聖なる森と月の乙女

小春日和

文字の大きさ
33 / 62
聖なる森と月の乙女

公爵令嬢と罪の露見①

しおりを挟む
頬を撫でる指が心地よくて、ねだるように指に頬を近づける。

クスクスと優しく笑う声に誘われて、ゆっくり目を開けると、私をいつもの温かい目で見下ろすアルフレッドがいた。

「どうして泣いているの?悲しい夢でも見たの?」

私の頬に残る涙を丁寧に拭いながら、アルフレッドが気遣わしげに問い掛ける。
夢から覚醒した頭は、思うように働いてくれない。
夢の名残か、無性に不安になってアルフレッドの温かい腕に抱き締められたかった私は、甘えるように抱きついた。

ーーーーー

「リリアンナ王女殿下。なぜ、あなたがここに呼ばれたか、心当たりはおありか?」

謁見室に響くアルフレッドの硬い声に、王女は首をかしげる。

「いいえ、全く。何の茶番かと些か不愉快ですわ。」

そう憮然と答える王女の後ろで、男爵令嬢がキラキラとした瞳でアルフレッドを見つめている。
その場違いな様子に苛立つ気持ちを、アルフレッドの隣で深呼吸して落ち着ける。
その2人とは対称的に、肉付きが大層立派な男爵は顔を青ざめさせ、額には脂汗を滲ませていた。
ゲイルは相変わらず黒いローブに全身を覆い、気配を消すように王女の後ろに控えている。
彼らの周りは、近衛騎士により包囲されており、下手に逃げ出すことはできない。

「では、男爵。此度の奇病の件、と言えば分かるだろうか?」

アルフレッドの問い掛けに、男爵は分かりやすく身を固くする。
この男爵、娘の男爵令嬢が秘薬を撒いただけで呼ばれているのではない。
王女を月の乙女として祭り上げ、貴族や商人から大金を巻き上げた第一人者であり、私を婚約者から引きずり下ろそうとする勢力の一人であった。

「わ、私は何も…。」
「知らぬ、と?」

男爵の言葉にアルフレッドが冷めた声で言葉を被せる。

「まぁ、貴殿が知らぬ存ぜぬと申しても、周りはそう思ってはいないらしくてな。
我が婚約者であるティアリーゼを辱しめる発言は、多くの者が聞いており、快く証言をしてくれたぞ。」

そして、と声を一段と低くして、アルフレッドが男爵を凄む。

「王女を私の月の乙女として讃え、かつ、王女の癒しとやらで巻き上げた金で貴殿の私腹を肥やしていたこともな。」
「そ、そんなことは…!」

みっともなく言い訳をしようとする男爵を、アルフレッドが手を上げて言葉を制する。

「もう帳簿も抑えてあり、証拠も証言もそろっている。貴殿の言い訳を聞く気はない。
しかし、1つ分からないことがあるんだ。
それに答えれば、少しは減刑を考えてやってもよい。」

青ざめた顔でアルフレッドの言葉を聞いていた男爵は、最後のアルフレッドの言葉にはっと顔を上げる。

「貴殿は王女が最初に癒しを授ける時点から金を巻き上げていた。何故、王女が奇病を癒せると知っていたのだ?」
「そ、それは、娘から言われたのです!これから奇妙な病が流行るが、王女殿下が救ってくださるから心配はいらないと。」
「ほう?では、貴殿の娘が此度の奇病を発生させたということはどうやら本当らしいな。」
「奇病を発生…?」

男爵は脂汗をかきながらも惚けるように首をかしげる。

「今回の奇病は、ある薬が原因であった。そして、その薬を町の井戸に投げ込んでいたのは、貴殿の家の従者であった。」

アルフレッドのその言葉と同時に、地下牢に繋がれていた従者が謁見室の中に連れて来られる。
まだ、罪から逃れられると思っていた男爵にとっては、今回の奇病に男爵家が絡んでいたという痛い証拠だ。

「っ!このような者、私は知りませんな。」

従者を見て鋭く息を飲んだ後、男爵はそう言って保身のために従者を切り捨てた。

「そんな!旦那様!」

従者が絶望の声を上げる。

「その者、何か言いたいことがあれば言うがいい。許可を与える。」

アルフレッドのその言葉に、男爵が慌てたように声を上げようとしたが、アルフレッドに睨まれ、男爵はそのまま項垂れた。

「私は、私はお嬢様の命で井戸にあれを投げ捨てていただけです!中身がそんな恐ろしい薬だなんて知らなかったんです!」

本当です、と必死の形相で従者が言い募る。
ちらりと男爵令嬢に目を向けると、相変わらずキラキラした目でアルフレッドを見ている。
正直、この時点でそんな態度を取ることができる男爵令嬢は相当気味が悪かった。

