魔女が不老不死だなんて誰が言い出したんですか?

卯月ましろ@低浮上

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第4章 キツネを振り向かせるために

6 道徳心5

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 僕は手をいじいじしたまま、ちらっとセラス母さんを見た。
 母さんはたくさん唸った後に、やっと顔を上げた。でもその顔はすっごく複雑で、まるで痛くて苦しんでいるみたいだ。

「アルはね、生き残るために少しだけ――普通じゃない考え方をしているの。それは決して悪いことじゃないけれど、でも善いことでもないわ。だって、いつか自分がどれほど可哀相な子か全部理解してしまった時に、正気を保てなくなるかも知れないもの」
「……難しい」
「なんて言ったら良いのか――その、言ったでしょう? 人間は『負けっ放し』じゃあ生きられないの。心の尊厳が踏みにじられたままでは……ええと、ずっといじめられっ放しだと、元気がなくなっちゃわない? なんで僕ばっかり? 何か叱られるような悪いことした? って」
「うん……元気なくなる」

 そう答えると、母さんはちょっとだけ安心したみたいに息を吐いた。

「でもアルは、村でいじめられっ放しだったはずよね。一緒になっていじめられている人は居ないし、助けてくれる人も居なかった。村人皆が、アルはいじめられて当然だって扱いをしたはずよ」
「う、うん……」
「――なのにアルは、生きている。ずっと『負けっ放し』だったのに、生きているのよ……それは、どうしてだと思う?」

 セラス母さんに真っ直ぐ見られて、僕はちょっとだけ背中がビクッとなった。なんだかまるで、僕が生きているのはおかしい、みたいな――よく分からない怖さがある。

 どうしてって言われても、分からないから困る。
 僕は何を言われても、何をされても仕方がなかったから、平気だっただけだ。でもそれはだって言われる。そんなの、どうすれば良いんだろう。

「いや、良いわ。今すぐに理解しろとは言わないから……あんまり詰め込み過ぎたら、かえってしんどいでしょうしね」
「ん……ごめんね」
「良いのよ、いきなり嫌な話をしてごめんなさいね。とにかく、勉強に戻りましょうか!」
「うん……」

 一生懸命教えてくれているのに、僕は母さんの言いたいことを分かってあげられなかった。
 なんだかすごく申し訳ない気持ちになって、母さんの顔色を窺ったけど、でももう困った顔はしていない。いつもの優しい顔で本のページをめくって、ペンを握り直している。

 僕はホッとして、いつの間にかギュッと握り締めていた手をほどいた。少し汗ばんでいて気持ち悪いや。

「お話の説明に戻るわよ。主人公の男の子はね、昆虫標本を作るなら誰にも負けないぞって思っていたんだけど……お金に余裕がないからキレイな箱は買えないし、専用の道具もない。だからありもので間に合わせるしかなくて、専門知識を得ようにも勉強用の本も買えないから、どうしたってボロボロで標本の完成度は決して高くなかった」

 ――なんとなく分かる。
 僕も森で色んなものを探していたけど、道具なんてなかったから、全部手でやるしかなかった。カマなしで千切って採った草は、どうしてもボサボサになっちゃうんだ。
 キレイに採りたくても、素手では真っ直ぐに切れないんだから仕方がない。尖った石を拾って使うこともあったけど――やっぱり、カマの切り口には勝てないよ。

「でも、お金持ちの友達は違った。何もかも完璧で、非の打ちどころがなかった。そんな人に「君の作った標本は価値が低い」なんて言われたら……アルだって嫌じゃない? 僕だって一生懸命やったのに~とか、例えば全く同じ道具を使ったら――同じだけ知識があれば、僕だってキレイにできたのに~とか」
「うーん、そうだね。そのお友達はやっぱりずるい子だと思うよ! きっと持っているのが当たり前で、自分が持っている道具や知識がどれだけすごいのか、気付いていないんだ……もしかすると、そのすごさを教えてあげなかった周りの大人がよくないのかも知れないね」

 僕が思ったことを言うと、セラス母さんはちょっとだけ目を丸めた。そしてすぐに頷いて、「よく分かっているじゃない」って笑ってくれる。

「そうね、お金持ちの友達は、自分が人より恵まれていることに気付いていなかったのかも。だから知識や道具がなくても必死に頑張っている主人公に向かって「価値が低い」なんて嫌味を言えたんでしょうね」
「そっかあ……そのイヤミを言われてから主人公は「恥ずかしい」って思って、お友達を「嫌なヤツだ」って思うようになったんだね。恥ずかしいのは生まれや貧乏じゃなくて、バカにされた標本だったのか」

