52 / 90
第5章 終わりの約束を
7 新しい名前
しおりを挟む
僕はお風呂から上がったあと、あの強烈な炎症止め――泥にんじんを飲んだ。
口の中が酷いことになってしょんぼりしていると、レンファに背中をグイグイ押されて家の外まで連れて行かれた。何も言わなくたって、あのキツネ目を見れば分かる。心の底から「帰ってください」って念じているんだ。
「ねえレンファ、また遊びに来たらダメかな」
「二度と来ないでって言いましたよね」
「…………い、言ってたかなあ? 僕、聞いてない気がす――」
「ああ、さすが居空きの泥棒ですね。そうやってすぐに嘘をつく訳ですか、そうですか」
「ご、ごめんね、ちゃんと分かってる」
レンファはジトーッてした目で僕を見上げてくる。可愛いけど怖い。
「君、だいぶ見られるウサギになって来ましたから……そろそろ街へ行ってみたらどうですか。街の女の子たちと会えば、普通の恋愛ができると思いますけど」
「ええっ、嫌だよ! 街は電気が流れていて痛そうだから」
「一体どういう想像をしているのか分かりかねますが、痛くはないと思います。君のそのアルビノだって、お洒落な個性と捉えられると思いますよ」
「うーん……でも僕、レンファが良いから。レンファと普通の恋愛ができるように頑張るね」
「……まあ、精々頑張ってください。ただ、もう二度と遊びには来ないで下さいね」
レンファは、僕が勝手に地下室へ行ったことを本気で怒っているみたいだ。僕は結局死ななかったけど、もしかしたら死んでいたかも知れないっていうのが――すごく、嫌だったんだろうな。
例え僕みたいなのが相手でも、呪いを解くために子供を犠牲にしたくないって言っていたし――セラス母さんのことだって気にしていた。
僕はきっといつも自分のことばっかりで、周りがどう思うかを考えられないんだな。でも、たぶんそれは、今はまだ考えている余裕がないからだ。
これから少しずつ大人になって、色んな〝普通〟を知って――愛したり、愛されたりを理解できるようになったら、いつかは考える余裕が生まれるかも知れない。
たぶん僕は、今日のことを大人になってからも思い出すだろう。思い出して、懐かしんだり反省したりするはずだ。あの、蝶々の標本を集めていた男の子みたいに。
「――レンファ、死にたい?」
左目が悪くなったことも、レンファに嫌われたことも――これから好きになってもらえば良いから、そんなに悲しくない。僕はただ、レンファの望みを叶えられなかったことだけが、どうしてかすごく悔しかった。
レンファは大きな目をパチパチさせた後に何も言わずに俯いて、それから頷いた。僕は胸が苦しくなって、いつもセラス母さんがしてくれるみたいにレンファの頭を抱き締めた。
「……僕が絶対に、死なせてあげる。もう少しだけ我慢してね」
ふわふわの黒髪からは甘い花の香りがする。ずっと僕より大きいと思っていた体は、意外と細いし小さくて、柔らかくて、なんだかドキドキした。
そっと離れると、レンファはとんでもなくじっとりした目で僕を見上げている。
「……なんか君、どんどんヤバイ精神異常者になっていませんか」
「セーシンイジョーシャ……な、なんか格好いいね。ありがとう、帰ったらセラス母さんに自慢するよ」
「照れないでください。自慢もしないで」
レンファはサッと家の中に入って行った。でもすぐに帰って来たかと思うと、乾燥したにんじんがこんもり載ったカゴを持っている。
思わず後ずさると、レンファは「シッ! 退散!」って言いながら、まるで清めの塩でも撒くようにシナシナのにんじんをばら撒き始めた。
――なんて酷いことを! 僕がにんじん嫌いだって知っているくせに! そして、僕が食べ物を粗末にできないことも知っているくせに!
僕は泣く泣く地面に落ちた乾燥にんじんを拾いながら「もう帰るからやめて! 本当はこんなの拾いたくないんだ!」って叫んだ。
するとレンファは、勝ち誇ったように笑ってにんじんをばら撒くのをやめた。
「――君、村ではなんて呼ばれていたんですか」
「うん? ……アルだよ、それかアレクシス」
あとは『化け物』とか『役立たず』とか『グズ』とか、他にもあるけど――コレは言わなくていいや。
レンファはちょっと考えた後に「じゃあ」って笑った。
「もうここには遊びに来ないで下さいね――次は、気が向いたら私が遊びに行ってあげます。アレク」
「……本当に!? 待ってるよ!」
「気が向いたらですよ」
「うん!」
村で呼ばれたことのない新しい呼び方は、なんだか心地よかった。家に帰ったら、セラス母さんとゴードンさんにも「今日からアレクって呼んで」ってお願いしなくちゃ!
