73 / 90
第7章 アレクシスと魔女
8 アレクシスの魔女
しおりを挟む
トボトボ歩くレンファと歩幅を合わせて、僕もゆっくり歩いた。
足元から、カサカサに乾燥した落ち葉が割れて砕ける音がする。今日は風が少ないから、森の中の空気は少し重苦しい。
――重いのは森じゃなくて、僕らの空気かな?
「……嫌なの?」
「え?」
なんだか落ち着かなくて、僕はカゴの中に入った根っこを見ながら訊ねた。
だってレンファは、ずっと死にたがっていたはずだ。
僕の思った通りに時間が動き始めているのだとしたら――たぶん、そのうちレンファの魂は〝魔女の家〟と同じことになる。でも、それが望みだったはずだ。
死にたくて、どうしても呪いを解きたくて、だから〝ゴミクズ〟を集め続けた。
いつまでも1人きりで世界に取り残されて、今までずっと寂しくて――どうしようもなかったんだろう。
「……たぶん、レンファの呪いは解けているよね?」
レンファはハッキリ答えなかった。でも、珍しく迷うみたいにウロウロと視線を漂わせた後――自信なさげに、頷いた。
「夜は意識を保っていられないし、朝もどうしても起きられないんです。私、この体で生まれてから、そんなことは一度もなくて。だって8つの時に森へ還って来て、冬を迎えるのは今年で3度目です。それなのに今年だけ急に、こんな――」
「……それは、嫌なことなの?」
「分かりません……ただ、君を……無責任に放り出して、そのまま終わりそうな気がするのは、少し気になります。左目はそんなになってしまって、結婚についても期待をもたせるようなことを言ってしまったから」
今レンファが抱いているのは、きっと僕に対する愛情じゃなくて罪悪感みたいなものだろう。セラス母さんがもう居ない妹に対して抱いているのと同じ。
可哀相、申し訳ないっていう、後ろめたさだけだ。
もし本当に呪いが解けているとしたら、僕はレンファにとって恩人らしい。だから僕の願い――結婚したいっていう願いを、叶えてあげても良いって言ってくれていたけれど。
「その新しい体に入っていても、ダメそう? 〝魔女の家〟は、呪いの影響でずっと同じ家が永遠に続いていたでしょう? 途中で建て替えした訳でも、補修した訳でもない。だけどレンファは中身が永遠なだけで、外身は――」
「たぶん、だからこそダメなんです。体は問題なくても、肝心の中身が――意識がどうなるか分かりません。もしかしたら、家と同じようにある日突然グシャリと潰れてなくなるかも知れないし、少しずつ活動時間が減っていつか目覚めなくなる日が来るかも知れません」
「それは……そうか。怖いね」
根っこから顔を上げると、レンファはすごく真剣な目で僕を見ていた。
なんだか、まるですっごく悪いことをしたからなんとか許してもらおうとしている人みたいだ。
僕は責める気なんてないのに――だって、レンファが終わりを迎えられるなら、それで良いんだから。
「今まで「今日も死ねなかった」だったのが……これからは毎日、死ぬかも知れないって思いながら生きるの?」
「そうなるかも知れませんね」
「もしそうなら、僕は君を助けられたのかな」
「アレク」
レンファが僕を救ってくれたように、僕もまたレンファを救えたのなら、それってすごく嬉しいことだ。
だけど、ああ――そうか。いつかこの子が動かなくなる日が来るんだって考えると、なかなかしんどいかもなあ。
ただ、先に分かっていれば心の準備ができるから。でも、準備ができるのは果たして良いことなのか?
――風が吹くと、頬っぺたがすごく冷たい。
不安な顔をしているレンファを少しでも安心させたくて、笑った。でも顔を動かすと、余計に頬っぺたが冷たくなった気がした。
泥一つついてない真っ白な手で頬を拭われて、僕の方がお兄ちゃんなのになって、情けない笑い声が漏れた。
「なんの準備もできないまま突然死なれるのと、そのうち死ぬよって知らされた上で死なれるのは……どっちが寂しい?」
「ごめんなさい、私には分かりません」
「今までずっと置いて行かれて、その時の寂しさはどうしてた?」
「分かりません……だけど――ただ、いつも時間だけが解決してくれました。人と別れるのは、人が居なくなるのは、慣れるしかないんです。でも私、置いて行くのは初めてで――どうしたら良いのか、気持ちの置き場所がなくて」
レンファはただ僕の頬を拭って「ごめんなさい」って謝り続けた。
謝って欲しい訳じゃない。それは、できればもっと長く一緒に居て欲しいけれど、一瞬だけ浮かんだ「こんなことなら、呪いなんて解くんじゃなかった」っていう思いには、すぐに蓋をした。
こんなこと、考えたらダメだ。この思いだけは死ぬまで誰にも言わないよ。
「――じゃあ、レンファが動かなくなるまで、僕と一緒に居てくれる……?」
なんだか人の弱み――罪悪感に付け込むようで狡いけれど、僕は首を傾げてレンファを見た。結婚は無理かも知れない、それまでレンファがもつか分からないから。
だからせめて、終わりの日までは誰よりも僕の傍に居て欲しい。
レンファは少しだけ言葉に詰まったけれど、それでも小さく頷いてくれた。
お別れするのは明日の朝? 次の春? それとも、もっとずっと先――?
