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8.夏休み 後編
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次の日、本屋のバイト中に、お客さんが絵本コーナーで迷ってた。
そのお客さんが白い杖を持っていることに気づき、そっと声をかけた。
「何かお探しですか? この棚は四、五歳くらいのお子さまに人気の本が並んでますよ。お手伝いできることがあれば、教えてください」
お客さんは、姪っ子にプレゼントを選びたいけど、ネットショップでは決めきれず、お店に来てみたものの、目が見えづらく困ってると話してくれた。
僕は姪っ子の好きなものや興味を丁寧に聞きながら、一冊ずつ本を紹介していった。
「あなたの説明聞いてると、どれも魅力的ね。どうしようか迷ってしまうわ」
そう言いながらも、お客さんの顔はほころんでいた。
最後には一冊の絵本を選んでた。
「ありがとう、助かったわ。どうしようかと思っていたの」
お客さんが本を大切に抱えて、笑顔で帰っていくのを見送った。
そのほころんだ笑顔に、胸がじんわり温かくなった。
僕の思いが、お客さんに届いたような気がして、頬が緩んだんだ。
すると、大和がニヤッと笑って近づいてきた。
「水瀬、すげえいい対応だったな。なんか、最近堂々としてきたよな」
その言葉に、僕が少しずつ変われてるような気がして、大きく息を吸い込んだ。
八月も半ばを過ぎた頃。
数日、僕だけで実家に帰って、のんびり過ごした。
実家には、中学の時海で拾った黒犬のクロがいた。
僕を見ると、尻尾を振って飛びついてくる。
抱きしめると、なぜか潮の香りがした。
母に聞くと、昼間にクロを連れて、海まで遊びに行ったらしい。
ふと、クロを拾ったときのことを思い出した。
確か、あの時は海水浴の季節じゃなくて、夕方の海は静かだった。
翼は海のスケッチに夢中で、僕は邪魔しないようにそっと離れたんだ。
そしたら、黒い子犬を抱きしめたまま海を睨む少年がいた。
迷子かな?と思って声をかけたら、「違う!」って怒られた。
「この犬を拾ったけど、親に飼えないって言われて。人気の海なら人がたくさんいるから、誰か飼ってくれんじゃないかって……」
少年はそう言って、チラリと浜のそばにある自転車を見つめた。
「犬連れて電車には乗れないし、自転車で来てみたら、すげー時間かかった。こんな時間じゃ誰も拾ってくれねえだろうな。俺、考えなしだった」
「すごいよ。ワンちゃんのためにそこまでするなんて、君は優しいし、一人で自転車でここまで来るなんて、すごい勇気だよ」
それから、少年と少し犬と遊んだ。
そしたら、僕はクロが飼いたくなって、両親に頼んでクロを飼うことに決めたんだ。
あの時の少年、どうしてるかな。
すごく勇気のあるかっこいい少年だった。
今頃、素敵な青年になってるんじゃないかな。
僕はクロを抱きしめながら、そんなことをぼんやり考えた。
帰省から戻って、本屋のみんなにお土産のゼリーを配った。
店長には、ゼリーが苦手なのを知ってたから、別にチョコを渡した。
お世話になってるからね。
そして、大和には犬のキーホルダーを渡した。
お土産じゃないけど、犬が好きで集めてるって言ってたから。
クロにそっくりなキーホルダーを見つけて、つい買っちゃったんだ。
大和はキーホルダーを手に取り、目を輝かせた。
「お、可愛いな! 水瀬、犬のこと覚えててくれたんだ。サンキュ、すげえ嬉しいよ」
その笑顔に、渡して良かったって思えた。
帰りがけ、店長が事務室の机の上のチョコに気づき、袋を手に持って笑った。
「ありがとな。俺のために別に買ってきてくれたんだな」
「はい。店長ゼリー苦手だから。それにお世話になってるし」
大和がチラッとこっちを見る。
「店長のこと、よく知ってるんだな」
なぜか大和の声が沈んでて、がっかりしてたように見えた。
僕は、その姿にそわそわしてしまったんだ。
ある日、バックヤードで大和と二人、品出しをしてると、新しく異動してきた社員さんが近づいてきた。
「ねえ、前この本屋で働いてた社員の人に聞いたんだけど、店長ってこの店のバイトの子と付き合ってるんだって! 知ってた?」
目をキラキラさせながら話しかけてくる社員さんに、僕はつい、肩を揺らしてしまった。
大和は手を止めて、眉をひそめて社員さんを見ていた。
「バイトの子って誰だろ? 私、びっくりしちゃって。水瀬くん、店長と仲良いよね? あ、もしかして、付き合ってるのって水瀬くん!?」
「え、な、何も知らないよ」
僕は、手元の本に目を落とした。
本の表紙には、鏡や鍵が意味深に描かれてた。
……僕から話せることなんて何もない。
だって、店長が付き合ってるのは、翼なんだから。
二人は隠してるわけじゃないけど、それを話したら、翼の振りをしてる僕の嘘がバレちゃう。
チラリと隣を見ると、大和とバチッと目が合った。
「ほんとか?」
大和の声は低く、いつも明るい目が一瞬、泣きそうに揺れた。
もしかして、翼が店長と付き合っていることにショックを受けてる?
