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忘却の空と追憶の月
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自分達が乗る馬車の横を進む馬上のティアリーゼと護衛の騎士の姿に、沸き上がる苛立ちを抑えきれず、舌打ちをする。
それに、目の前に座るスカイレットが驚いたように瞑目するのが視界の隅に写ったが、知ったことではない。
そもそも、私は女が嫌いだ。
私の姿を見れば我先にと群がり、これでもかと撒かれた香水の匂いに吐き気がするのはいつものこと。
あの森の中に一人でこれまで過ごしてきたというわりには要領が悪く、女の武器というものを熟知しているようなスカイレットの様子に沸き上がる苛立ちと嫌悪感で、皇太子として振る舞うことに限界を迎えようとしていた頃、ようやく迎えが来た。
が、森を抜けた瞬間こちらに駆け寄ってくるティアリーゼの姿に、また女か、と苛立ちを感じたのもしょうがないことだった。
思わず、皇太子らしからぬ、そのままの苛立ちを含んだ視線をティアリーゼにぶつけた。
普通の女ならば、それに気づかずそのまま己の都合や欲望だけを押し付けて突進してくるのにもかかわらず、ティアリーゼは息を呑んで立ちすくんだ。
そして、その顔に浮かんだのは絶望の色。
それは後ろに付き従うスカイレットを見た瞬間、諦めの色も加わった。
その表情に、ティアリーゼの側に駆け寄り、自身に引き寄せ抱き締めたい衝動が身体中に沸き起こる。
この胸を震わせるほどの庇護欲と愛しさは何なのか。
自分の知らぬ感覚に戸惑う気持ちを全身全霊で押さえつけた私は、やっとの思いで馬車に乗ったのだった。
そして、こちらの意を汲んで近づこうとはしてこないティアリーゼとは対称的に、許可してもいないのに当たり前のように同乗してくるスカイレットの図太さには、憤りを通り越して呆れを感じた。
女など同じ馬車に乗るのも反吐が出そうだが、スカイレットは命の恩人。
恩人に対し、礼儀を失するなどもっての他である。
そのことで、これまで多くの努力を積み重ねて確立してきた皇太子としての私の評判が地に落ちることにも繋がりかねない。
そうなれば、今後の執政にも影響が出る。
それは何としても避けなければいけない事態であった。
そのため、目の前に座る不快な存在に感じる不愉快さをぐっと堪えて、私は被りなれた皇太子としての仮面を張り付け、微笑みを浮かべた。
王宮でもてなし、謝礼金をいくらか渡せば体面も保てるだろう。
早く厄介払いをしたいと思いながら、何気なく向けた視線の先にあったのがティアリーゼと護衛騎士の姿である。
ティアリーゼが護衛騎士に何かを伝えようと振り返り、護衛騎士もそれを聞き取ろうと顔を近づける。
ーーー近い。
近過ぎる。
離れろ。
おい、貴様!デレデレするな!
ーーーそれは、私のだ…!!
これまでの自分には考えられないほどの執着にも似た嫉妬の気持ちに、呆然とする。
なんだ、これは。
なんだ、この気持ちは。
こんな女知らないはずなのに。
そもそも女などこの目に入れるのさえ厭わしいはずなのに。
戸惑いの渦中にいる私の胸の内など知らないティアリーゼが、申し訳なさそうな表情をしながら話し掛けてくる。
「女二人、殿下の騎士の手を煩わせてしまい申し訳ありません。何か不足の事態がありましたら、私のことは捨て置いてもらい、殿下の護衛には差し支えないようにいたしますので、ご容赦願います」
そんなことは気にしていない。
むしろ何故馬車に同乗しているのがお前ではないのだ。
不足の事態などあろうものなら、絶対にお前に傷ひとつ付けさせはしない。
ーーーなどと、この口から飛び出しそうになるものだから、私は黙り込むしかなかった。
そんな私の様子に、悲しげに俯くティアリーゼの姿に、今すぐ馬車を飛び降りて、慰めたくなる衝動を抑えるのにこれほど苦労するとは。
私の身に一体何が起きている…。
エマ、あいつに聞けば何か分かるだろうか。
此度の事故で重傷を負ったと聞いてはいるが、回復を待って話を聞きにいくには時が経ちすぎる。
エマには申し訳ないが、一先ず話を聞きに行くことにするか。
こんな激しい感情を押さえ付けるのに、かなりの体力と精神力を消耗される。
この理解不能な状況と心境に息をつくしか、今の私にはできなかった。
それに、目の前に座るスカイレットが驚いたように瞑目するのが視界の隅に写ったが、知ったことではない。
そもそも、私は女が嫌いだ。
私の姿を見れば我先にと群がり、これでもかと撒かれた香水の匂いに吐き気がするのはいつものこと。
あの森の中に一人でこれまで過ごしてきたというわりには要領が悪く、女の武器というものを熟知しているようなスカイレットの様子に沸き上がる苛立ちと嫌悪感で、皇太子として振る舞うことに限界を迎えようとしていた頃、ようやく迎えが来た。
が、森を抜けた瞬間こちらに駆け寄ってくるティアリーゼの姿に、また女か、と苛立ちを感じたのもしょうがないことだった。
思わず、皇太子らしからぬ、そのままの苛立ちを含んだ視線をティアリーゼにぶつけた。
普通の女ならば、それに気づかずそのまま己の都合や欲望だけを押し付けて突進してくるのにもかかわらず、ティアリーゼは息を呑んで立ちすくんだ。
そして、その顔に浮かんだのは絶望の色。
それは後ろに付き従うスカイレットを見た瞬間、諦めの色も加わった。
その表情に、ティアリーゼの側に駆け寄り、自身に引き寄せ抱き締めたい衝動が身体中に沸き起こる。
この胸を震わせるほどの庇護欲と愛しさは何なのか。
自分の知らぬ感覚に戸惑う気持ちを全身全霊で押さえつけた私は、やっとの思いで馬車に乗ったのだった。
そして、こちらの意を汲んで近づこうとはしてこないティアリーゼとは対称的に、許可してもいないのに当たり前のように同乗してくるスカイレットの図太さには、憤りを通り越して呆れを感じた。
女など同じ馬車に乗るのも反吐が出そうだが、スカイレットは命の恩人。
恩人に対し、礼儀を失するなどもっての他である。
そのことで、これまで多くの努力を積み重ねて確立してきた皇太子としての私の評判が地に落ちることにも繋がりかねない。
そうなれば、今後の執政にも影響が出る。
それは何としても避けなければいけない事態であった。
そのため、目の前に座る不快な存在に感じる不愉快さをぐっと堪えて、私は被りなれた皇太子としての仮面を張り付け、微笑みを浮かべた。
王宮でもてなし、謝礼金をいくらか渡せば体面も保てるだろう。
早く厄介払いをしたいと思いながら、何気なく向けた視線の先にあったのがティアリーゼと護衛騎士の姿である。
ティアリーゼが護衛騎士に何かを伝えようと振り返り、護衛騎士もそれを聞き取ろうと顔を近づける。
ーーー近い。
近過ぎる。
離れろ。
おい、貴様!デレデレするな!
ーーーそれは、私のだ…!!
これまでの自分には考えられないほどの執着にも似た嫉妬の気持ちに、呆然とする。
なんだ、これは。
なんだ、この気持ちは。
こんな女知らないはずなのに。
そもそも女などこの目に入れるのさえ厭わしいはずなのに。
戸惑いの渦中にいる私の胸の内など知らないティアリーゼが、申し訳なさそうな表情をしながら話し掛けてくる。
「女二人、殿下の騎士の手を煩わせてしまい申し訳ありません。何か不足の事態がありましたら、私のことは捨て置いてもらい、殿下の護衛には差し支えないようにいたしますので、ご容赦願います」
そんなことは気にしていない。
むしろ何故馬車に同乗しているのがお前ではないのだ。
不足の事態などあろうものなら、絶対にお前に傷ひとつ付けさせはしない。
ーーーなどと、この口から飛び出しそうになるものだから、私は黙り込むしかなかった。
そんな私の様子に、悲しげに俯くティアリーゼの姿に、今すぐ馬車を飛び降りて、慰めたくなる衝動を抑えるのにこれほど苦労するとは。
私の身に一体何が起きている…。
エマ、あいつに聞けば何か分かるだろうか。
此度の事故で重傷を負ったと聞いてはいるが、回復を待って話を聞きにいくには時が経ちすぎる。
エマには申し訳ないが、一先ず話を聞きに行くことにするか。
こんな激しい感情を押さえ付けるのに、かなりの体力と精神力を消耗される。
この理解不能な状況と心境に息をつくしか、今の私にはできなかった。
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