50 / 90
第5章 終わりの約束を
5 解呪の陣
しおりを挟む
ふと気づくと、僕は真っ白でふわふわの煙が充満したところに居た。どこを見ても真っ白で、あの薄暗い地下室ともレンファの家とも違う場所だ。
「……どこ?」
僕は思いきり首を傾げた。すると、辺りのふわふわな煙が弾けるみたいに飛んで行く。
ビックリして目を閉じて、小さくなる。次に目を開くと、僕の周りはごちゃごちゃした黒くて汚いものの山で埋め尽くされていた。
最初は変な夢でも見ているのかと思ったけれど、鼻が曲がるみたいな酷い匂いがして、朝食べたご飯を吐き出しそうになる。
畑の肥料――牛の糞みたいな匂いや、動物の腐った死骸みたいな匂いに血の匂い。変な油みたいな匂いや花みたいな匂いも混じっていて、すごく嫌だ。
口と鼻を手で覆ったけど、目まで痛くなって涙が出てくる。
もしかすると、レンファが今までに捨てたゴミの山かな。僕は、解呪の陣に入って消えちゃったのかも知れない。
ゲホゲホ咳込んでいたら、また景色が変わって白いふわふわの煙が帰って来た。
黒い山が煙に隠されて、匂いもなくなってホッとした。でも、僕の手が届くぐらいのところに黒い人影みたいなのが居る。僕よりも大きいから、たぶん大人の影だろう。
なんとなしに手を見たら、影には右手だけない。すぐに分かった――レンファを呪った人だって。
「……好きな女の子を苛めるのは超ダサいって、セラス母さんが言っていたよ?」
僕が話しかけても、影は何も答えてくれなかった。だけど、不思議とそんなに嫌な感じはしなかったから、構わずに続けた。
「僕と君は、ちょっと似ているのかも知れないね。だけど、僕は絶対にレンファを呪ったりしない。そんなことしたって嫌われるだけだし――たぶんそんなことしなくても、いつかは好きになってくれる気がするから。僕たちはどこかの誰かの〝ゴミクズ〟だけど――でも僕は、ちゃんと愛されるゴミクズだ。羨ましいでしょ? 僕ってば、この呪いを解いたらついにレンファに愛されちゃうかも知れないね」
嬉しくなって笑うと、黒い影は小さく頷いた。
ふふふ、人から何かを羨ましがられたのなんて、生まれて初めてだよ! 僕は得意げになって、どんどん自慢しようと胸を反らした。
――だけど、誰かに呼ばれているような気がしたからやめた。
「ごめんね、僕行かなきゃ――またどこかで会えたら、その時は仕方ないから僕が友達になってあげるね。きっとレンファは君を許せないだろうけど、レンファの代わりに僕が許してあげる。きっと君も〝遊び〟が何か知らないでしょ? 何も知らないゴミが集まって一緒に悩むのも楽しいかも」
黒い影は、今度は頷かなかった。
たぶんだけど、許しなんて要らないんだろうな。例えレンファが彼を許したって、もう彼自身が自分を許せないから。好きな女の子を苛めるなんて、超ダサいことしちゃったから――時間は巻き戻せないし、一度やっちゃったことは二度と消せないから。
僕は影に背を向けて歩き出す。真っ白でふわふわの煙しか見えないけど、なんとなく進む道は分かっていた。
――最後に僕は、もう一度影を振り向いて思い切り笑った。
「……ふーんだ! 僕だって、レンファを好きだっていう男なんかと友達になりたくないもんねーだ!! じゃーね、ばいばい!」
大きく手を振ると、影は口もないのに笑った気がした。
振り返された右腕の先に手は見えないけれど、僕はなぜだかレンファはもう大丈夫って思った。
――だって、右手は。
右の呪術は、生きることを目的にした白い呪術だって聞いたから。
◆
「――アレクシス!!」
「はっ、……はい! マガサシターしました! ごめんなさーい!!」
「…………ああ! 良かった、目が覚めた……!」
「……レンファ?」
――やっぱり、さっきのは夢だったかな?
気付いたら僕は地下室じゃなくて、あのベッドだけ置いてある部屋の床に仰向けに寝転んでいた。すぐ横に座ったレンファが僕の顔を覗き込んでいて、その顔はなんだか今にも泣き出しそうだ。
うーん、何が起きたんだろう? もしかして、地下室に降りたところから全部夢だった? 結局、レンファの呪いは解けなかった? それはちょっと困る。
なんて思っていると、突然左頬に何かがぶつかって、すごくビックリした。頬っぺたがピリピリする。僕は慌てて顔を動かして、ぶつかったモノを探した。
「――この、バカ!! 勝手に地下室に……解呪の陣に入って!! 生きていたから良かったものの、どうなっていたか! 体はどこも変じゃない? おかしいところは!?」
「ほ、ほっぺたが痛い……」
「今叩いたんだから当たり前でしょう! バカ!!」
なんだ、レンファが叩いただけか、良かった。だけど本当にビックリした。
だって、左頬を叩かれても――僕には、レンファの手がひとつも見えなかったから。
たぶん、地下室が真っ白になるくらい光ったせいだ。僕はあの時に右目だけつぶっていた。
だから右目は平気だったけど――アルビノの目は、光に弱いってセラス母さんが言っていた。それで、つぶってなかった左目がダメになっちゃったのかも知れない。
まだ横でレンファがワーワー言っているけど、僕は試しに右目だけつぶってみた。すると、やっぱり左目がおかしくなっている。
明るいところと暗いところの違いぐらいは分かるけど、色も形も、明るさの他には何も分からない。
――ああ、危なかった! もしあの時、レンファが上から僕を呼んでくれなかったら? そうしたら僕は、両目がダメになっていたに違いない。
「レンファ、あの時名前を呼んでくれてありがとう。僕すごく助かった」
本っ当に心の底からそう思ったから、僕は両目でレンファを見て笑った。
レンファはピタッと口を閉じた後に、僕の右頬をペチーン! と叩いた。今度は大きく手を振りかぶるところからよーく見えたから、なんだかさっきよりも、もっとずっと頬っぺたが痛い気がした。
「……どこ?」
僕は思いきり首を傾げた。すると、辺りのふわふわな煙が弾けるみたいに飛んで行く。
ビックリして目を閉じて、小さくなる。次に目を開くと、僕の周りはごちゃごちゃした黒くて汚いものの山で埋め尽くされていた。
最初は変な夢でも見ているのかと思ったけれど、鼻が曲がるみたいな酷い匂いがして、朝食べたご飯を吐き出しそうになる。
畑の肥料――牛の糞みたいな匂いや、動物の腐った死骸みたいな匂いに血の匂い。変な油みたいな匂いや花みたいな匂いも混じっていて、すごく嫌だ。
口と鼻を手で覆ったけど、目まで痛くなって涙が出てくる。
もしかすると、レンファが今までに捨てたゴミの山かな。僕は、解呪の陣に入って消えちゃったのかも知れない。
ゲホゲホ咳込んでいたら、また景色が変わって白いふわふわの煙が帰って来た。
黒い山が煙に隠されて、匂いもなくなってホッとした。でも、僕の手が届くぐらいのところに黒い人影みたいなのが居る。僕よりも大きいから、たぶん大人の影だろう。
なんとなしに手を見たら、影には右手だけない。すぐに分かった――レンファを呪った人だって。
「……好きな女の子を苛めるのは超ダサいって、セラス母さんが言っていたよ?」
僕が話しかけても、影は何も答えてくれなかった。だけど、不思議とそんなに嫌な感じはしなかったから、構わずに続けた。
「僕と君は、ちょっと似ているのかも知れないね。だけど、僕は絶対にレンファを呪ったりしない。そんなことしたって嫌われるだけだし――たぶんそんなことしなくても、いつかは好きになってくれる気がするから。僕たちはどこかの誰かの〝ゴミクズ〟だけど――でも僕は、ちゃんと愛されるゴミクズだ。羨ましいでしょ? 僕ってば、この呪いを解いたらついにレンファに愛されちゃうかも知れないね」
嬉しくなって笑うと、黒い影は小さく頷いた。
