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月が消えるとき 迫りくる闇
一
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それは、あるよく晴れた日の昼下がり。
ティアリーゼは庭で美しく咲き誇る花々の中で、巷で流行っている物語を読んでいた。
物語の世界に引き込まれて物憂げに文字を追いかける横顔は、まるで一枚の絵画のようだーーーとは、隣に控えるリリーの感想である。
ただ、物語が後半になっても物憂げな表情が変わらない主に、リリーははてと首を傾げる。
確か、この物語はハッピーエンドなはずである、と。
そして、始終物憂げな表情だった主の顔は、本を閉じた瞬間泣きそうな顔へと変化した。
「リーゼ様、いかがいたしました?お気に召しませんでしたか?」
心配そうに問い掛けるリリーに、ティアリーゼは力なく首を振ると、同じように力のない声で1人にしてほしいと願いを伝えた。
戸惑いを隠せないながらも、主の希望に添うべく、何度も振り返りながら立ち去るリーゼには、この後ティアリーゼが決断する驚くべき内容など、知るよしもなかった。
ーーーーー
数刻前、ティアリーゼはわくわくしながら今巷を賑わせている本を手に取った。
それは、不憫なヒロインが王子に見初められて、幸せになるというハッピーエンドな物語だという。
まさか、その王子に婚約者がいて、その婚約者と婚約破棄をしてヒロインが幸せになるものなどとは思ってもみなかったのである。
そしていざ読み始めると、ヒロインのあまりの無作法さに眉をしかめ、それを注意する悪役令嬢なる登場人物に同調していく己の心に戸惑いを感じた。
更に追い討ちをかけたのが、王子の所業である。
幼い頃から長年連れ添ってきた婚約者ではなく、ぽんと降って湧いてきたヒロインの言葉を信じ、悪役令嬢の言葉に聞く耳も持たず、婚約破棄から国外追放とする、あまりの断罪の内容にショック過ぎて呆然とする。
その後、リリーにお願いして1人になって考えてみたものの、どうしても悪役令嬢に同調する自分に恐怖を感じた。
もし、自分がそういう状況になったとき、同じことをしないかと問われれば否定できないと思ったからだ。
こうして、ティアリーゼの憂鬱な日々が幕を開けたのである。
ーーーーー
王妃教育は早いうちに終了したため、ティアリーゼの一日の過ごし方は、専ら政務を手伝うという名目で、アルフレッドと一緒にいることだった。
本の内容に憂鬱になった心も、アルフレッドに会えば一気に霧散した。
アルフレッドは、あの本の王子ではないから。
そして、私も悪役令嬢ではない。
そうして憂鬱が晴れつつある頃、ティアリーゼは、とある茶会へと招待された。
その茶会は、以前物語を勧められた茶会で、参加したらまた別な見解が聞けるのではないかと、淡い期待を込めて参加したのだった。
このときはまだ、ヒロインへの注意、もしくはいじめをして婚約破棄となった時のことだけを考えていたティアリーゼであったが、その茶会の中である貴婦人から言われたことに、更に衝撃を受けることになる。
「ティアリーゼ様は大変ですわね」
「ご結婚されて王妃となった暁に、陛下が側室を召されたら、そのご側室と寵を争うことになるのでしょう?」
「でも、側室を召される時点で王妃への寵は薄れているでしょうから、部が悪い争いですわ」
「ある国では、嫉妬のあまり側室を暗殺しようとした王妃が、北の塔へ幽閉されたという話ですわよ」
まぁ怖い、とティアリーゼを置いて、次々と貴婦人たちが話を進める。
これまで、アルフレッドに運命の人が現れたら身を引く覚悟はしてきたものの、言い方は悪いがアルフレッドを他の女性と共有することなど、全くもって考えてこなかったティアリーゼである。
しかし、一国の主となれば世継ぎを作るのが国内の混乱を招かないためにも火急の指名である。
どうして、そんなことも忘れていたのか。
これまで注がれるアルフレッドからの愛情に慣れすぎていたのだと、痛感せずにはいられない。
青天の霹靂とは、まさにこのことだった。
その後、どうやって茶会の席を立って、自宅へ帰ったか記憶が定かではない。
そんな様子のおかしいティアリーゼを心配したリリーが報告したのか、珍しく兄がひょっこり部屋へ顔を出した。
アルフレッドではない辺り、リリーはティアリーゼの憂鬱がアルフレッドに関係するものだと察したのだろう。
その観察力に感服するばかりだ。
今回は、本当にそれが有り難かった。
直接アルフレッドに伝える勇気などないのだから。
「リーゼ、何かあったのか?」
「お兄様…」
呼び掛けに顔を上げたティアリーゼは、思い詰めたようにしばらく逡巡した後、覚悟を決めた顔でエマニュエルを見つめた。
「お兄様。私、実家に下がらせていただきます」
ティアリーゼは庭で美しく咲き誇る花々の中で、巷で流行っている物語を読んでいた。
物語の世界に引き込まれて物憂げに文字を追いかける横顔は、まるで一枚の絵画のようだーーーとは、隣に控えるリリーの感想である。
ただ、物語が後半になっても物憂げな表情が変わらない主に、リリーははてと首を傾げる。
確か、この物語はハッピーエンドなはずである、と。
そして、始終物憂げな表情だった主の顔は、本を閉じた瞬間泣きそうな顔へと変化した。
「リーゼ様、いかがいたしました?お気に召しませんでしたか?」
心配そうに問い掛けるリリーに、ティアリーゼは力なく首を振ると、同じように力のない声で1人にしてほしいと願いを伝えた。
戸惑いを隠せないながらも、主の希望に添うべく、何度も振り返りながら立ち去るリーゼには、この後ティアリーゼが決断する驚くべき内容など、知るよしもなかった。
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数刻前、ティアリーゼはわくわくしながら今巷を賑わせている本を手に取った。
それは、不憫なヒロインが王子に見初められて、幸せになるというハッピーエンドな物語だという。
まさか、その王子に婚約者がいて、その婚約者と婚約破棄をしてヒロインが幸せになるものなどとは思ってもみなかったのである。
そしていざ読み始めると、ヒロインのあまりの無作法さに眉をしかめ、それを注意する悪役令嬢なる登場人物に同調していく己の心に戸惑いを感じた。
更に追い討ちをかけたのが、王子の所業である。
幼い頃から長年連れ添ってきた婚約者ではなく、ぽんと降って湧いてきたヒロインの言葉を信じ、悪役令嬢の言葉に聞く耳も持たず、婚約破棄から国外追放とする、あまりの断罪の内容にショック過ぎて呆然とする。
その後、リリーにお願いして1人になって考えてみたものの、どうしても悪役令嬢に同調する自分に恐怖を感じた。
もし、自分がそういう状況になったとき、同じことをしないかと問われれば否定できないと思ったからだ。
こうして、ティアリーゼの憂鬱な日々が幕を開けたのである。
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王妃教育は早いうちに終了したため、ティアリーゼの一日の過ごし方は、専ら政務を手伝うという名目で、アルフレッドと一緒にいることだった。
本の内容に憂鬱になった心も、アルフレッドに会えば一気に霧散した。
アルフレッドは、あの本の王子ではないから。
そして、私も悪役令嬢ではない。
そうして憂鬱が晴れつつある頃、ティアリーゼは、とある茶会へと招待された。
その茶会は、以前物語を勧められた茶会で、参加したらまた別な見解が聞けるのではないかと、淡い期待を込めて参加したのだった。
このときはまだ、ヒロインへの注意、もしくはいじめをして婚約破棄となった時のことだけを考えていたティアリーゼであったが、その茶会の中である貴婦人から言われたことに、更に衝撃を受けることになる。
「ティアリーゼ様は大変ですわね」
「ご結婚されて王妃となった暁に、陛下が側室を召されたら、そのご側室と寵を争うことになるのでしょう?」
「でも、側室を召される時点で王妃への寵は薄れているでしょうから、部が悪い争いですわ」
「ある国では、嫉妬のあまり側室を暗殺しようとした王妃が、北の塔へ幽閉されたという話ですわよ」
まぁ怖い、とティアリーゼを置いて、次々と貴婦人たちが話を進める。
これまで、アルフレッドに運命の人が現れたら身を引く覚悟はしてきたものの、言い方は悪いがアルフレッドを他の女性と共有することなど、全くもって考えてこなかったティアリーゼである。
しかし、一国の主となれば世継ぎを作るのが国内の混乱を招かないためにも火急の指名である。
どうして、そんなことも忘れていたのか。
これまで注がれるアルフレッドからの愛情に慣れすぎていたのだと、痛感せずにはいられない。
青天の霹靂とは、まさにこのことだった。
その後、どうやって茶会の席を立って、自宅へ帰ったか記憶が定かではない。
そんな様子のおかしいティアリーゼを心配したリリーが報告したのか、珍しく兄がひょっこり部屋へ顔を出した。
アルフレッドではない辺り、リリーはティアリーゼの憂鬱がアルフレッドに関係するものだと察したのだろう。
その観察力に感服するばかりだ。
今回は、本当にそれが有り難かった。
直接アルフレッドに伝える勇気などないのだから。
「リーゼ、何かあったのか?」
「お兄様…」
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