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幕間 兄・翼の想い
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僕、水瀬翼には、双子の弟、碧依がいる。
同じ顔、同じ背丈、同じ声。
鏡を見れば、まるで自分が二人いるみたいだった。
なのに、周りの目が僕らをまるで正反対に映すんだ。
碧依は、どんなときも落ち着いていて、人の気持ちをそっと汲み取る優しさを持ってる。
僕たち家族は何度もその優しさに救われた。
中学生の頃、両親が喧嘩したときのことを、今でも覚えてる。
きっかけは、父さんが母さんとの約束を忘れて、仕事の予定を入れたことだった。
いつもなら母さんは「仕事なら仕方ないよね」って笑うのに、その日は違った。
父さんが謝っても、母さんは黙ってリビングでテレビを見つめてた。
父さんが悪いのは確かだ。
でも、謝っても許さない母さんも、ちょっと大人げない気がした。
僕は、どうにかしたくて、つい大声で叫んだ。
「もう、二人とも大人げないよ! ケンカはおしまい! 今度、家族で海に行こうよ! おいしいもの食べて、仲直りしよう!」
でも、僕の声は空回りして、両親は黙ったままだった。
焦る僕をよそに、碧依は何も言わなかった。
次の日、碧依は母さんの隣で静かに家事を手伝ってた。
父さんが仕事から帰ると、母さんが動く前にさっとキッチンに行って、父さんの好きなぬるめのお茶を淹れて差し出した。
「母さん、いつも父さんが帰る頃に、ポットのお湯をぬるめに調節してるんだよ。僕、知らなかった」
碧依はそう言うと、そっとリビングを出て行った。
僕は追いかけて、碧依の部屋で「なんでそんなことしたの?」って聞いたら、碧依は「何となく」って笑っただけだった。
次の朝、両親はいつもの笑顔に戻ってて、週末には家族で海へ出かけたんだ。
碧依のさりげない優しさ、僕には絶対真似できない。
だから、せめて僕なりに、笑顔でみんなを元気にしようって思って、ずっと過ごしてきた。
でも、僕って人一倍寂しがり屋で、ちょっと幼いって言われる。
自分でも分かってる。
碧依がいないと、心にぽっかり穴が開いたみたいになる。
子供の頃、夜中に怖い夢を見て泣きじゃくったとき、碧依がそっと布団に入ってきた。
「翼、僕がいるよ」
そう言って手を握ってくれた温もりが、今でも心のどこかに残ってる。
高校の担任との面談で、先生が僕を褒めるのに、碧依と比較してきた。
「碧依は何だか目立たないけど、翼はクラスの雰囲気を明るくしてくれて助かるよ」
その言葉に、むっとした。
碧依の優しさを知らないなんて、先生、分かってない!
でも、その言葉が頭にこびりついた。
思えば、先生や友人、親戚まで、僕と碧依を比較する人が小さい頃から多かった。
僕の明るさが褒められるたび、碧依は目立たないと言われてきた。
僕が、碧依といるせいで、いつも僕たちは比較されてきたんだ。
碧依は、僕の後ろで我慢してるんじゃないか。
このままだと僕のせいで、自由に笑えなくなるんじゃないかって思えた。
だから、意を決して、碧依と別の大学に進学したんだ。
美大のキャンパスは、絵の具の匂いと笑い声で溢れてて、僕にはぴったりだった。
でも、碧依がいない教室は、どこか色褪せてた。
講義の合間にスケッチブックを開いても、隣に碧依の静かな笑顔がないと、鉛筆が思うように動かない。
「翼、すげえじゃん!」
入学してすぐにできた友だちに褒められても、心のどこかで物足りなさを感じてた。
碧依のあの穏やかな声で「翼、頑張ってるね」って言って欲しかったんだ。
碧依も、最初は僕がいない大学生活に戸惑ってたみたいだ。
入学式の後、電話で話すと、声が少し震えてて、胸がぎゅっと締め付けられた。
でも、ひと月も経つと、碧依の声に笑顔が混じるようになった。
碧依の良さに気づいた友人が、ちょっとだけできたみたいだった。
それを聞くたび、離れて正解だったんだって、自分に言い聞かせた。
でも、僕の心の穴は埋まらなかった。
そんなとき、行きつけの本屋でアルバイト募集の張り紙を見つけた。
絵の具やキャンバス代を稼ぎたかったのもあるけど、新しい場所で、碧依以外の誰かと繋がりたかったんだと思う。
面接の日、本屋のドアを開けると、陽光が差し込む店内に本の匂いがあふれてた。
カウンターの奥にいたのが、店長の東雲理人さんだった。
「水瀬翼君、だね? よろしく。」
理人さんの声は、落ち着いてて、でもどこか柔らかい。
仕事の説明はすごく簡潔で、頭に入りやすかった。
棚の整理の仕方、レジの打ち方、在庫のチェック。
全部、要点だけバシッと教えてくれる。
なのに、偉そうな感じは全然なくて、柔和な笑顔で「大丈夫、すぐ慣れるよ」って言ってくれるから、緊張がふわっと解けた。
理人さんの雰囲気は、なんだか碧依に似てた。
だから、ここでバイトを頑張りたいって思えた。
そして、バイトに慣れてきた頃、人手が足りなくて臨時のバイトを募集してるって聞いたとき、真っ先に碧依を紹介したいって思ったんだ。
