【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

文字の大きさ
14 / 42

9.期待

しおりを挟む
 社員さんはひとしきり噂話をすると、そのまま去っていった。
 二人きりのバックヤードは、急に静かになった。
 本を整理するカサカサという音だけが響き、遠くで彼女の「いらっしゃいませ」が聞こえる。
 いつもなら目配せで笑い合うのに、今日は大和をまっすぐ見られなかった。
 意識しすぎて、翼のふりをする自分が揺らいでしまう。

 前髪を留めてたピンがずれて、長い前髪が顔に落ちてきた。
 僕は、慌ててピンを留め直すけど、大和は手元の本に目を固定して、気づかない。

 大和の手が本を整理する途中で突然止まり、チラリと僕を見た。
 大和の目が一瞬、泣きそうに揺れ、唇を軽く噛んでいる。
 本を強く握る大和の指に、力がこもっているのが見えた。
 
「悪い。俺、今日は用事があるから、先に帰ってて」

 大和の声は低く、かすかに震え、いつもと違う。
 僕は、どう答えていいか分からず、ただ頷く。

「う、うん。わかった。じゃあ、僕、この本陳列してくるからっ」

 僕は本を抱え、売り場へと逃げ込んだ。
 本の紙の匂いが漂う中、翼の服から絵の具の匂いがふっと鼻をつく。

 店長が翼と付き合ってるって大和は思ったから、機嫌が悪くなってるのかな。

 それは、翼のことが好きだから?
 もしかして、翼のふりをしてる僕のことを、好きになってくれた……?
 僕に笑いかける大和の笑顔が、僕にそんな希望を灯す。
 でも、それは、大和は僕を翼だと思ってるからで。
 それでも、僕を見て笑いかけてくれてることには違いないんだ。

 期待と不安で、心がぐちゃぐちゃだ。
 何かに縋り付いていないと、僕の心は散り散りになりそうで、本を抱きしめるしかなかった。

 そっと後ろを振り返ると、大和が難しい顔で作業を続けているのが、レジ越しに見える。

「ふうん」

 突然、後ろから声がして、僕は身体が跳ねる。
 振り向くと、いつの間にか店長がいた。
 ニコニコしながら、店長が大和をチラリと見てる。

「さっきの三人のやり取り、見てたよ。彼女の噂好きも困ったもんだね。如月くん、完全に君と俺の関係を誤解してるんじゃないかな」

 そう言いながら、店長が少し屈んで僕の顔を覗き込んできた。

「そんな複雑な顔するなら、本当のこと言ってしまう方がいいよ。嘘を続けるのは、君自身が辛いだろ。
 で、なぜ如月くんは不機嫌なんだと思う?」

「そ、そんなの……翼のことが気になってるから……」

 僕がボソボソと答えると、店長は小さくため息をついた。

「まだそんなことを言ってるの? ……分かった。俺はこういうことに首を突っ込むのは、嫌いなんだけどね」

 店長はブツブツ言いながら去っていってた。
 僕はその背中に、言いようのない不安が広がる。

 僕は、トボトボと陳列棚へ向かい、息を吐いて気持ちを切り替えた。
 お客さんが新しい発見をできるような陳列にしようと、僕は目の前の棚に集中したんだ。

 僕が閉店の片付けを終えて、ロッカーで帰り支度をしてると、大和が売り場から戻ってきた。
 いつもの大和なら、すぐに僕と帰ろうとするのに、今日はパイプ椅子に座ってた。

 あれ?
 今日は用事があるって言ってたのに……。

 大和は一向に帰ろうとせず、チラチラと奥の事務所を気にしている。

 もしかして、店長に用事があるのかな?