 僕はカウベリー村でいじめられていたけど仕事をしていて、それに対して「価値が低い」って言われたことはなかった。
 母さんや父さんに「どんくさい」とは言われていたけど、水汲みも売り物拾いも価値があることだから、バカにされるようなことはない。

 僕は物語の主人公みたいに、何かを一生懸命つくったことがない。友達も居ないから、作ったものを誰かに見せようなんてこともなかった。だから分かりづらかったけど――うん、セラス母さんの説明を聞いて、少しは分かった気がする。

「アルは、泥棒してでも欲しいと思ったものがある?」
「ないよ! 泥棒はすごく悪いことだからね」
「偉いわねえ。アルって何か欲しいものないの? 泥棒云々うんぬんは抜きにして」
「今はレンが欲しいよ」

 即答すると、セラス母さんは「あらやだ、まあまあ!」なんて、おばさんくさい声を出した。もしここにゴードンさんが居たら、母さんにバシバシ背中を叩かれていたと思う。
 やらかしおばさんはしばらく1人でクネクネしていたけど、ちょっと経ってからコホンって咳払いした。

「アルは偉いから泥棒しないんだろうけど……主人公は、悪いことだと知りながらついつい標本を盗ってしまった。こういうの『魔が差した』って言うのよ」
「マガサシター……僕はマガサシターしないように気を付けるね」
「ええ、気を付けてちょうだい。標本を盗った後、男の子は「悪いことをしている」っていう意識――罪悪感に囚われて、怖くなった。だから慌てて元に戻そうとしたけれど――」
「ポケットに入れてぐちゃぐちゃになっていたから、箱に返しても盗む前の標本には戻せなかった」
「そうよ。男の子はお母さんに相談してすぐ友達に謝りに行ったけれど、一度壊れてしまったものは戻せないし、時間だって巻き戻せない。友達は主人公について「泥棒」「信用できない相手」という意識を擦り込まれてしまっただろうし、いくら謝ったところで貴重な蝶の標本は返ってこない。この話はね、自分が犯してしまった罪や間違いは、どうしたってなかったことにはできないっていう教訓なの」

 セラス母さんは一旦口を閉じると、僕の手をギュッと握りながら笑った。

「――例えばの話。もしもカウベリー村の人たちが、アルに「今までいじめてごめんなさい」「もう無視しないから許してください」って言ってきたらどうする?」
「……え?」

 母さんは僕の手を開くと、塞がったばかりの傷跡を指でなぞる。
 傷が塞がって血も汁も出なくなったけど、ちゃんとした手当てをせずに放置して傷の上に傷を作ってばかりだったから、母さんにこのボロボロの痕は一生消えないって言われた。
 それはもちろん手だけじゃなくて、体の傷も、頭の傷も顔の傷だってそうだ。大人になる頃には薄くなるだろうけど、どうしても残るんだって。

「例えアルが許しても、アルが受けた傷は一生消えないわよ。それは決して、目に見える体の傷だけじゃない――心の傷だって一生治らない」
「う……うん、でも」
から、許せるの? アルは大人の女の人に触られるのが嫌いよね。それはもしかすると、一生嫌いなままかも知れないわよ」
「む、難しい……考えるの、難しい。よく分からない」
「難しく思う気持ちも、目を塞いで見てみぬフリをしたくなる気持ちも分かるわ。でもね、考えることをやめてはダメよ。あなたは蝶々の標本と同じで、一度ぐちゃぐちゃにされてしまった心は――どれだけ謝られても、どんな贈り物をされても絶対に治らない。だけど、二度と治らないアルに価値がないという訳でもない。バラバラになった蝶々だって、また別の使い道があるかも知れないでしょう? ……私なら、崩れた羽をレジンか何かで固めて加工して、イヤリングにでもしちゃうかもね」

 セラス母さんは「だから、人と違うことを不必要に恐れる必要はないわ」って言って頭を撫でてくれた。
 母さんの授業は難しいことだらけで、なかなか分からない。だけど僕はなんだか「生きていて良いよ」って許されたような気がして――母さんの手の平に、頭をグリグリ擦りつけた。
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