先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)

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5.先輩の隣は

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 先輩との距離が開く中、ある雨の日が訪れた。学校から帰ろうとした時に突然雨が降り出したんだ。傘を忘れた俺は、雨が止むのを玄関先でぼーっと待っていた。
 すると、通りがかった先輩が何も言わずに傘を僕に手渡してくる。
 僕がお礼を言おうとすると、先輩はそのまま雨の中走って帰ってしまった。僕は慌てて追いかけたけど、追いつけなかった。
 先輩、傘一つしか持ってなかったなら僕に貸さなくていいのに。僕は申し訳なさと心配で一杯だった。
 案の定、先輩は翌日風邪を引いて学校を休んだらしい。僕は、思い切って先輩の家にお見舞いに行った。
 チャイムを鳴らすと、気だるげな様子の先輩が出てきた。先輩は僕の顔を見て、目を見張る。

「何でここに……」
「先輩、僕に傘を貸したせいで風邪をひいたんでしょう? ごめんなさい。これ、どうぞ」
 
 お見舞いに持ってきたゼリーやスポーツ飲料を手渡す。
 
「……あぁ、ありがとう。くそっ情けないな。気にしないでくれ。俺が勝手にしたことだから」

 そう言った先輩はそのまま玄関の壁に寄りかかった。熱で立っていられないようだった。僕は、先輩を支えるために中に入る。

「先輩、ベッドに行きましょう?」
「っ、大丈夫だから。風邪がうつるといけない。俺は放っておいて帰ってくれ」
「こんな状態の先輩、放っておけません! さあ、行きますよ」

 僕は強引に肩に先輩の腕を回してベッドに連れて行った。先輩は少しだけ躊躇したものの、結局大人しく僕に従ってくれた。先輩の部屋はしんとして薄暗い。ベッドサイドに飲みかけの栄養ドリンクが置いてあった。

「先輩、もしかしてご飯食べてないんじゃないですか?」
「……ああ、さすがに自分で作る余裕がなくてね」
「っ、先輩、今から僕何か買ってきますから。寝てて待ってて下さいね」
「気を使わないで。大丈夫だから。今日ここに来たのは、ほんとは話がしたいんだろ?……分かってるけど、できたら今は待ってくれないか」

 俺のシャツをぎゅっと握って引き止めた先輩の手は、微かに震えていた。僕は、その手を両手で包み込む。

「先輩、今日は話はしませんから。ゆっくり寝て下さい。炊いたご飯がありますか?あれば、キッチン貸して下さい。具合が悪い時は、一人は心細いですよね。買い出しには行かずにぱぱっとおかゆでも作りますから」
「あ、ああ。ご飯はジャーにあると思う」

 そう返事した先輩は、凄くホッとした顔をしていた。僕は、先輩に「卵もあれば使わせてくださいね」と言いながらキッキンへ向かう。

「先輩、できましたよ」
 
 簡単卵がゆにして持っていくと、先輩は喜んで食べてくれた。きれいに食べたのを見て、僕はホッとする。食器や鍋を片付けて部屋に戻ると、先輩はスウスウと寝息を立てていた。汗ばんで前髪がペタリと額に張り付いている。いつもの先輩よりあどけない顔を見れることが嬉しくて、僕はじっと見つめていた。

「先輩、大好き。先輩は何を考えてるの? 僕とギクシャクしてるのに、先輩は傘を貸してくれてさ。いつだって優しくて。僕はその度に何だか泣きたくなるよ……」

 ポツリと僕は呟いて、先輩の唇に人差し指で触れてみた。少しだけカサついて柔らかい感触に僕はほんのり微笑む。
 ずっとこんな風に先輩といられたらいいな――。
 夕陽に輝いた先輩の髪を眺めながら、僕は先輩のそばでしばらく過ごした。

 
 翌日には、先輩は元気になったみたいで登校してきて、僕はホッとした。でも、この間の先輩との時間が心地よかったから、もう一度そんな風に過ごしたくて、先輩に思い切って聞いてみたんだ。
 
 「先輩、 最近全然話してくれないですよね……僕、先輩と話がしたいんです」

 すると、先輩は少し困った様な顔をして笑う。

「ごめん、俺の気持ちが整理できるまでもう少しだけ待って欲しい」

 いつまで待てば良いのかな? 先輩のぎこちない笑顔に、更に不安が増してしまった。

 
 僕は、先輩との日々を繰り返し思い出す日が続いていた。付き合う前から先輩は、僕が笑いかければいつも笑い返してくれてていた。それに、一生懸命生徒会の仕事に取り組んでいると必ず「ありがとう。助かるよ」って声をかけてくれたんだ。
 そうだ。何もできないなんて嘆いてちゃいけなかった。先輩がもう一度、僕と話をしてみたいと思えるように、僕が頑張れば良いんだよ。だって、僕は先輩の彼氏なんだから!
 それから僕は、笑顔で皆に挨拶をするように心がけた。生徒会の雑事も、積極的に引き受けたんだ。
 先輩は、そんな僕を見て少しだけ微笑んで「ありがとう」と言ってくれた。まだ一言だけだけど、僕は嬉しかった。だから、笑顔で「はいっ」と応えていたんだ。
 でも、先輩は何だか元気がない。僕は、秋良に相談してみた。秋良は少し首をひねる。

「そうかなあ。俺には普通だけど。お前、意外と人を見る目はあるからな。そうなのかもな。しっかし、お前は会長のことよく見てるなあ」

 秋良は「流石だな」と言いながら、僕の肩をバンバンと叩く。僕の気持ちを秋良に知られたみたいで、恥ずかしくなった。だから、誤魔化すように秋良の髪をぐちゃぐちゃにしてやったんだ。
 
 
 それから数日経って、秋良の元カノである咲月ちゃんと先輩が生徒会室で仲良く話をしていた。吹奏楽部の部長の咲月ちゃんは、今度ある定期演奏会の打ち合わせをしていたんだ。でも秋良との別れを引きずっているのか、咲月ちゃんは少し寂しそうに笑っているように見えた。
 秋良はそれでもやきもちを焼いているのか少しだけむくれた顔をして、僕を生徒会室から連れ出した。

「結局みんな、会長が良いんだよな」
「何だよ、それ」

 秋良のセリフが聞き捨てならなかった僕は、秋良を睨んでしまった。

「何でお前が怒るんだよ。……まあ、良いや。
 俺が付き合ってた彼女はみんな生徒会長みたいな真面目で優しい奴がいいって俺のこと振るんだぜ。
 咲月だってさ、生徒会長は実行力も統率力もあって頼れるーって付き合ってた時にベタ褒めしてたしさ。
 どうせ俺とは正反対だよ。ちえっ、結局、選ばれるのは生徒会長かあ」

 どういうこと?
 何でそんなに咲月ちゃんは先輩を褒めるの?
 そんなに先輩と咲月ちゃんは一緒にいたのかな?
 もやもやするものを振り払いたくて、先輩に確認しようと僕は秋良をおいて生徒会室へ戻った。
 ドアを開けると、先輩が咲月ちゃんの頭に手を置いていた。咲月ちゃんも嫌がる様子がなかった。何よりショックだったのは、先輩が凄く優しい笑顔だったことだ。
 
 何で! あそこは、僕のポジションなのに!
 
 それから、僕から一方的に時々していた連絡もすることができなくなった。生徒会活動がある時に遠くからそっと眺めるだけで、付き合う前の頃に戻ったようだった。
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