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最終章
1 幸せな家庭
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あれからまた随分と時間が経って、魔女の森は平和そのものだ。
あの日以来ジェフリーは――あの家族は、約束通り一度も姿を見せなかった。
ジェフリーは間違いなく死んだだろう。他の2人は分からないけど、彼らもまた死にそうな見た目をしていたからね。結局、村八分にされたままコロッと死んでいそうだ。
僕たちの邪魔さえしなければ、生きていようが死んでいようが関係ない。本当に、ひとつも、何も関係ない。清々しいほどにね。
セラス母さんとゴードン父さんは、若かった頃の想い? 大昔から両想いだったのに、叶わなかった青春? を取り戻そうとしているのか、ますます仲睦まじくてちょっと面倒くさい。
僕の子供たちも「仲が悪いよりは良いけど、爺ちゃん婆ちゃんってなんか暑苦しいよね。年甲斐もなく……」なんて言っている。
血のつながりはないけれど、僕たちは本物の家族だ。母さんと父さんは息子の僕よりも孫の方が可愛いみたい。まあ、もういい大人だから僕は気にしてない。
不貞腐れてなんかいないぞ!
――ぽっかりと穴が開いた左の眼孔には、街でつくった義眼を嵌めた。
着床台っていうのを穴に入れる手術が一番怖かったよ。いや、麻酔で意識を失っていたから、寝ている間に全部終わっていたんだけどさ。
失ったのは目玉だけで、幸いどこか他の神経を傷付けたり異常をきたしたりってのはなかった。
本当にゴミひとつで家族の平穏を守れたんだから、儲けものだと思う。父さんの影響か、最近の僕の考え方は商人よりで少しケチくさい。
生きるのに必要なお金を稼ぐ程度に商会の仕事をして、街の学校に通う子供たちの送迎をして――ルピナが店長になった花屋で花を買っては、指輪にしてレンファに贈る。
実は、たった一度だけ指輪を贈れなかった日があるんだ。ジェフリーに目を渡したあの日だよ。
あの日以来レンファは「次はありません。もし今後1日でも指輪を欠かしたら結婚しませんし、結婚したあとは離婚します」って言って聞かない。
しかも、あの時渡すつもりだった青色のビオラに罪はないのに「こんな縁起の悪い花はダメです」って、二度と受け取ってもらえなくなった。
だから僕は、毎日必死になって指輪を贈った。
たまに子供たちが面白がってレンファを森へ隠したり、街でどうでもいい用事を次から次へと頼んで、家に帰れないようにしたり――なかなか酷い悪戯をされることもあったけど、僕は負けなかったよ。
花でつくった指輪のビン詰めは、もう数えきれないくらいだ。
枯れた花に価値はないし、置き場所にも困るから「古いのは捨てる?」って提案したんだけど――レンファから「最低」って言葉と強めの張り手を食らったので、もう二度と言わない。
仕方ないから家の外に蔵を建てて、花のビン詰め置き場にした。僕とレンファの価値観の相違は、いまだにある。たぶん死ぬまで? 死んでも交わらない部分が多々あるだろう。
特に〝ゴミ〟に関する価値観が違うのかな――レンファは冷たい見た目をしているけれど、根本的に優しくて温かい人間だ。
僕は人畜無害そうな見た目をしているけれど、その中身は結構腐っていると思うんだよね。こればかりは死ぬまで改善できない〝問題〟だ。育った環境があんなんじゃあ仕方がない。
レンファは、人や人の想いが込められたものをゴミだと思えない。
打って変わって僕は――あんまり言うと、自分はただの下衆だって告白になっちゃうか? とにかく僕らは、考え方も感じ方も全く違う。
それでも本当に大好きで、ここまで長生きしてくれたことを心の底から嬉しく思う。
◆
「――熱、下がらないね」
ベッドに横たわるレンファは、赤い顔をして苦しそうだ。
彼女はもう1週間以上、原因不明の高熱に喘いでいる。街医者に見せてもダメで、もっと大きな街へ行ってもダメだった。
本人が言うには「いよいよでしょうね」らしい。
11歳の時点で「もうダメかも」って言っていたんだ。それが30歳半ばまで耐えたんだから、十分だろう。
「……十分なもんか」
自分の耳にさえ上手く届かないような声で呻く。
人生はまだ長いはずだ。これから何年、何十年と続くのに――僕はその続きを、レンファ抜きで歩かないといけない。
ひとつも満ち足りてない。際限なく幸せが欲しくなるくせに、十分だなんてふざけるな。自分で自分に悪態をついた。
――レンファは頑張って、3人の子供を残してくれた。
この先僕に「もしも」があって、彼女の帰りを待てなかったとしても、子供たちが居れば安心だ。
だけど、もしかするとレンファは――僕が1人でも寂しくないように子供を生んでくれたのかも知れないな。