「では、男爵令嬢…」
「レベッカですわ、アルフレッド様!」

アルフレッドが声をかけた瞬間、許可なく発言し、尚且つアルフレッドの名を呼ぶ男爵令嬢に、謁見室の空気が凍りつく。
貴族令嬢としての嗜みのなさに言葉が出てこない。
まさか、これほどお花畑だったとは。
アルフレッドに対し、礼を失した男爵令嬢に対し、近衛殿騎士がチャリっと剣を鳴らす。

「殿下に対して不敬ですわ、レベッカ様。誰の許可を得て発言し、殿下の名を呼んでいますの?」

場を収めるためと、個人的な苛立ちも込めて不機嫌を隠さない声で男爵令嬢へ声を掛ける。
レベッカと私が名前を呼んだのは、アルフレッドに名前を呼んでほしかった男爵令嬢へのちょっとした嫌がらせだ。

「そ、そんな。私がティアリーゼ様より身分が劣るからって、そんな言い方はあんまりです。」

まるで、私が身分を傘に着て男爵令嬢をいじめているかのような言い回しに呆れて言葉が出ない。
アルフレッドは頭が痛むのか、長い指でこめかみを揉んでいる。

「ご令嬢、その薬はどこから手に入れたのだ。」
「殿下にならレベッカと呼んでいただいていいのに。…照れ屋なんですね!」

うふふ、と笑う男爵令嬢に苛立ちを増す私の心情を知ってか知らずか、男爵令嬢がアルフレッド様、私、と言葉を続ける。
何故か瞳を潤ませて。

「私、リリアンナ様から脅されているんです。それで、仕方なくあんなことを…。その後、町の人が次々に倒れていってとても怖かった…!アルフレッド様、私を助けてください!」

そう言って、アルフレッドに駆け寄ってこようとする男爵令嬢のまさかの行動に、近衛騎士が槍と剣で遮り、男爵令嬢を拘束する。

「ちょっと!何するのよ!私はこれからアルフレッド様から寵愛を得るのよ!離しなさい!邪魔よ!!!」

髪を振り乱して、鬼のような形相で叫ぶ男爵令嬢。
そんな娘を前にして、もう逃げられないと観念したのか、男爵が肩を落として項垂れている。

「私が貴様に寵を与えるだと?笑えない戯れ言だな。」

連れていけ、とアルフレッドが近衛騎士に命令する。

「そんな!アルフレッド様!アルフレッド様は私を愛してるのよ!まだ気づいてないだけなんだわ!」

騎士に引っ立てられながらもなお、言い募る男爵令嬢にアルフレッドは冷ややかな視線を投げる。

「私が愛するのはティアだけだ。」

アルフレッドが男爵令嬢に向けてはっきりと口にした。
それを聞いた男爵令嬢が何事か喚きながら、男爵と一緒に騎士によって連行されて行く。

「女って本当怖えぇ…」

お兄様が怯えるように呟く声に、あれと一緒にしないでほしいと私は心の中で文句をつけた。

そんな中、王女が持っている扇をぎりっと握り締め、憎々しげに私を睨み付けていた。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

皇后陛下の御心のままに

アマイ
恋愛
皇后の侍女を勤める貧乏公爵令嬢のエレインは、ある日皇后より密命を受けた。 アルセン・アンドレ公爵を籠絡せよ――と。 幼い頃アルセンの心無い言葉で傷つけられたエレインは、この機会に過去の溜飲を下げられるのではと奮起し彼に近づいたのだが――

マジメにやってよ!王子様

猫枕
恋愛
伯爵令嬢ローズ・ターナー(12)はエリック第一王子(12)主宰のお茶会に参加する。 エリックのイタズラで危うく命を落としそうになったローズ。 生死をさまよったローズが意識を取り戻すと、エリックが責任を取る形で両家の間に婚約が成立していた。 その後のエリックとの日々は馬鹿らしくも楽しい毎日ではあったが、お年頃になったローズは周りのご令嬢達のようにステキな恋がしたい。 ふざけてばかりのエリックに不満をもつローズだったが。 「私は王子のサンドバッグ」 のエリックとローズの別世界バージョン。 登場人物の立ち位置は少しずつ違っています。

嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい
恋愛
 イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。  成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。  だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。  そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。   ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――

竜王の花嫁

桜月雪兎
恋愛
伯爵家の訳あり令嬢であるアリシア。 百年大戦終結時の盟約によりアリシアは隣国に嫁ぐことになった。 そこは竜王が治めると云う半獣人・亜人の住むドラグーン大国。 相手はその竜王であるルドワード。 二人の行く末は? ドタバタ結婚騒動物語。

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

処理中です...