 僕が大和に声をかけようか迷っていると、事務所の扉が開いて、店長が出てきた。
 大和が椅子から立ちあがり、口を開きかけたとき、店長は僕に話しかけてくる。

「水瀬くん、今日は俺もこれであがるよ。車で来たから、家まで送っていってあげる。今日は君の家に、用事があるからね」

 店長は意味深に車の鍵を見せてきた。
 今日は、合宿を終えた翼が家に帰ってくる日だった。
 きっと、店長は翼と会うつもりなんだ。
 店長の申し出を断ろうとした瞬間。
 大和が僕の腕を掴んで、自分の方へ引き寄せた。
 まるで抱きしめられてるみたいになって、若葉のような爽やかな香りに包まれる。
 大和の少し早い息遣いが、耳元で聞こえる。
 あの資料作りのとき、指に絆創膏を貼ってもらったドキドキがよみがえった。
 絆創膏を貼ってもらった指がどくどくと脈打つ。
 僕の顔が、太陽よりも熱くなった気がした。
 どうしたら良いかわからず、僕はただ大和にしがみついていた。

「すみません。水瀬は、俺と帰る約束なんで。店長は気にせず帰ってください」

 今日は一緒に帰れないと言ってたのに。

 店長は楽しそうに二人を見て、ポケットからスマホを取り出した。

「分かったよ。ちょっと外で電話してくる。戸締まりは俺がするから、二人とも早く帰りなさい」

 そしてすれ違いざま、わざわざ僕の耳元にに顔を近づけ、「頑張れ」と囁いた。

 店長、わざと大和を煽ったんだ。

 僕はどうしたらいいか分からず、両手で顔を覆った。
 大和は店長と僕を引き離すように、もっと強く抱きしめて、不機嫌そうに目を細めた。
 店長はフッと笑って、外へ出ていった。
 二人きりの空間で、大和に強く抱きしめられて、僕は頭がパニックになった。
 手を突っ張って、大和から離れる。

「あ、あの! カウンターに忘れものしちゃったからっ。取りに行ってくる!」

 大和を置いて、レジへと走った。
 そのままカウンターにうずくまり、深呼吸する。
 大和の若葉みたいな香りがまだ鼻に残り、耳元の息遣いが頭を巡る。
 絆創膏を貼ってくれた大和、見かけると必ず挨拶をしてくれる大和。
 引っ込み思案な僕にでも、伺うように優しい笑顔を向けてくれていた。
 そして、翼のふりをした僕に凄いなと褒める大和、アップルパイを分け合った大和。
 あのときの弾けるような笑顔も、翼じゃなく、僕に向けられたものだったら――。
 そんな淡い希望に、胸が締め付けられる。

 本当のことを言ってしまおうか……。

 思いがけない自分から生まれた気持ちに戸惑い、カウンターにしがみついて、深呼吸を繰り返した。

 大和の元へ戻ると、店長はもう事務室に戻ってた。
 事務室から漏れる明かりが、一筋の光になって、薄暗い部屋を照らす。

「水瀬、大丈夫か?」 

「う、うん! ちょっと探し物が見つからなくて、遅くなっちゃった。 もしかして、僕のこと待っててくれた? 今日は、用事があるんだよね? 帰らなくて平気なの?」

 大和は腕を組んで、指先をトントンと叩いて、ムッとした顔を見せた。

「何だよ。俺が待ってたら、都合悪かったか? まさか、店長と帰りたかったんじゃないよな」

「ち、違うよ。用事、大丈夫なのかなって心配になっただけで。僕は、大和と帰れるなら嬉しいんだよ」

 僕は、手のひらを振って、一生懸命否定した。
 大和はそれを見て、組んだ腕をほどく。

「ああ。用事ってのは、店長に確認することだったんだけど、やめたよ。振り回してごめん。水瀬、俺と帰ろう」

 大和は少さく微笑んで、裏口の扉を開け、僕を外へと促した。
 月明かりに照らされた大和の微笑みが、柔らかく輝く。
 その一つ一つの仕草が、僕を好きだと言ってくれてる気がした。
 それだけで、僕の心に勇気が湧いてくる。

 ……僕がここを出たら、大和に本当のことを言おう。
 翼のふりじゃない、僕のままで大和の笑顔を受け止めたい。
 僕はやっとできた決意を胸に、裏口の扉をくぐったんだ。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

処理中です...