僕は服の裾をぺろんとめくって袋みたいにして、拾った人参を入れた。そうして笑顔でレンファにぶんぶん手を振ったら、向こうも振り返してくれる。
なんか「そのにんじんはセラスに言って、お茶にでもして飲みなさい」って言われた気がするけど、僕は絶対に頷かなかった。
レンファの後ろに建っている家は、相変わらず緑だ。やっぱり呪いは解けなかったんだろうな。
だけど絶対に僕がなんとかする。早くあの家――僕じゃない男の家から解放してあげなくちゃ。レンファには僕と一緒に死んでもらうんだから。
――ああ、でも。いつかレンファに「死にたくない」って言わせたいな。
僕とずっと一緒に居たいから、だから死にたくないって。それくらい幸せにできれば、僕も幸せなのに。
口の中が酷いことになってしょんぼりしていると、レンファに背中をグイグイ押されて家の外まで連れて行かれた。何も言わなくたって、あのキツネ目を見れば分かる。心の底から「帰ってください」って念じているんだ。
「ねえレンファ、また遊びに来たらダメかな」
「二度と来ないでって言いましたよね」
「…………い、言ってたかなあ? 僕、聞いてない気がす――」
「ああ、さすが居空きの泥棒ですね。そうやってすぐに嘘をつく訳ですか、そうですか」
「ご、ごめんね、ちゃんと分かってる」
レンファはジトーッてした目で僕を見上げてくる。可愛いけど怖い。
「君、だいぶ見られるウサギになって来ましたから……そろそろ街へ行ってみたらどうですか。街の女の子たちと会えば、普通の恋愛ができると思いますけど」
「ええっ、嫌だよ! 街は電気が流れていて痛そうだから」
「一体どういう想像をしているのか分かりかねますが、痛くはないと思います。君のそのアルビノだって、お洒落な個性と捉えられると思いますよ」
「うーん……でも僕、レンファが良いから。レンファと普通の恋愛ができるように頑張るね」
「……まあ、精々頑張ってください。ただ、もう二度と遊びには来ないで下さいね」
レンファは、僕が勝手に地下室へ行ったことを本気で怒っているみたいだ。僕は結局死ななかったけど、もしかしたら死んでいたかも知れないっていうのが――すごく、嫌だったんだろうな。
例え僕みたいなのが相手でも、呪いを解くために子供を犠牲にしたくないって言っていたし――セラス母さんのことだって気にしていた。
僕はきっといつも自分のことばっかりで、周りがどう思うかを考えられないんだな。でも、たぶんそれは、今はまだ考えている余裕がないからだ。
これから少しずつ大人になって、色んな〝普通〟を知って――愛したり、愛されたりを理解できるようになったら、いつかは考える余裕が生まれるかも知れない。
たぶん僕は、今日のことを大人になってからも思い出すだろう。思い出して、懐かしんだり反省したりするはずだ。あの、蝶々の標本を集めていた男の子みたいに。
「――レンファ、死にたい?」
左目が悪くなったことも、レンファに嫌われたことも――これから好きになってもらえば良いから、そんなに悲しくない。僕はただ、レンファの望みを叶えられなかったことだけが、どうしてかすごく悔しかった。
レンファは大きな目をパチパチさせた後に何も言わずに俯いて、それから頷いた。僕は胸が苦しくなって、いつもセラス母さんがしてくれるみたいにレンファの頭を抱き締めた。
「……僕が絶対に、死なせてあげる。もう少しだけ我慢してね」
ふわふわの黒髪からは甘い花の香りがする。ずっと僕より大きいと思っていた体は、意外と細いし小さくて、柔らかくて、なんだかドキドキした。
そっと離れると、レンファはとんでもなくじっとりした目で僕を見上げている。
「……なんか君、どんどんヤバイ精神異常者になっていませんか」
「セーシンイジョーシャ……な、なんか格好いいね。ありがとう、帰ったらセラス母さんに自慢するよ」
「照れないでください。自慢もしないで」
レンファはサッと家の中に入って行った。でもすぐに帰って来たかと思うと、乾燥したにんじんがこんもり載ったカゴを持っている。
思わず後ずさると、レンファは「シッ! 退散!」って言いながら、まるで清めの塩でも撒くようにシナシナのにんじんをばら撒き始めた。
――なんて酷いことを! 僕がにんじん嫌いだって知っているくせに! そして、僕が食べ物を粗末にできないことも知っているくせに!
僕は泣く泣く地面に落ちた乾燥にんじんを拾いながら「もう帰るからやめて! 本当はこんなの拾いたくないんだ!」って叫んだ。
するとレンファは、勝ち誇ったように笑ってにんじんをばら撒くのをやめた。
「――君、村ではなんて呼ばれていたんですか」
「うん? ……アルだよ、それかアレクシス」
あとは『化け物』とか『役立たず』とか『グズ』とか、他にもあるけど――コレは言わなくていいや。
レンファはちょっと考えた後に「じゃあ」って笑った。
「もうここには遊びに来ないで下さいね――次は、気が向いたら私が遊びに行ってあげます。アレク」
「……本当に!? 待ってるよ!」
「気が向いたらですよ」
「うん!」
村で呼ばれたことのない新しい呼び方は、なんだか心地よかった。家に帰ったら、セラス母さんとゴードンさんにも「今日からアレクって呼んで」ってお願いしなくちゃ!
僕は服の裾をぺろんとめくって袋みたいにして、拾った人参を入れた。そうして笑顔でレンファにぶんぶん手を振ったら、向こうも振り返してくれる。
なんか「そのにんじんはセラスに言って、お茶にでもして飲みなさい」って言われた気がするけど、僕は絶対に頷かなかった。
レンファの後ろに建っている家は、相変わらず緑だ。やっぱり呪いは解けなかったんだろうな。
だけど絶対に僕がなんとかする。早くあの家――僕じゃない男の家から解放してあげなくちゃ。レンファには僕と一緒に死んでもらうんだから。
――ああ、でも。いつかレンファに「死にたくない」って言わせたいな。
僕とずっと一緒に居たいから、だから死にたくないって。それくらい幸せにできれば、僕も幸せなのに。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる