聖なる森と月の乙女

小春日和

文字の大きさ
36 / 62
聖なる森と月の乙女

公爵令嬢と魂の叫び②

しおりを挟む
「ビアンカ…、本当に?」

アビゲイルが信じられないというように目を見開いて、ビアンカを見つめる。
そんな二人の様子を、私はビアンカの目を通して見ることができた。

「アビゲイル、独りにしてごめんね。」

ビアンカは涙を溢しながら、アビゲイルの頬を両手で包み込む。

「これまで、ずっと一緒にいたの。これからも、ずっと一緒にいたかった。
だけど、もう時間がないから…。ティアリーゼに協力してもらうしかなかった。」
「…い、やだ。嫌だ、ビアンカ!また俺を置いて逝くのか?」

アビゲイルが声を震わせてビアンカにすがり付く。
その様子が、二人がビアンカの死で別たれた時のことと重なって、胸が締め付けられる。

「アビゲイル、もう昔に囚われては駄目。
もう、復讐なんて考えないで。」
「…嫌だ。ビアンカのいない世界なんて、帝国もろとも滅びればいいんだ…。」

どろりとしたほの暗い瞳の中に狂気を滲ませて、アビゲイルが言う。
ビアンカはその瞳を見つめて、くしゃりと顔を歪めた。

「傲慢だと思うかもしれないけど、私は、あなたに生きてほしい。
暗闇ではなく、光の中で…。
私の分まで生きて、幸せになってもらいたい。」

お願いよ、と泣きながらビアンカは自分の額とアビゲイルの額を合わせる。
ビアンカのその様に、アビゲイルはハッとしたように目を見開くと、何かを堪えるように眉間に皺を寄せ、ぐっと唇を引き結んだ。

「ティアリーゼが、そう・・なんだな。」

アビゲイルの言葉にビアンカが頷く。
そうか、と一言呟くと、アビゲイルはビアンカを力強く抱き締めた。

「今まで一緒に居てくれてありがとう。それから、心配掛けてごめん。」

ビアンカの目から新しく涙が溢れる。

「ーーー…もう、俺は大丈夫だ。安心して逝け。」
「約束よ、幸せになってね。」

お兄様、と恥ずかしそうにビアンカが呟くと同時に、淡い金色の光がビアンカの周りを照らし出す。
徐々に強くなる光の中で、私の意識が引っ張られていく。

『ありがとう、ティアリーゼ。
また、いつかーーー…』

ビアンカの声が遠くなる。
ふと目を開けて、天上を見上げる。
ビアンカの無垢な笑顔が浮かんで消えた。
すっかり元に戻った髪色が、目に入る。恐らく瞳の色も戻っているに違いない。
そのことが、ビアンカがもう天上に渡ってしまったことを証明するようで、ホッとしつつも、どこか寂しい。

「また、いつか…。」

ビアンカが最後に呟いた言葉を、私も繰り返す。

「あいつのあの笑顔、今まで忘れてた。
バカだな俺、あいつがこんなこと望まないなんて、分かってたはずなのに。
あいつを言い訳に、ただ逃げてただけなんだ。悲しみから、責務から…、そして、生きることからも。」

隣で、アビゲイルが天上を見上げたまま泣き笑いのように呟く。

「これからやり直せばいいのよ。そのために、ビアンカは頑張ったんだから。」
「…そうだな。」

私の言葉に、アビゲイルが吹っ切れたように笑って頷く。

それを眩しく見つめながら、周りの光が落ち着き始め、徐々に周囲の人々の姿が見え始めたのを確認すると、私はアルフレッドの姿を探す。

強ばった表情のアルフレッドが、お兄様と黒髪で琥珀色の瞳が印象的な使者団の1人と揉み合っていた。
きっと、異常事態を感じて私の元へ駆け寄ろうとしてくれたところを、危険だからと二人に止められていたのだろうと察しがつく。
私の姿が見えた途端、押さえつける二人を強引に引き剥がしたアルフレッドは、私の元へ素早く駆け寄ると、私をアビゲイルの近くから引き剥がし、力強く抱き締めた。

「っゲイル!!!」

甲高い悲鳴のような声で王女がアビゲイルを呼ぶ。
ーーーー忘れてた…。

ビアンカを天上に送り出せた達成感で、すっかり王女の存在を意識の外に追い出してしまっていたことを思い出す。

アルフレッドの腕からやっとのことで脱出して、王女に向き合う。

名前を呼ばれたアビゲイルは、何の感情も籠らない表情で王女を見ていた。
そんな様子に少しも怖気づくことなく、高慢な態度でアビゲイルへ命令する。

「何をしているのです、ゲイル!早くあの娘を始末なさい!」
「…。」
「…そう、私の命令に背くのね。お前が動かないなら、我が国の騎士に命令するしかないわね。」

王女は、武装している帝国の騎士を、どうやら自分の味方と認識したようだった。

「さぁ、アスタリーベ帝国の誇り高き騎士たちよ!あの得たいの知れない術を使う邪悪な者を始末し、アルフレッド様をお救いするのです!」

帝国の騎士も、ましてや我が国の騎士も誰1人として王女の命に従う者はいない。
何も反応を示さない周囲に、王女は忌々しげに顔を歪める。

「いい加減、お気付きになられませんか。」

先程アルフレッドをお兄様と一緒に押さえていた男性が私たちに近付く。

王族のような気品漂う姿に、中性的な美しい顔、黒髪に琥珀色の瞳。全てどこかで見たことがあるような…ーーー。

考え込む私の鼻腔に、仄かな香りが漂って来る。
それは、私があの方に差し上げたポプリの香りだった。

「ルナマリア様…?」

辿り着いた答えに、唖然としてその人の名を呼んだ。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

皇后陛下の御心のままに

アマイ
恋愛
皇后の侍女を勤める貧乏公爵令嬢のエレインは、ある日皇后より密命を受けた。 アルセン・アンドレ公爵を籠絡せよ――と。 幼い頃アルセンの心無い言葉で傷つけられたエレインは、この機会に過去の溜飲を下げられるのではと奮起し彼に近づいたのだが――

マジメにやってよ!王子様

猫枕
恋愛
伯爵令嬢ローズ・ターナー(12)はエリック第一王子(12)主宰のお茶会に参加する。 エリックのイタズラで危うく命を落としそうになったローズ。 生死をさまよったローズが意識を取り戻すと、エリックが責任を取る形で両家の間に婚約が成立していた。 その後のエリックとの日々は馬鹿らしくも楽しい毎日ではあったが、お年頃になったローズは周りのご令嬢達のようにステキな恋がしたい。 ふざけてばかりのエリックに不満をもつローズだったが。 「私は王子のサンドバッグ」 のエリックとローズの別世界バージョン。 登場人物の立ち位置は少しずつ違っています。

嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい
恋愛
 イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。  成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。  だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。  そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。   ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――

竜王の花嫁

桜月雪兎
恋愛
伯爵家の訳あり令嬢であるアリシア。 百年大戦終結時の盟約によりアリシアは隣国に嫁ぐことになった。 そこは竜王が治めると云う半獣人・亜人の住むドラグーン大国。 相手はその竜王であるルドワード。 二人の行く末は? ドタバタ結婚騒動物語。

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

処理中です...