聖なる森と月の乙女

小春日和

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忘却の空と追憶の月

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意識がふわっと上昇する。
目の前には白いシャツが苦しいくらいに押し付けられて、背中には逞しい腕が回されているのを感じる。
そんな状況だから、身動き一つできないわけだけど、少しの身動ぎを察知してくれたらしい腕の持ち主が、ガバリとすごい勢いで私の顔を覗きこんできた。

「ティアっ!!!」

眼前には少し、いやかなりやつれて疲労の色の濃いアルフレッドの顔。

「ア、ル…?」

その名を呼ぼうと声を出すも、驚くほどに掠れて嗄れ、思わずむせこむ。

アルの様子にも自分の声にも驚き、動揺している私をよそに、アルフレッドが感極まったように痛いくらいの力で私を抱き締めてきた。
ちょうどそこにノックがされ、難しい顔をしたお兄様が頭をかきながら入ってくる。

「アルフレッド、日食が続きすぎていい加減作物に影響が出てきた。離れがたいのは分かるが、そろそろ議会に出て…」

顔を上げたお兄様と目が合う。

「リーゼ!意識が戻ったのか!!」

ものすごい勢いでお兄様がベッドに近づいてきた。
あれ、何でお兄様そんなに動けるの?
重症じゃなかった?
そう聞きたいのに、口からこぼれるのは掠れた空気音だけ。
そんな私を憐れみの表情で見たあと、お兄様が信じられない言葉を口にした。

「そうだよな、1ヶ月も寝てたら声も出せないよな…」

1ヶ月!?
飲まず食わずでよく私生きてたわね…
あ、これもアルフレッドの生命を育む力で?
………すごすぎでしょ。

「いやぁ、リーゼが目覚めたんだ。そろそろ日食も終わってくんないかなぁ…」

日食?
続いてたの?
今まで?
まさか、私が寝てる間ずっと、なんてことないわよね?

「…」

人知を越える出来事に、恐ろしすぎて考えるのを放棄した私は悪くないと思う。

「アル…?」

ずっと私を抱き締めたまま身動きをしないアルフレッドがいよいよ心配になり、名前を呼ぶとピクリと肩が上下する。
その、何か怯えるような様子に首を傾げる。

「アル?どこか体調が悪いの?侍医を呼んでもらう?」

「…嫌だ、どこにも行かないで。私を置いてどこへも…!」

抱き締める腕に更に力が籠る。
その力を緩めてもらおうとアルフレッドの腕に触れたところで、そういえば、とふと聞いてみた。

「私のこと、思い出したの?」

「…………………ごめん、ティア。忘れてごめん」

絞り出したように告げられた謝罪は、アルフレッドの苦悩を滲ませるように掠れていた。

「いつ思い出したの?」

「……………ティアに………………っ、大嫌いと言われた辺りから」

大分ダメージが大きかったらしく、くぐもった声の中に悲壮感が見え隠れする。

「ショック療法というやつですね!」

いつの間にか隣に来ていたリリーが喜びに満ちた表情で控えていた。

「ティアリーゼ様!お目覚めになられて、本当に良かったです。
ティアリーゼ様が殿下に大嫌いと告げられて連れ拐われてから今日まで、本当に生きた心地がいたしませんでした」

もう魔王も顔負けの勢いでしたから、殿下が、と遠くを見つめるリリーに、とても苦労したことが窺えて申し訳なく思う。

どうやら、大嫌いと言われたショックで色んな記憶が滝のように蘇り、アルフレッドはその情報の処理のためにしばらく動けなかったようだ。
情報をやっとの思いで受け止めて、私を追いかけようとしたアルフレッドの横で、急にスカイレットの体が爆発音とともに弾けたのだという。
リンゲル国王が肉片になっていると言ってはいたが、まさか本当にそうしていたことに残虐性が窺え、吐き気がする。
それから、私の異変を知らされてアルフレッドが駆けつけた時には一足遅かったようで。
連れ拐われる間際、私を呼ぶアルフレッドの声が聞こえたのは空耳ではなかったのだ。

スカイレット様の始末の仕方の異常性に、リンゲル国王の危険性を危惧したアルフレッドが、鬼気迫る勢いで私の捜索をしているときに、司教が怪しい行動を取り、すかさず乗り込んで私を見つけたということらしい。

「いやぁ、アルフレッドの怒りが振り切れすぎて、俺たちも殺されるんじゃないかと思ったよ、ハハハ」

とは、お兄様が後から冗談で宣ったことである。
…冗談、ですわよね?

尚も私にすがり付くように抱きついているアルフレッドの瞳を見たくて、アルフレッドの名前を呼ぶ。

恐る恐る顔を上げたアルフレッドの瞳は、まだ緑色の瞳が金色のヴェールで覆われているかのように煌めいていた。
迷子のように不安に瞳を揺らすアルフレッドが愛おしくて、アルフレッドの頬を両手で包み込み、額をこつりと合わせた。

「アルのバカ。バカバカバカバカ!」

「…ごめん」

「でも、好き。どんなに悲しくても、辛くても、この気持ちだけは捨てられなかった。
愛してるの、アル」

おかえりなさい、と私の頬を涙が伝うと同時に、真っ暗だった窓から、眩しすぎる光が差し込んだ。

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