大和はやっぱり、翼が気になってるのかな?
胸が締め付けられて、大和から目を逸らした。
「ほんとだよ。僕は、なんにも知らないんだ」
大和の視線が背中に刺さって、僕は喉がカラカラになった。
……でも。
もしかしたら。
ひょっとしたら、翼になりすました「僕」のことを好きになってくれたんじゃないのかな?
だって、こうやってたくさんの時間を過ごしたのは、「僕」のほうなんだから。
本の貸し借りをして感想を言い合った。一緒に棚の整理をしたり、共に作業をすることも多かった。それに、一緒に駅まで帰った。
これらはみんな、翼じゃなくて、僕と過ごした時間なんだ。
たとえ、翼のふりをしてても、大和が笑ってくれたのは、僕の言葉や笑顔だったかもしれない。
最近芽生えた自信と、大和との楽しかった時間が、胸に小さな期待を灯した。
いつか、僕のままでこの大和の笑顔に手が届いたなら……って思うと、胸が熱くなった。
そのお客さんが白い杖を持っていることに気づき、そっと声をかけた。
「何かお探しですか? この棚は四、五歳くらいのお子さまに人気の本が並んでますよ。お手伝いできることがあれば、教えてください」
お客さんは、姪っ子にプレゼントを選びたいけど、ネットショップでは決めきれず、お店に来てみたものの、目が見えづらく困ってると話してくれた。
僕は姪っ子の好きなものや興味を丁寧に聞きながら、一冊ずつ本を紹介していった。
「あなたの説明聞いてると、どれも魅力的ね。どうしようか迷ってしまうわ」
そう言いながらも、お客さんの顔はほころんでいた。
最後には一冊の絵本を選んでた。
「ありがとう、助かったわ。どうしようかと思っていたの」
お客さんが本を大切に抱えて、笑顔で帰っていくのを見送った。
そのほころんだ笑顔に、胸がじんわり温かくなった。
僕の思いが、お客さんに届いたような気がして、頬が緩んだんだ。
すると、大和がニヤッと笑って近づいてきた。
「水瀬、すげえいい対応だったな。なんか、最近堂々としてきたよな」
その言葉に、僕が少しずつ変われてるような気がして、大きく息を吸い込んだ。
八月も半ばを過ぎた頃。
数日、僕だけで実家に帰って、のんびり過ごした。
実家には、中学の時海で拾った黒犬のクロがいた。
僕を見ると、尻尾を振って飛びついてくる。
抱きしめると、なぜか潮の香りがした。
母に聞くと、昼間にクロを連れて、海まで遊びに行ったらしい。
ふと、クロを拾ったときのことを思い出した。
確か、あの時は海水浴の季節じゃなくて、夕方の海は静かだった。
翼は海のスケッチに夢中で、僕は邪魔しないようにそっと離れたんだ。
そしたら、黒い子犬を抱きしめたまま海を睨む少年がいた。
迷子かな?と思って声をかけたら、「違う!」って怒られた。
「この犬を拾ったけど、親に飼えないって言われて。人気の海なら人がたくさんいるから、誰か飼ってくれんじゃないかって……」
少年はそう言って、チラリと浜のそばにある自転車を見つめた。
「犬連れて電車には乗れないし、自転車で来てみたら、すげー時間かかった。こんな時間じゃ誰も拾ってくれねえだろうな。俺、考えなしだった」
「すごいよ。ワンちゃんのためにそこまでするなんて、君は優しいし、一人で自転車でここまで来るなんて、すごい勇気だよ」
それから、少年と少し犬と遊んだ。
そしたら、僕はクロが飼いたくなって、両親に頼んでクロを飼うことに決めたんだ。
あの時の少年、どうしてるかな。
すごく勇気のあるかっこいい少年だった。
今頃、素敵な青年になってるんじゃないかな。
僕はクロを抱きしめながら、そんなことをぼんやり考えた。
帰省から戻って、本屋のみんなにお土産のゼリーを配った。
店長には、ゼリーが苦手なのを知ってたから、別にチョコを渡した。
お世話になってるからね。
そして、大和には犬のキーホルダーを渡した。
お土産じゃないけど、犬が好きで集めてるって言ってたから。
クロにそっくりなキーホルダーを見つけて、つい買っちゃったんだ。
大和はキーホルダーを手に取り、目を輝かせた。
「お、可愛いな! 水瀬、犬のこと覚えててくれたんだ。サンキュ、すげえ嬉しいよ」
その笑顔に、渡して良かったって思えた。
帰りがけ、店長が事務室の机の上のチョコに気づき、袋を手に持って笑った。
「ありがとな。俺のために別に買ってきてくれたんだな」
「はい。店長ゼリー苦手だから。それにお世話になってるし」
大和がチラッとこっちを見る。
「店長のこと、よく知ってるんだな」
なぜか大和の声が沈んでて、がっかりしてたように見えた。
僕は、その姿にそわそわしてしまったんだ。
ある日、バックヤードで大和と二人、品出しをしてると、新しく異動してきた社員さんが近づいてきた。
「ねえ、前この本屋で働いてた社員の人に聞いたんだけど、店長ってこの店のバイトの子と付き合ってるんだって! 知ってた?」
目をキラキラさせながら話しかけてくる社員さんに、僕はつい、肩を揺らしてしまった。
大和は手を止めて、眉をひそめて社員さんを見ていた。
「バイトの子って誰だろ? 私、びっくりしちゃって。水瀬くん、店長と仲良いよね? あ、もしかして、付き合ってるのって水瀬くん!?」
「え、な、何も知らないよ」
僕は、手元の本に目を落とした。
本の表紙には、鏡や鍵が意味深に描かれてた。
……僕から話せることなんて何もない。
だって、店長が付き合ってるのは、翼なんだから。
二人は隠してるわけじゃないけど、それを話したら、翼の振りをしてる僕の嘘がバレちゃう。
チラリと隣を見ると、大和とバチッと目が合った。
「ほんとか?」
大和の声は低く、いつも明るい目が一瞬、泣きそうに揺れた。
もしかして、翼が店長と付き合っていることにショックを受けてる?
大和はやっぱり、翼が気になってるのかな?
胸が締め付けられて、大和から目を逸らした。
「ほんとだよ。僕は、なんにも知らないんだ」
大和の視線が背中に刺さって、僕は喉がカラカラになった。
……でも。
もしかしたら。
ひょっとしたら、翼になりすました「僕」のことを好きになってくれたんじゃないのかな?
だって、こうやってたくさんの時間を過ごしたのは、「僕」のほうなんだから。
本の貸し借りをして感想を言い合った。一緒に棚の整理をしたり、共に作業をすることも多かった。それに、一緒に駅まで帰った。
これらはみんな、翼じゃなくて、僕と過ごした時間なんだ。
たとえ、翼のふりをしてても、大和が笑ってくれたのは、僕の言葉や笑顔だったかもしれない。
最近芽生えた自信と、大和との楽しかった時間が、胸に小さな期待を灯した。
いつか、僕のままでこの大和の笑顔に手が届いたなら……って思うと、胸が熱くなった。
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