした嘲笑。
 そんな視線を送られるたびに、それが全部胸に刺さった。

 『第一王子のくせに』
 そう言われている気がしてならなかった。
 まるで、私には“王子”という肩書き以外、何の価値もないみたいで……
 気づけば、誰の目を見るのも怖くなっていた」

 フィンは窓の外をふと見つめ、それから俺を見て笑いかけた。

「――そんなときだったんだ。君に会ったのは」

 幼い俺との出会いを思い出すように、フィンは穏やかに、けれどどこか切なげな声で続けた。

「君の父上が、『幼い子なら気が紛れるだろうか』と、君を連れてきてくれたんだ。
 君は、私が王子だなんて知らなかった。
 他の子どもたちのように遠巻きに値踏みするでも、肩書きに恐れるでもなく。

 ただ、同じ“子ども”として、まっすぐに私を見てくれた」

 『ここのバラ、すごく綺麗だね! お兄ちゃんもお花が好きなの?』

 幼い俺は、フィンに向かってそう言ったらしい。
 その話をしたフィンは、重荷を一つ降ろせたような、ほっとした表情をしてた。

「誰もくれなかった“普通”の距離だった。
 王子としての期待でも、失望でもなく――ただの“私”に向けられた言葉。

 ……救われたと思ったよ」

 フィンの瞳は、俺のなかにある昔の俺を探し当てて、懐かしむかのように俺を見ていた。

「それだけじゃなくて。
 君は、転びそうになったとき、バラを守ろうとして無理に体をひねった。
 そのせいで、石に顔をぶつけて怪我をしてしまったのに……」

 そこでフィンは少し伏し目になる。

『バラをつぶしたくなかったんだ。
 ちいさくても、みんな生きてるんだもん。
 僕が怪我するだけですむなら、それでいいよ』

 俺はそう言って笑っていたと話すフィンは、まるで宝物を自慢するように誇らしげに話していた。

 フィンの口から出る幼い俺。
 俺はちっとも覚えて無くて、何だか不思議な気分だった。

「でも、私はその純粋さが信じられなかった。
 価値のないものに意味は無いと思っていたから。

『バラは美しいもんな。君だって雑草は踏み潰すだろう? 結局、みんな選ぶのは美しくて優秀なものだけだ』

 私はそう言って君を詰ったんだ。
 そしたら、君はなんて言ったと思う?」

 俺の顔をのぞき込むようにして小首を倒すフィンは、すごくきれいだった。

「『難しいことは良く分かんないよ。
 けど、生きてるものはみんな、誰かの宝物なんじゃない?』
 
 って言ったんだ。
 何の迷いもためらいも無かった。」

 フィンの瞳が大きく揺らめく。
 なんだか、泣きそうな顔に見えた。

「その言葉を聞いた時、初めて思ったんだよ。
 “私も、誰かにとって宝物になれるだろうか”って。
 そして。
 私は君の宝物になりたいと、心から思ってしまった」

 フィンが大切そうに語るたび、胸の奥が熱くなる。


「さらに君は小さな刺繍のハンカチを私に見せてくれたね。

 『みんなには内緒だけどね、多分僕には小さな癒しの力があるんだよ。
  父様と母様は、この刺繍をもっていると癒されるって言ってくれるんだ』

 って言っていた。
 君の家族の愛情が感じられて、私も温かい気持ちになれたよ。
 君は自分の顔の傷にそのハンカチをあてて、『痛みが減った!』って笑っていた。
 もちろん、傷に変化なんかなかったけど。

 ……あれは、誇張でも演技でもなかったんだろうね。
 君は本当に嬉しそうだった」

 フィンの目が少し潤む。

「私は、初めて思ったんだ。
 “この魔力で、私も君を癒したい”って。

 君の傷が治るようにと願って、その刺繍のハンカチに魔力を乗せたとき……
 私の魔力が、初めてスムーズに流れたんだ。
 君の傷は変わらなかったけれど、君は『あったかい』って喜んでくれたよ。

 その感覚は、今でも覚えている。
 君を思うと、今でもその時の感動が必ず思い出されるんだ」

 フィンの言葉を証明するかのように、フィンから話される内容は全て鮮明で、まるでついさっき起きたように感じるほどだった。
 それだけ、フィンは何度も何度も思い返していたんだろう。
 俺の胸は、もう何とも言えない熱でいっぱいだった。


「それでも相変わらず魔力の停滞は私の身体をむしばんでいた。
 けれど、少しだけ魔力を使えるようになって、私は周囲から期待されるようになった。
 マッチほどの火を一瞬出せるほどのことしかできなかったけどね」

フィンの声が沈む。

「そんなとき、暗殺未遂に遭ったんだ」

 俺の心臓がドクリと嫌な音がした。


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