こんな素敵な店長のいる本屋なら、碧依も僕と比較なんかされずに一緒に楽しく働けるって思ったから。
同じ顔、同じ背丈、同じ声。
鏡を見れば、まるで自分が二人いるみたいだった。
なのに、周りの目が僕らをまるで正反対に映すんだ。
碧依は、どんなときも落ち着いていて、人の気持ちをそっと汲み取る優しさを持ってる。
僕たち家族は何度もその優しさに救われた。
中学生の頃、両親が喧嘩したときのことを、今でも覚えてる。
きっかけは、父さんが母さんとの約束を忘れて、仕事の予定を入れたことだった。
いつもなら母さんは「仕事なら仕方ないよね」って笑うのに、その日は違った。
父さんが謝っても、母さんは黙ってリビングでテレビを見つめてた。
父さんが悪いのは確かだ。
でも、謝っても許さない母さんも、ちょっと大人げない気がした。
僕は、どうにかしたくて、つい大声で叫んだ。
「もう、二人とも大人げないよ! ケンカはおしまい! 今度、家族で海に行こうよ! おいしいもの食べて、仲直りしよう!」
でも、僕の声は空回りして、両親は黙ったままだった。
焦る僕をよそに、碧依は何も言わなかった。
次の日、碧依は母さんの隣で静かに家事を手伝ってた。
父さんが仕事から帰ると、母さんが動く前にさっとキッチンに行って、父さんの好きなぬるめのお茶を淹れて差し出した。
「母さん、いつも父さんが帰る頃に、ポットのお湯をぬるめに調節してるんだよ。僕、知らなかった」
碧依はそう言うと、そっとリビングを出て行った。
僕は追いかけて、碧依の部屋で「なんでそんなことしたの?」って聞いたら、碧依は「何となく」って笑っただけだった。
次の朝、両親はいつもの笑顔に戻ってて、週末には家族で海へ出かけたんだ。
碧依のさりげない優しさ、僕には絶対真似できない。
だから、せめて僕なりに、笑顔でみんなを元気にしようって思って、ずっと過ごしてきた。
でも、僕って人一倍寂しがり屋で、ちょっと幼いって言われる。
自分でも分かってる。
碧依がいないと、心にぽっかり穴が開いたみたいになる。
子供の頃、夜中に怖い夢を見て泣きじゃくったとき、碧依がそっと布団に入ってきた。
「翼、僕がいるよ」
そう言って手を握ってくれた温もりが、今でも心のどこかに残ってる。
高校の担任との面談で、先生が僕を褒めるのに、碧依と比較してきた。
「碧依は何だか目立たないけど、翼はクラスの雰囲気を明るくしてくれて助かるよ」
その言葉に、むっとした。
碧依の優しさを知らないなんて、先生、分かってない!
でも、その言葉が頭にこびりついた。
思えば、先生や友人、親戚まで、僕と碧依を比較する人が小さい頃から多かった。
僕の明るさが褒められるたび、碧依は目立たないと言われてきた。
僕が、碧依といるせいで、いつも僕たちは比較されてきたんだ。
碧依は、僕の後ろで我慢してるんじゃないか。
このままだと僕のせいで、自由に笑えなくなるんじゃないかって思えた。
だから、意を決して、碧依と別の大学に進学したんだ。
美大のキャンパスは、絵の具の匂いと笑い声で溢れてて、僕にはぴったりだった。
でも、碧依がいない教室は、どこか色褪せてた。
講義の合間にスケッチブックを開いても、隣に碧依の静かな笑顔がないと、鉛筆が思うように動かない。
「翼、すげえじゃん!」
入学してすぐにできた友だちに褒められても、心のどこかで物足りなさを感じてた。
碧依のあの穏やかな声で「翼、頑張ってるね」って言って欲しかったんだ。
碧依も、最初は僕がいない大学生活に戸惑ってたみたいだ。
入学式の後、電話で話すと、声が少し震えてて、胸がぎゅっと締め付けられた。
でも、ひと月も経つと、碧依の声に笑顔が混じるようになった。
碧依の良さに気づいた友人が、ちょっとだけできたみたいだった。
それを聞くたび、離れて正解だったんだって、自分に言い聞かせた。
でも、僕の心の穴は埋まらなかった。
そんなとき、行きつけの本屋でアルバイト募集の張り紙を見つけた。
絵の具やキャンバス代を稼ぎたかったのもあるけど、新しい場所で、碧依以外の誰かと繋がりたかったんだと思う。
面接の日、本屋のドアを開けると、陽光が差し込む店内に本の匂いがあふれてた。
カウンターの奥にいたのが、店長の東雲理人さんだった。
「水瀬翼君、だね? よろしく。」
理人さんの声は、落ち着いてて、でもどこか柔らかい。
仕事の説明はすごく簡潔で、頭に入りやすかった。
棚の整理の仕方、レジの打ち方、在庫のチェック。
全部、要点だけバシッと教えてくれる。
なのに、偉そうな感じは全然なくて、柔和な笑顔で「大丈夫、すぐ慣れるよ」って言ってくれるから、緊張がふわっと解けた。
理人さんの雰囲気は、なんだか碧依に似てた。
だから、ここでバイトを頑張りたいって思えた。
そして、バイトに慣れてきた頃、人手が足りなくて臨時のバイトを募集してるって聞いたとき、真っ先に碧依を紹介したいって思ったんだ。
こんな素敵な店長のいる本屋なら、碧依も僕と比較なんかされずに一緒に楽しく働けるって思ったから。
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