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聖なる森と月の乙女
公爵令嬢と月の乙女
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心地よいまどろみの中、温もりを求めて隣の温かいものにしがみつくと、思ったよりも硬質なそれに、顔をしかめる。
私としては、もう少し柔らかい方が好みだ。
こう、ぎゅっと抱き締めたときにふわんと押し返してくる感じだったら、尚いい。
でもいい香りがするから、それはそれでいいんだけれど、やはり硬い。
「こら、ティア。そのくらいにしておかないと、襲うぞ。」
「!」
不穏な言葉に驚いて、一気にまどろみから覚醒して上げた顔の先には、アルフレッドが意地悪そうな笑みを浮かべて私を見つめていた。
「な、なななななんでっ」
慌てて離れようとするが、背中と腰をしっかりホールドされて微塵も動けない。
「ア、アル!離して!」
「どうして?私はこのままティアを眺めていたいんけど?」
「~~~っ!」
アルフレッドが色気駄々漏れな笑顔で見つめてくるのが恥ずかしすぎて、私はアルフレッドの胸元に顔を埋める。
クスクスと笑うアルフレッドの笑い声が、振動とともに直接私に響いてくる。
恥ずかしいのに安心する、ちぐはぐな思いをもて余しつつ、先程見た不思議な夢を思い出す。
「ねぇ、アル。
私、月の乙女に会ったわ。」
「月の乙女…?」
「そう。太陽神の月の乙女。」
唐突に夢物語を話し出す私に、アルフレッドは若干困惑したようだったが、静かに聞いてくれるつもりのようだ。
「私ね、波長が似ているんですって。
これから、もっと力が強くなるって言われたわ。」
「だからね、私にもアルが背負ってるもの、ちゃんと分けてね。
今度除け者にしたら、私のこといらないんだと思って出て行っちゃうから。」
そう、私は怒っているのだ。
町で奇病が発生したことや王女が絡んでいることを黙っていたことに。
アルフレッドは、私の言葉にはっと息を飲んだあと、苦笑を滲ませながら頷いた。
「すまなかった。
次からはちゃんとティアにも相談する。」
「えぇ、是非そうしてちょうだい。」
高飛車な返しをする私に、アルフレッドは今度こそ大きく笑い声を上げると、敵わないな、と呟く。
「本当、ティアには敵わないよ。」
アルフレッドのその声に導かれるようにして胸元から顔を上げた私に、アルフレッドはそっと優しいキスをした。
ーーーーーー
「男爵家は国に対する謀反を企てたとして、身分剥奪、領地没収。
主犯だった男爵と男爵令嬢は極刑に処する。
その他の血縁の者は、身分剥奪、領地没収後、平民とすることとした。」
「王女に関しては、留学から帰国してすぐ急な病で亡くなったと公表する予定です。
こちらで何かあったと思われては、周りが面倒ですから。
私としては、余計な穀潰しが減ってありがたいほどですが。」
お兄様から男爵家のことが、ルナベルト様から魔の闇に呑まれた王女の取り扱いが聞かされる。
確かに、この国で王女が消息不明になったとすれば、野心家の帝国貴族に漬け込まれる格好の餌になってしまうだろう。
それにアスタリーベ帝国国内も無理に統合を進めてきたことの軋轢が出ている様子。その中で新たな混乱を招く事態は、帝国側としても避けたいに違いない。
ということを考えると、この決定は我が国への贖罪というよりは、持ちつ持たれつの結果といえるか。
「アビゲイルは?」
私の問いかけに、3人とも困ったような表情になる。
まさか処罰されたのかと不安に顔を曇らせていく私に、ルナベルト様が慌ててそれを否定する。
「アビゲイル殿は今はまだ、王宮の客間に監視させています。
彼に監視はほぼ無意味だと思いますが、何か思うところがあるようで、部屋の那珂で大人しくしてくださっていますが。」
まだどんな処遇にするか決めかねているのです、とルナベルト様が困惑げに呟いた。
「我が国の反乱分子は、これまで無理矢理統合した国の民ですが、その筆頭と言えるのがウィシュラルトの民なのです。
どうやら、帝国に復讐するためにアビゲイル殿が裏で先導していたようで…。