ふふふ、人から何かを羨ましがられたのなんて、生まれて初めてだよ! 僕は得意げになって、どんどん自慢しようと胸を反らした。
――だけど、誰かに呼ばれているような気がしたからやめた。
「ごめんね、僕行かなきゃ――またどこかで会えたら、その時は仕方ないから僕が友達になってあげるね。きっとレンファは君を許せないだろうけど、レンファの代わりに僕が許してあげる。きっと君も〝遊び〟が何か知らないでしょ? 何も知らないゴミが集まって一緒に悩むのも楽しいかも」
黒い影は、今度は頷かなかった。
たぶんだけど、許しなんて要らないんだろうな。例えレンファが彼を許したって、もう彼自身が自分を許せないから。好きな女の子を苛めるなんて、超ダサいことしちゃったから――時間は巻き戻せないし、一度やっちゃったことは二度と消せないから。
僕は影に背を向けて歩き出す。真っ白でふわふわの煙しか見えないけど、なんとなく進む道は分かっていた。
――最後に僕は、もう一度影を振り向いて思い切り笑った。
「……ふーんだ! 僕だって、レンファを好きだっていう男なんかと友達になりたくないもんねーだ!! じゃーね、ばいばい!」
大きく手を振ると、影は口もないのに笑った気がした。
振り返された右腕の先に手は見えないけれど、僕はなぜだかレンファはもう大丈夫って思った。
――だって、右手は。
右の呪術は、生きることを目的にした白い呪術だって聞いたから。
◆
「――アレクシス!!」
「はっ、……はい! マガサシターしました! ごめんなさーい!!」
「…………ああ! 良かった、目が覚めた……!」
「……レンファ?」
――やっぱり、さっきのは夢だったかな?
気付いたら僕は地下室じゃなくて、あのベッドだけ置いてある部屋の床に仰向けに寝転んでいた。すぐ横に座ったレンファが僕の顔を覗き込んでいて、その顔はなんだか今にも泣き出しそうだ。
うーん、何が起きたんだろう? もしかして、地下室に降りたところから全部夢だった? 結局、レンファの呪いは解けなかった? それはちょっと困る。
なんて思っていると、突然左頬に何かがぶつかって、すごくビックリした。頬っぺたがピリピリする。僕は慌てて顔を動かして、ぶつかったモノを探した。
「――この、バカ!! 勝手に地下室に……解呪の陣に入って!! 生きていたから良かったものの、どうなっていたか! 体はどこも変じゃない? おかしいところは!?」
「ほ、ほっぺたが痛い……」
「今叩いたんだから当たり前でしょう! バカ!!」
なんだ、レンファが叩いただけか、良かった。だけど本当にビックリした。
だって、左頬を叩かれても――僕には、レンファの手がひとつも見えなかったから。
たぶん、地下室が真っ白になるくらい光ったせいだ。僕はあの時に右目だけつぶっていた。
だから右目は平気だったけど――アルビノの目は、光に弱いってセラス母さんが言っていた。それで、つぶってなかった左目がダメになっちゃったのかも知れない。
まだ横でレンファがワーワー言っているけど、僕は試しに右目だけつぶってみた。すると、やっぱり左目がおかしくなっている。
明るいところと暗いところの違いぐらいは分かるけど、色も形も、明るさの他には何も分からない。
――ああ、危なかった! もしあの時、レンファが上から僕を呼んでくれなかったら? そうしたら僕は、両目がダメになっていたに違いない。
「レンファ、あの時名前を呼んでくれてありがとう。僕すごく助かった」
本っ当に心の底からそう思ったから、僕は両目でレンファを見て笑った。
レンファはピタッと口を閉じた後に、僕の右頬をペチーン! と叩いた。今度は大きく手を振りかぶるところからよーく見えたから、なんだかさっきよりも、もっとずっと頬っぺたが痛い気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる