サムライ×ドール

多晴

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第一夜『星巡りの夜』

其之十六:再会

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「綺也さま、あれ……あれって天岐多様、なの…!?」
「…太一さまは、『あれ』に魅入られた。もはや言葉は届かぬ」

綺也さまの言葉の意味は分からない。分からない筈なのに、何故かぞわりと背中に冷気が走り全身が怖気立つ。
天岐多様らしきは、まだ体が動かしにくいのか重そうにずるずると足を引きずるようにして、ガントラックの荷台の上を進み始めた。腕がだらりと下がり、手にした刀の切っ先が床に擦れてガリガリと嫌な音を立てる。
その様子はやはり獣じみていて、あるいは映画やゲームで見たゾンビのようでもあり、あたしの知る天岐多様の面影は微塵もない。というか、もはや人とは思えなかった。
天岐多様は荷台の端まで移動すると、その体がぐらりと傾き、まるで人形のようにぼとりと地面へ落下した。

「あっ…」
「小紅殿」

この期に及んでつい駆け寄ってしまいそうになるあたしを、綺也さまが前に出て制止する。
あたしより少し高い綺也さまの背中越しに、天岐多様がもがくようにしながらゆっくりと起き上がるのが見えた。そして、その血走った両眼があたし達へ向けられる──と同時に、女剣士の凛とした声が飛んだ。

「二人とも、お下がりなさい!」

女剣士は天岐多様とあたし達との間に割って入ると、天岐多様の前に立ちはだかりスラリと刀を抜き中段に構えた。打刀ではなく太刀なのだろうそれは、刀身までもが白く長くしなやかに反っており、まるで夜空を駆ける流星を思わせる。

「…機巧警邏パトロイド隊は、一体何をしているのです。「お」の二番が出現してからずっと呼んでいるというのに」
「さぁねェ…助けが来ない以上は、僕らで何とかするしかないねェ~」

男銃士もまた左手をもう一丁の銃に掛けながら、女剣士とは逆に天岐多様から距離を取った。突如臨戦態勢に入った二人組を、あたしは綺也さまの後ろに隠れておろおろと見渡すだけだ。
天岐多様は立ち上がったものの、背中を丸めて脱力したようにゆらりと立っている。その目はさっきまでの爛々とした光が消えうせ、今はどろりと虚ろでどこを見ているかも分からない。獲物を向けられているのに、刀を構えるでもなく、その右腕はだらりと下がったままだ。
確かに様子はおかしいけれど、こんなヨロヨロ状態の天岐多様に皆一体何をしようとしているのだろう。

「…ねぇ、綺也さ…」

あたしが声を出した、その時だった。天岐多様が一瞬で女剣士の間合いに入ってきた。
いつ走り出したのかも分からない、とても人間とは思えない俊敏さで白刃が繰り出される。ガキィン!と打ち合う音が響き、女剣士が正面からその刃を受け止める。

激しい鍔迫り合いが始まると同時に、男銃士が左手で二丁目のリボルバーを抜き、素早く天岐多様に向けて連射した。威嚇射撃なのだろう、弾は全て天岐多様の足元をぐるりと取り囲むように着弾した。しかし、天岐多様は全く意に介す様子はない。
女剣士の左足に力が籠もり、じゃりっと音を立てる。どうやら打ち合った刃を一度押し込み、距離を取ろうとしているようだ。だが天岐多様はびくともせず、それどころか圧倒的な力と身長差で、逆に女剣士を刀ごと上から圧し掛かるように押し始めた。

「何と言う力…これが、『刀』の…!」

堪らず女剣士はバランスを崩し、のけ反るように後方へと数歩たたらを踏む。
そこから先は、一瞬だった。

二人の距離が少し離れたその隙に、天岐多様が女剣士の刀を素早く巻き上げた。天高く真上に跳ね上げられた白い刃はやがて最高点に達し、煌めく残像を残しながら落下してくる。天岐多様は体をくるりと回転させ刀を翻すと、その白い刀を今度は剣先で後方へと弾き飛ばした。
キィン…と高く澄んだ音が闇に響き、刀は白い柳葉やないばの鏃となって飛んでいく。その先には、銃を構えた男銃士の姿。刃先は見事その銃口を捉え、男銃士の手から銃を弾き飛ばした。

同時に、天岐多様は回転した勢いのままに、女剣士に強烈な回し蹴りを食らわせていた。刀を奪われがら空きになっていた胴にまともに蹴りを受け、女剣士はうめき声一つ上げることなくあたし達の真横をすっ飛んでいく。
すぐ後方でガシャン、と金属質の音が上がり、彼女が瓦礫の山に叩き付けられたことが分かった。

時間にして、数秒も経っていなかっただろう。天岐多様は先ほどまでの獣のような力押しから一転、一切の無駄のない動きで二人をいっぺんに封じて見せた。そして再び、あのゆらりとした不思議な姿勢に戻る。

