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10.告白 前編
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裏口をくぐると、月明かりがアスファルトを冷たく照らしてた。
駅までの道は、遠くの車のライトや街のざわめきが静かに響き、いつもより長く感じる。
大和と僕の距離がいつもよりも近い気がして、胸の高鳴りが止まらない。
大和に、本当のことを伝えよう。
本屋で双子の兄の「翼」のふりをしてたけど、本当は同じゼミの「碧依」なんだって。
そう思うほど、僕は言葉が詰まる。
今日の大和はどこか上の空で、会話の合間に沈黙が流れる。
ところどころに立つ街灯が、ぼんやりオレンジの光を落としてる。
夏の終わりの暑さを拭うような、少し冷たい風が頬を撫で、僕の髪をふわっと揺らした。
いつもなら他愛もない話で笑い合うのに、静かな住宅街の雰囲気が、二人に緊張感をまとわせる。
その雰囲気に負け、僕は思わず、別の話を振っていた。
「今日はお客さん、多かったね。如月くん、夕方はいっぱいお客さんに話しかけられてたけど、大丈夫だった? その度に自分の仕事中断して、大変だったよね? そういうときは、他の社員さんに仕事振り分けてもらえないか店長にーー」
「店長」
大和が突然口を開き、立ち止まって、僕をじっと見つめた。
街灯の下、黒い瞳が揺れてる。
「水瀬はさ、やっぱり店長と付き合ってんの?」
「ち、違うよ! 僕、店長と付き合ってなんかいないよ!」
僕は慌てて否定した。
「じゃあ、なんで店長が水瀬の家に行くんだよ? それに、水瀬と店長、よく二人でコソコソ何か話してんだろ?」
「それは………店長は昔から知り合いなだけで……。ほんと、僕は付き合ってないよ」
「ーー本当に?」
大和は真偽を確かめるように、僕の顔を覗き込んできた。
「ほんとだよ。店長と付き合ってるのは、僕じゃない」
店長と付き合ってるのは、翼だ。
僕が翼のふりをしているなら、否定するのは危険だ。
でも今、本当のことを話すんだ。
「僕は翼じゃない。本当は碧依なんだ。騙しててごめんなさい。店長と付き合ってるのは、翼の方なんだ」って伝えるんだ。
口を開こうとした瞬間、大和が髪をかき上げ、表情がふっと緩んだ。
その表情は、翼に向けた弾ける笑顔でも、大学の僕に向けた伺うような笑顔でもなく、まるで夏の日差しのように温かく、心からの柔らかな輝きだった。
それに僕が見惚れてしまった、そのときだ。
「好きだ。
水瀬のこと、初めて会ったときからずっと気になってた」
大和は少し肩をすくめ、真剣な瞳で僕を見つめた。
心臓が一瞬止まり、鼓動が耳元でドクドクと鳴る。
「初めて…?」
「水瀬、初めて会ったときに笑いかけてくれたろ? あの笑顔がさ、なんか……特別だったんだ。俺、ずっと忘れられなかった。あの時から水瀬のこと好きだったんだ」
大和が惹かれたのは、僕じゃない。
だって、彼が初めて会った「水瀬」は、本物の翼だ。
大和のバイト初日、翼の眩しい笑顔が、大和の心を掴んだんだ。
「それなのに、二回目に会った時にはなんか目が合わなかったんだよな。表情も、最初より控えめで、話しかけてもそっけなかったしさ」
それは、僕が翼のふりをしてたから。
どんなに大和に近づこうとしても、僕の笑顔じゃ届かなかった。
「俺、嫌われてるのかなって思ったけど、せっかく同じ職場になれたからって、頑張って話しかけたんだ。そしたら、少しずつあの笑顔になって、俺、嬉しかった」
大和が喜んだのは、僕が翼に似てきたから。
でも、どんなに似せても、大和が見ているのは僕を素通りして本物の翼だったんだ。
「これからも水瀬の笑顔が見たいんだ。だから、俺と付き合ってくれる?」
大和の声がわずかに震え、両手をぎゅっと握りしめている。
いつも気さくに笑う彼が、不安を滲ませて僕を見ている。
頭が真っ白だ。
違うよ、大和。
君が愛してるのは、目の前の僕じゃない。
本物の「翼」なんだ。
伝えなきゃ。
僕は同じゼミの碧依なんだ。
なのに、喉が詰まって言葉が出ない。
街灯の光が、僕のスニーカーの先をぼんやり照らす。
すぐそばに大和の黒いスニーカー。つま先に小さな擦り傷がある。
なんでこんなとき、そんな細かいことまで目に入るんだろう。
「僕も、如月くんのことが好きだよ。ずっと好きだったんだ」
焦った僕から、言葉が勝手にこぼれた。
僕の目が泳ぐ。
――どうしよう。偽物の僕が応えてしまった。
罪悪感が胸を締め付け、息をするのも苦しい。
それでも、大和の輝く笑顔に、目をそらせなかった。
「まじで!? やった!」
大和の顔が星のように輝き、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
その温もりと、若葉のような香りが、胸を締め付ける。
「なあ、水瀬のこと、名前で呼んでもいいか?」
翼の名前で呼ばたら。
毎回、大和が好きなのは翼だって突きつけられる。
そんなの、耐えられそうにない。
だから、僕は慌てて首を横に振った。
「僕、自分の名前あんまり好きじゃないんだ。だからずっと名字で呼んでほしい」
大和は一瞬、目を丸くして、街灯の光に照らされた顔がわずかに曇った。
「そっか…」と呟き、髪に触れる癖が出る。
それでもすぐに笑顔に戻って、「水瀬がそう言うなら、俺、ちゃんと水瀬って呼ぶよ。約束な」と、軽く拳を差し出してきた。
その優しさが、嘘で塗り固めた僕の心を切り裂く。
それから、家まで送るって言う大和に、「大丈夫」って断って、駅で別れたんだ。
大和と別れて、ひとりアパートへの道を歩く。
月明かりが住宅街を静かに照らし、遠くの車のライトがちらちらと揺れる。
ポケットの中で、携帯を握りしめた。指先が冷たく、震えてる。
大和の柔らかい笑顔と、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた温もりが胸に残る。
でも、あの「好き」は翼に向けられたものだ。
罪悪感が、月光のように冷たく刺さる。
ハンバーガーショップで見たあの笑顔は、僕だけのものだったはずなのに。
バイトで「尊敬する」って言われたのも、僕だ。
なのに、大和が惹かれたと言っていた「初めての笑顔」、それだけは翼だった。
月を見上げると、ぼんやり光る輪郭が、まるで僕の嘘を映してるみたいだった。
冷たい光は、胸の奥で疼く棘を静かに照らし出していたんだ。
駅までの道は、遠くの車のライトや街のざわめきが静かに響き、いつもより長く感じる。
大和と僕の距離がいつもよりも近い気がして、胸の高鳴りが止まらない。
大和に、本当のことを伝えよう。
本屋で双子の兄の「翼」のふりをしてたけど、本当は同じゼミの「碧依」なんだって。
そう思うほど、僕は言葉が詰まる。
今日の大和はどこか上の空で、会話の合間に沈黙が流れる。
ところどころに立つ街灯が、ぼんやりオレンジの光を落としてる。
夏の終わりの暑さを拭うような、少し冷たい風が頬を撫で、僕の髪をふわっと揺らした。
いつもなら他愛もない話で笑い合うのに、静かな住宅街の雰囲気が、二人に緊張感をまとわせる。
その雰囲気に負け、僕は思わず、別の話を振っていた。
「今日はお客さん、多かったね。如月くん、夕方はいっぱいお客さんに話しかけられてたけど、大丈夫だった? その度に自分の仕事中断して、大変だったよね? そういうときは、他の社員さんに仕事振り分けてもらえないか店長にーー」
「店長」
大和が突然口を開き、立ち止まって、僕をじっと見つめた。
街灯の下、黒い瞳が揺れてる。
「水瀬はさ、やっぱり店長と付き合ってんの?」
「ち、違うよ! 僕、店長と付き合ってなんかいないよ!」
僕は慌てて否定した。
「じゃあ、なんで店長が水瀬の家に行くんだよ? それに、水瀬と店長、よく二人でコソコソ何か話してんだろ?」
「それは………店長は昔から知り合いなだけで……。ほんと、僕は付き合ってないよ」
「ーー本当に?」
大和は真偽を確かめるように、僕の顔を覗き込んできた。
「ほんとだよ。店長と付き合ってるのは、僕じゃない」
店長と付き合ってるのは、翼だ。
僕が翼のふりをしているなら、否定するのは危険だ。
でも今、本当のことを話すんだ。
「僕は翼じゃない。本当は碧依なんだ。騙しててごめんなさい。店長と付き合ってるのは、翼の方なんだ」って伝えるんだ。
口を開こうとした瞬間、大和が髪をかき上げ、表情がふっと緩んだ。
その表情は、翼に向けた弾ける笑顔でも、大学の僕に向けた伺うような笑顔でもなく、まるで夏の日差しのように温かく、心からの柔らかな輝きだった。
それに僕が見惚れてしまった、そのときだ。
「好きだ。
水瀬のこと、初めて会ったときからずっと気になってた」
大和は少し肩をすくめ、真剣な瞳で僕を見つめた。
心臓が一瞬止まり、鼓動が耳元でドクドクと鳴る。
「初めて…?」
「水瀬、初めて会ったときに笑いかけてくれたろ? あの笑顔がさ、なんか……特別だったんだ。俺、ずっと忘れられなかった。あの時から水瀬のこと好きだったんだ」
大和が惹かれたのは、僕じゃない。
だって、彼が初めて会った「水瀬」は、本物の翼だ。
大和のバイト初日、翼の眩しい笑顔が、大和の心を掴んだんだ。
「それなのに、二回目に会った時にはなんか目が合わなかったんだよな。表情も、最初より控えめで、話しかけてもそっけなかったしさ」
それは、僕が翼のふりをしてたから。
どんなに大和に近づこうとしても、僕の笑顔じゃ届かなかった。
「俺、嫌われてるのかなって思ったけど、せっかく同じ職場になれたからって、頑張って話しかけたんだ。そしたら、少しずつあの笑顔になって、俺、嬉しかった」
大和が喜んだのは、僕が翼に似てきたから。
でも、どんなに似せても、大和が見ているのは僕を素通りして本物の翼だったんだ。
「これからも水瀬の笑顔が見たいんだ。だから、俺と付き合ってくれる?」
大和の声がわずかに震え、両手をぎゅっと握りしめている。
いつも気さくに笑う彼が、不安を滲ませて僕を見ている。
頭が真っ白だ。
違うよ、大和。
君が愛してるのは、目の前の僕じゃない。
本物の「翼」なんだ。
伝えなきゃ。
僕は同じゼミの碧依なんだ。
なのに、喉が詰まって言葉が出ない。
街灯の光が、僕のスニーカーの先をぼんやり照らす。
すぐそばに大和の黒いスニーカー。つま先に小さな擦り傷がある。
なんでこんなとき、そんな細かいことまで目に入るんだろう。
「僕も、如月くんのことが好きだよ。ずっと好きだったんだ」
焦った僕から、言葉が勝手にこぼれた。
僕の目が泳ぐ。
――どうしよう。偽物の僕が応えてしまった。
罪悪感が胸を締め付け、息をするのも苦しい。
それでも、大和の輝く笑顔に、目をそらせなかった。
「まじで!? やった!」
大和の顔が星のように輝き、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
その温もりと、若葉のような香りが、胸を締め付ける。
「なあ、水瀬のこと、名前で呼んでもいいか?」
翼の名前で呼ばたら。
毎回、大和が好きなのは翼だって突きつけられる。
そんなの、耐えられそうにない。
だから、僕は慌てて首を横に振った。
「僕、自分の名前あんまり好きじゃないんだ。だからずっと名字で呼んでほしい」
大和は一瞬、目を丸くして、街灯の光に照らされた顔がわずかに曇った。
「そっか…」と呟き、髪に触れる癖が出る。
それでもすぐに笑顔に戻って、「水瀬がそう言うなら、俺、ちゃんと水瀬って呼ぶよ。約束な」と、軽く拳を差し出してきた。
その優しさが、嘘で塗り固めた僕の心を切り裂く。
それから、家まで送るって言う大和に、「大丈夫」って断って、駅で別れたんだ。
大和と別れて、ひとりアパートへの道を歩く。
月明かりが住宅街を静かに照らし、遠くの車のライトがちらちらと揺れる。
ポケットの中で、携帯を握りしめた。指先が冷たく、震えてる。
大和の柔らかい笑顔と、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた温もりが胸に残る。
でも、あの「好き」は翼に向けられたものだ。
罪悪感が、月光のように冷たく刺さる。
ハンバーガーショップで見たあの笑顔は、僕だけのものだったはずなのに。
バイトで「尊敬する」って言われたのも、僕だ。
なのに、大和が惹かれたと言っていた「初めての笑顔」、それだけは翼だった。
月を見上げると、ぼんやり光る輪郭が、まるで僕の嘘を映してるみたいだった。
冷たい光は、胸の奥で疼く棘を静かに照らし出していたんだ。
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