この子が動かなくなる日が、少しでも遠いと良い。
足元から、カサカサに乾燥した落ち葉が割れて砕ける音がする。今日は風が少ないから、森の中の空気は少し重苦しい。
――重いのは森じゃなくて、僕らの空気かな?
「……嫌なの?」
「え?」
なんだか落ち着かなくて、僕はカゴの中に入った根っこを見ながら訊ねた。
だってレンファは、ずっと死にたがっていたはずだ。
僕の思った通りに時間が動き始めているのだとしたら――たぶん、そのうちレンファの魂は〝魔女の家〟と同じことになる。でも、それが望みだったはずだ。
死にたくて、どうしても呪いを解きたくて、だから〝ゴミクズ〟を集め続けた。
いつまでも1人きりで世界に取り残されて、今までずっと寂しくて――どうしようもなかったんだろう。
「……たぶん、レンファの呪いは解けているよね?」
レンファはハッキリ答えなかった。でも、珍しく迷うみたいにウロウロと視線を漂わせた後――自信なさげに、頷いた。
「夜は意識を保っていられないし、朝もどうしても起きられないんです。私、この体で生まれてから、そんなことは一度もなくて。だって8つの時に森へ還って来て、冬を迎えるのは今年で3度目です。それなのに今年だけ急に、こんな――」
「……それは、嫌なことなの?」
「分かりません……ただ、君を……無責任に放り出して、そのまま終わりそうな気がするのは、少し気になります。左目はそんなになってしまって、結婚についても期待をもたせるようなことを言ってしまったから」
今レンファが抱いているのは、きっと僕に対する愛情じゃなくて罪悪感みたいなものだろう。セラス母さんがもう居ない妹に対して抱いているのと同じ。
可哀相、申し訳ないっていう、後ろめたさだけだ。
もし本当に呪いが解けているとしたら、僕はレンファにとって恩人らしい。だから僕の願い――結婚したいっていう願いを、叶えてあげても良いって言ってくれていたけれど。
「その新しい体に入っていても、ダメそう? 〝魔女の家〟は、呪いの影響でずっと同じ家が永遠に続いていたでしょう? 途中で建て替えした訳でも、補修した訳でもない。だけどレンファは中身が永遠なだけで、外身は――」
「たぶん、だからこそダメなんです。体は問題なくても、肝心の中身が――意識がどうなるか分かりません。もしかしたら、家と同じようにある日突然グシャリと潰れてなくなるかも知れないし、少しずつ活動時間が減っていつか目覚めなくなる日が来るかも知れません」
「それは……そうか。怖いね」
根っこから顔を上げると、レンファはすごく真剣な目で僕を見ていた。
なんだか、まるですっごく悪いことをしたからなんとか許してもらおうとしている人みたいだ。
僕は責める気なんてないのに――だって、レンファが終わりを迎えられるなら、それで良いんだから。
「今まで「今日も死ねなかった」だったのが……これからは毎日、死ぬかも知れないって思いながら生きるの?」
「そうなるかも知れませんね」
「もしそうなら、僕は君を助けられたのかな」
「アレク」
レンファが僕を救ってくれたように、僕もまたレンファを救えたのなら、それってすごく嬉しいことだ。
だけど、ああ――そうか。いつかこの子が動かなくなる日が来るんだって考えると、なかなかしんどいかもなあ。
ただ、先に分かっていれば心の準備ができるから。でも、準備ができるのは果たして良いことなのか?
――風が吹くと、頬っぺたがすごく冷たい。
不安な顔をしているレンファを少しでも安心させたくて、笑った。でも顔を動かすと、余計に頬っぺたが冷たくなった気がした。
泥一つついてない真っ白な手で頬を拭われて、僕の方がお兄ちゃんなのになって、情けない笑い声が漏れた。
「なんの準備もできないまま突然死なれるのと、そのうち死ぬよって知らされた上で死なれるのは……どっちが寂しい?」
「ごめんなさい、私には分かりません」
「今までずっと置いて行かれて、その時の寂しさはどうしてた?」
「分かりません……だけど――ただ、いつも時間だけが解決してくれました。人と別れるのは、人が居なくなるのは、慣れるしかないんです。でも私、置いて行くのは初めてで――どうしたら良いのか、気持ちの置き場所がなくて」
レンファはただ僕の頬を拭って「ごめんなさい」って謝り続けた。
謝って欲しい訳じゃない。それは、できればもっと長く一緒に居て欲しいけれど、一瞬だけ浮かんだ「こんなことなら、呪いなんて解くんじゃなかった」っていう思いには、すぐに蓋をした。
こんなこと、考えたらダメだ。この思いだけは死ぬまで誰にも言わないよ。
「――じゃあ、レンファが動かなくなるまで、僕と一緒に居てくれる……?」
なんだか人の弱み――罪悪感に付け込むようで狡いけれど、僕は首を傾げてレンファを見た。結婚は無理かも知れない、それまでレンファがもつか分からないから。
だからせめて、終わりの日までは誰よりも僕の傍に居て欲しい。
レンファは少しだけ言葉に詰まったけれど、それでも小さく頷いてくれた。
お別れするのは明日の朝? 次の春? それとも、もっとずっと先――?
この子が動かなくなる日が、少しでも遠いと良い。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる