初恋の実が落ちたら

ゆれ

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千鶴と獅勇

05

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 ほどほどに真面目に大学へ行き、ほどほどに友人と遊んで、たまに泊まり込んだり逆に泊めたり、千鶴には憧れでしかないキャンパスライフ真っただ中にいると思うとつい根掘り葉掘り聞いてしまう。バイト先の仲間と夜通しドライブして房総半島一周した話や昨年の夏休みに友人とふたり自転車で大阪まで行って帰ってきた話など、フィクションじゃないなんて信じられなかった。

 ステージ衣装に身を包み、ライトを浴びて歌い踊るのも充分稀有な体験だと知っている。でもそれしか知らない千鶴には、福山のような人生のほうが余程きらめいて、かけがえのない青春めかして見えた。大恋愛の彼女をつくったり心ゆくまで勉学に打ち込んだり。或いはスポーツなどで仲間と気持ちのいい汗を流したり、そういう人生で最もいい時を省略して社会へ押し出されてしまったのは、つくづく勿体ない気がしてならない。

 まだ業界にいる人でも一念発起して高校や大学に通う気持ちが今はとても理解できる。もっとちゃんと学校に通っていればよかったなあと、同業者でもしっかりそのための時間を確保していた人に出会うたび千鶴は思っていた。そういう人はやはり生徒役を演じれば説得力があったし、人生の充実度の違いからかどんな仕事もいきいきとこなしていた。
 進学率に第二性は然程影響しないと聞くが、実際はどうなのだろう。福山は圧倒的多数派でフェロモンに振り回されないベータ勝ち組なのでよくわからないと首を傾げて自分の取り皿に白菜を盛る。味付けはコンソメと塩コショウくらいと言うけれど、妙に美味しくて千鶴もかなり箸が進んでいた。

 一旦帰って、他人様の部屋にお邪魔するのだからと着替えるまえにシャワーも済ませている。今日はもう夕食もこれで終わりで、あとは久し振りに酒でも飲もうか。否それではすぐに明日になってしまう。溜め込んでいる録画番組を見ながら夜更かし。これで行くか。休みだからといって外へ出掛けていくのは、日頃出ずっぱりの身なので特に目的がないかぎりは遠慮したかった。

 完璧な楽しい休日プランに浮かれていた千鶴はすっかり油断していた。

「あの、別府さんは……オメガなんすよね」
「うん? ああ、まあ」

 性別上はそうなっているが殆ど機能はしてない、とまではただの隣人に話す必要はないだろう。脱退かつ引退までしておいてあれは嘘でしたというのも見苦しい。それどころか千鶴を“別府千鶴”として見てくれる相手がまだいたことに新鮮な驚きすら感じる始末だ。
 懐かしいとまとめてしまうには生々しい記憶の数々がふっと脳裏を過る。アイドルとしての千鶴を惜しんでくれたファンはほんの一握りしか残らなかったけれど、それでも彼や彼女達を悲しませてしまったことは今もなお痛みとして胸の奥に刻まれている。大きすぎる代償を払ってもまだ足りなかった。

 だから時間に消し去られたのは逆によかったと思っている。新加入したメンバーはくちが達者で頭の回転も速く、みんなを平等にイジって活かしてくれるとかなり評判が良く瞬く間に馴染んだようだった。千鶴はどちらかと言うと助けてもらうタイプのリーダーだったので、グループ自体がまったく毛色が変わり、しばらくは名前の頭に新生の二文字を付けて呼ばれていたらしい。

 そんなふうに見えるのか見えないのか、今ひとつよくわからない。優れたアルファと違ってオメガに外見的な特徴はないそうだが、美醜は別にしても何となく人好きのするタイプはオメガであることが多いと言われていた。何かしら話し掛けられたり、周囲の人が手を差しのべてくれたり。これは対ベータでも反応が見られるという。

(そういや今日も)

 とりわけ親しく付き合っているわけでもないのにお呼ばれしているこの状況など、まさしくそれだ。思い当たると急に不自然な気がしてきて、取り敢えず手元の皿をからにすると千鶴はそっと箸を置く。

「いや~めちゃくちゃうまかった。ご馳走さまでした。福山くんモテるだろ、こんな料理上手でさ」
「もういいんすか? まだまだありますけど、別府さん少食なんすね。……だってすげえスタイル良いもんなあ」
「……はは、そんなことないよ」

 話の流れからは自然だったがじろじろと身体を眺められて嬉しい者はあまりいない。180センチを超える長身は、たしかに取引先などでもよく話題にされるセールスポイントではあるのだけれど。
 今はこれっぽっちも求めてない。

「そろそろお暇していいかな。ごめん、ちょっと仕事持ち帰ってて」
「あ、じゃあお茶淹れますんでそれくらい飲んでってくださいよ。忙しいんすね。土日まで仕事とか、お疲れさまです」
「いやもうほんとに、」
「――オレ、千鶴のファンだったんです」

 向かいに座っていた福山がいきなり傍へ寄ってきて、ガッと左手を掴まれる。両手で宝物みたいに大事に握られて動かせなくなった。耳元でうるさいくらい警鐘が鳴り響いている。わかっている。わかってはいるのだけれど、まだ特に何をされたわけでもないのでこちらからも何もできない。
 
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