動きやすいようにと王女の側仕えとなったそうです。」
「王女が一番利用しやすかったんだろうなあ。」
自分至高主義だからノセるの楽そう、とお兄様がポツリと呟くと、ルナベルト様もそれに頷く。
「まぁそんなわけで、ここで下手にアビゲイル殿に罪を着せると、我が国は反乱分子によって転覆しかねない事態なのです。」
「つまり、処遇をどうするか決めあぐねている、と?」
「そうですね。後日、あちらの希望を聞く予定ですが、何分第一継承者という身分では、そこまで決める権限はないので、一度は国に帰る予定ですが。」
国に帰ったら、あのくそ親父が泣いても喚いてもとさっさと代替りする予定ですが、と言外に皇帝を引き摺り下ろす発言に顔が引きつる。
「ところで、ルナベルト殿下。」
「何でしょう?」
お兄様に名を呼ばれ、ルナベルト様が首を傾げる。
「アルフレッドのあのルナマリア嬢への威嚇の仕方、おかしいとは思ってはいたんです。
実は男だったと分かって納得しましたが。
なぜルナベルト殿下はわざわざ、その…女装してまで我が国へ入国なさったのですか?」
お兄様、躊躇った割にストレートに言ったわね。
でも、確かにそこ大分気になる。
私がルナベルト様をじっと見つめると、アルフレッドの私を抱き締める力が強くなる。
見上げると、アルフレッドが不機嫌を隠そうともしない表情でルナベルト様を忌々しそうに見つめていた。
そんなアルフレッドの表情に苦笑で返しながらも、ルナベルト様はひたと私を見据えて、穏やかな口調で言った。
「一番の目的は、王女の標的になるアルフレッド殿の婚約者を守りやすくするため、ですね。
まんまと婚約者が王女に害されて、二国間の関係を悪化させることがないように、一人で乗り込もうとしていた王女の先手を打って、ルナマリアに扮した私が留学する話を出したのです。
ルナマリアは病弱でほとんど屋敷から出たことがありませんでしたから、王女に顔を知られていませんでしたしね。
女性の同士の方が違和感なく側に寄れて、いざという時守りやすいと思ったのです。
二番目の目的は、個人的にこの国の月の乙女に興味があったからですよ。
これもまた、女性に近づくには女性の方が警戒されないでしょう?」
つまり、女装の方が何かと都合が良かったと、飄々と話すルナベルト様は、とても艶やかに微笑んだ。
私としては、もう少し柔らかい方が好みだ。
こう、ぎゅっと抱き締めたときにふわんと押し返してくる感じだったら、尚いい。
でもいい香りがするから、それはそれでいいんだけれど、やはり硬い。
「こら、ティア。そのくらいにしておかないと、襲うぞ。」
「!」
不穏な言葉に驚いて、一気にまどろみから覚醒して上げた顔の先には、アルフレッドが意地悪そうな笑みを浮かべて私を見つめていた。
「な、なななななんでっ」
慌てて離れようとするが、背中と腰をしっかりホールドされて微塵も動けない。
「ア、アル!離して!」
「どうして?私はこのままティアを眺めていたいんけど?」
「~~~っ!」
アルフレッドが色気駄々漏れな笑顔で見つめてくるのが恥ずかしすぎて、私はアルフレッドの胸元に顔を埋める。
クスクスと笑うアルフレッドの笑い声が、振動とともに直接私に響いてくる。
恥ずかしいのに安心する、ちぐはぐな思いをもて余しつつ、先程見た不思議な夢を思い出す。
「ねぇ、アル。
私、月の乙女に会ったわ。」
「月の乙女…?」
「そう。太陽神の月の乙女。」
唐突に夢物語を話し出す私に、アルフレッドは若干困惑したようだったが、静かに聞いてくれるつもりのようだ。
「私ね、波長が似ているんですって。
これから、もっと力が強くなるって言われたわ。」
「だからね、私にもアルが背負ってるもの、ちゃんと分けてね。
今度除け者にしたら、私のこといらないんだと思って出て行っちゃうから。」
そう、私は怒っているのだ。
町で奇病が発生したことや王女が絡んでいることを黙っていたことに。
アルフレッドは、私の言葉にはっと息を飲んだあと、苦笑を滲ませながら頷いた。
「すまなかった。
次からはちゃんとティアにも相談する。」
「えぇ、是非そうしてちょうだい。」
高飛車な返しをする私に、アルフレッドは今度こそ大きく笑い声を上げると、敵わないな、と呟く。
「本当、ティアには敵わないよ。」
アルフレッドのその声に導かれるようにして胸元から顔を上げた私に、アルフレッドはそっと優しいキスをした。
ーーーーーー
「男爵家は国に対する謀反を企てたとして、身分剥奪、領地没収。
主犯だった男爵と男爵令嬢は極刑に処する。
その他の血縁の者は、身分剥奪、領地没収後、平民とすることとした。」
「王女に関しては、留学から帰国してすぐ急な病で亡くなったと公表する予定です。
こちらで何かあったと思われては、周りが面倒ですから。
私としては、余計な穀潰しが減ってありがたいほどですが。」
お兄様から男爵家のことが、ルナベルト様から魔の闇に呑まれた王女の取り扱いが聞かされる。
確かに、この国で王女が消息不明になったとすれば、野心家の帝国貴族に漬け込まれる格好の餌になってしまうだろう。
それにアスタリーベ帝国国内も無理に統合を進めてきたことの軋轢が出ている様子。その中で新たな混乱を招く事態は、帝国側としても避けたいに違いない。
ということを考えると、この決定は我が国への贖罪というよりは、持ちつ持たれつの結果といえるか。
「アビゲイルは?」
私の問いかけに、3人とも困ったような表情になる。
まさか処罰されたのかと不安に顔を曇らせていく私に、ルナベルト様が慌ててそれを否定する。
「アビゲイル殿は今はまだ、王宮の客間に監視させています。
彼に監視はほぼ無意味だと思いますが、何か思うところがあるようで、部屋の那珂で大人しくしてくださっていますが。」
まだどんな処遇にするか決めかねているのです、とルナベルト様が困惑げに呟いた。
「我が国の反乱分子は、これまで無理矢理統合した国の民ですが、その筆頭と言えるのがウィシュラルトの民なのです。
どうやら、帝国に復讐するためにアビゲイル殿が裏で先導していたようで…。
動きやすいようにと王女の側仕えとなったそうです。」
「王女が一番利用しやすかったんだろうなあ。」
自分至高主義だからノセるの楽そう、とお兄様がポツリと呟くと、ルナベルト様もそれに頷く。
「まぁそんなわけで、ここで下手にアビゲイル殿に罪を着せると、我が国は反乱分子によって転覆しかねない事態なのです。」
「つまり、処遇をどうするか決めあぐねている、と?」
「そうですね。後日、あちらの希望を聞く予定ですが、何分第一継承者という身分では、そこまで決める権限はないので、一度は国に帰る予定ですが。」
国に帰ったら、あのくそ親父が泣いても喚いてもとさっさと代替りする予定ですが、と言外に皇帝を引き摺り下ろす発言に顔が引きつる。
「ところで、ルナベルト殿下。」
「何でしょう?」
お兄様に名を呼ばれ、ルナベルト様が首を傾げる。
「アルフレッドのあのルナマリア嬢への威嚇の仕方、おかしいとは思ってはいたんです。
実は男だったと分かって納得しましたが。
なぜルナベルト殿下はわざわざ、その…女装してまで我が国へ入国なさったのですか?」
お兄様、躊躇った割にストレートに言ったわね。
でも、確かにそこ大分気になる。
私がルナベルト様をじっと見つめると、アルフレッドの私を抱き締める力が強くなる。
見上げると、アルフレッドが不機嫌を隠そうともしない表情でルナベルト様を忌々しそうに見つめていた。
そんなアルフレッドの表情に苦笑で返しながらも、ルナベルト様はひたと私を見据えて、穏やかな口調で言った。
「一番の目的は、王女の標的になるアルフレッド殿の婚約者を守りやすくするため、ですね。
まんまと婚約者が王女に害されて、二国間の関係を悪化させることがないように、一人で乗り込もうとしていた王女の先手を打って、ルナマリアに扮した私が留学する話を出したのです。
ルナマリアは病弱でほとんど屋敷から出たことがありませんでしたから、王女に顔を知られていませんでしたしね。
女性の同士の方が違和感なく側に寄れて、いざという時守りやすいと思ったのです。
二番目の目的は、個人的にこの国の月の乙女に興味があったからですよ。
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