「…お見事。戦い方が体に染みついておられる」

綺也さまが溜息を吐くように言葉を漏らす。悠長に賛辞を送っている場合ではない筈なのに、剣の事はド素人なあたしでも思わず目を奪われてしまう鮮やかさだった。

「…ドーピング状態とは言え、彗ちゃんが人間に力負けするなんてェ…」

終始へらりとした表情だった男銃士の顔に、初めて強張りが見えた。それでも、さっき綺也さまに一丁、そして今また天岐多様に二丁目の銃を手元から弾かれ獲物を失ってしまったにもかかわらず、彼に慌てた様子はない。
すると、後ろでガラリと瓦礫の崩れる音と共に、女剣士が起き上がった。

「…流石は天岐多様、現幕府随一の剛の者と音に聞こえしお方…」
「彗ちゃァん、大丈夫ゥ~?」
「ええ、この通り。…塗雲さん、どうやら手加減していてはこちらが壊されてしまいますね」

二人とも落ち着き払っていて、ケガをした様子はない。男銃士が足元に落ちていた白い太刀を女剣士へと放り渡しながら、綺也さまに振り向いた。

「…綺也っちィ、いいねェ?全力で仕留めるよォ」
「……………」

答えない綺也さまをどう判断したのか、男銃士はそれ以上構わずに、天岐多様に向けて何かを掴むようにスッと左腕を伸ばす。
そして次の瞬間、男銃士の前腕がガシャリと
同時に、腕の中から銃身がせり上がり、轟音と共に火を噴いた。腕の中にSMGサブマシンガンが仕込まれていたのだ。
天岐多様は素早く反応したが避けきれず、銃弾がその左腿を撃ち抜いた。途端に、ブシュウ、と噴水のように血が噴き出す。よろめいた隙を逃さず、女剣士が打ち込んでいく。しかし天岐多様は崩れることなく、その刃を刃で受け止めた。

すると、天岐多様の踏ん張った左足が不自然にボコォッと膨らんだ。腿の筋肉が盛り上がり、吹き出ていた血が見る間に止まっていく。
そして、女剣士との激しい打ち合いが始まった。とても足を撃たれたとは思えない身のこなしに、男銃士が銃撃で女剣士を援護しながら、呆れたように吐き捨てる。

「大腿動脈を撃ち抜いたのにィ…『あれ』って人間をここまでバグらせちゃのかねェ~…っ!」

「…小紅殿」

綺也さまのぼそりという呼びかけに、呆然と見守る事しかできないでいたあたしはハッと我に返った。

「…今のうちに、あのシェルターへ。声や音を立てぬように…」

その直後、女剣士がまたしても弾き飛ばされた。しかし今度はうまく着地し、ズザザ、と音を立てて踏みとどまると、すかさず体勢を立て直した。天岐多様が、それを追おうと刀を振りかざす。

「彗ちゃァんっ」
「…きゃあっ!?」

追撃させまいと、男銃士が腕のSMGから天岐多様の進行方向に向けて連射を繰り出す。放った銃弾の一発が焼けた木材を砕き、爆ぜた木片があたしのすぐ足元に突き刺さった。
堪え切れずに悲鳴を上げると、急に天岐多様の動きが止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。そして左足を引き摺るようにしてこちらへ近づいてくる。
虚ろだった両眼が、さっきのようにまた爛々と血走っている。そしてその視線は──あたしを捉えていた。

「ヒッ……」

思わず息を呑んで綺也さまの背中に隠れる。
そこであたしは、綺也さまの左手が脇差の柄を握っているのに気づいた。怖々見上げるも、綺也さまは真っ直ぐに天岐多様を見つめていてその表情はあたしには見えない。

「綺也、さま」

天岐多様が一歩一歩ゆっくりと、しかし真っ直ぐこちらへ向かってくる。
綺也さまは逆手で脇差を抜くと──天岐多様へその刃を向けた。

「…シェルターに入ったら中からロックしろ。夜明けまで、決して外へ出てはならぬ」
「…だ、ダメよ…綺也さま、ダメ…!」

綺也さまはドールなのに、ダメと言っても聞かないという事は分かっている。それでも制止せずにはいられなかった。

「綺也さま、あれは…天岐多様なんでしょう……!?」
「…承知している。小紅殿、行ってくれ」
「………!」

あたしには、どうすればいいのか分からなかった。
心は、綺也さま達を放っておけないとこの場に踏みとどまっている。
でも体の中では、一刻も早く『あれ』から逃げろと本能が大声で叫んでいる。

「走れ」

綺也さまの声に、突き動かされたのは本能の方。
あたしは地面を蹴った。



「…太一さま。綺也之介、ただいま戻りました」

体が跳ねる瞬間、綺也さまの呟きを背中で聞いた気がした。



「……お救いいたします、太一さま…」

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