薄っすらと開かれたキツネ目は元気がない。熱をもつおでこに絞ったばかりのタオルを載せた。
死を目前にしながらも、ずっと気丈に平気なフリをしていたレンファ。
でもその目尻から透明な水が流れたのを見て、僕は「ああ、ついに折れてしまった」と思った。
「――死にたくない……」
虚ろな眼差しで見られて、僕は堪らなくなった。
ずっと聞きたいと思っていた言葉を聞けたのにひとつも嬉しくなくて、つい「いかないで」を言いかける。
僕は慌てて閉口して、レンファの手を握った。
「エルトベレ、皆を呼んでくるんだ……レンファが終わる。皆で見送ろう」
背後で鼻をすする音がして、ドタドタと大きな足音が少しずつ遠くなっていく。
あの日以来ジェフリーは――あの家族は、約束通り一度も姿を見せなかった。
ジェフリーは間違いなく死んだだろう。他の2人は分からないけど、彼らもまた死にそうな見た目をしていたからね。結局、村八分にされたままコロッと死んでいそうだ。
僕たちの邪魔さえしなければ、生きていようが死んでいようが関係ない。本当に、ひとつも、何も関係ない。清々しいほどにね。
セラス母さんとゴードン父さんは、若かった頃の想い? 大昔から両想いだったのに、叶わなかった青春? を取り戻そうとしているのか、ますます仲睦まじくてちょっと面倒くさい。
僕の子供たちも「仲が悪いよりは良いけど、爺ちゃん婆ちゃんってなんか暑苦しいよね。年甲斐もなく……」なんて言っている。
血のつながりはないけれど、僕たちは本物の家族だ。母さんと父さんは息子の僕よりも孫の方が可愛いみたい。まあ、もういい大人だから僕は気にしてない。
不貞腐れてなんかいないぞ!
――ぽっかりと穴が開いた左の眼孔には、街でつくった義眼を嵌めた。
着床台っていうのを穴に入れる手術が一番怖かったよ。いや、麻酔で意識を失っていたから、寝ている間に全部終わっていたんだけどさ。
失ったのは目玉だけで、幸いどこか他の神経を傷付けたり異常をきたしたりってのはなかった。
本当にゴミひとつで家族の平穏を守れたんだから、儲けものだと思う。父さんの影響か、最近の僕の考え方は商人よりで少しケチくさい。
生きるのに必要なお金を稼ぐ程度に商会の仕事をして、街の学校に通う子供たちの送迎をして――ルピナが店長になった花屋で花を買っては、指輪にしてレンファに贈る。
実は、たった一度だけ指輪を贈れなかった日があるんだ。ジェフリーに目を渡したあの日だよ。
あの日以来レンファは「次はありません。もし今後1日でも指輪を欠かしたら結婚しませんし、結婚したあとは離婚します」って言って聞かない。
しかも、あの時渡すつもりだった青色のビオラに罪はないのに「こんな縁起の悪い花はダメです」って、二度と受け取ってもらえなくなった。
だから僕は、毎日必死になって指輪を贈った。
たまに子供たちが面白がってレンファを森へ隠したり、街でどうでもいい用事を次から次へと頼んで、家に帰れないようにしたり――なかなか酷い悪戯をされることもあったけど、僕は負けなかったよ。
花でつくった指輪のビン詰めは、もう数えきれないくらいだ。
枯れた花に価値はないし、置き場所にも困るから「古いのは捨てる?」って提案したんだけど――レンファから「最低」って言葉と強めの張り手を食らったので、もう二度と言わない。
仕方ないから家の外に蔵を建てて、花のビン詰め置き場にした。僕とレンファの価値観の相違は、いまだにある。たぶん死ぬまで? 死んでも交わらない部分が多々あるだろう。
特に〝ゴミ〟に関する価値観が違うのかな――レンファは冷たい見た目をしているけれど、根本的に優しくて温かい人間だ。
僕は人畜無害そうな見た目をしているけれど、その中身は結構腐っていると思うんだよね。こればかりは死ぬまで改善できない〝問題〟だ。育った環境があんなんじゃあ仕方がない。
レンファは、人や人の想いが込められたものをゴミだと思えない。
打って変わって僕は――あんまり言うと、自分はただの下衆だって告白になっちゃうか? とにかく僕らは、考え方も感じ方も全く違う。
それでも本当に大好きで、ここまで長生きしてくれたことを心の底から嬉しく思う。
◆
「――熱、下がらないね」
ベッドに横たわるレンファは、赤い顔をして苦しそうだ。
彼女はもう1週間以上、原因不明の高熱に喘いでいる。街医者に見せてもダメで、もっと大きな街へ行ってもダメだった。
本人が言うには「いよいよでしょうね」らしい。
11歳の時点で「もうダメかも」って言っていたんだ。それが30歳半ばまで耐えたんだから、十分だろう。
「……十分なもんか」
自分の耳にさえ上手く届かないような声で呻く。
人生はまだ長いはずだ。これから何年、何十年と続くのに――僕はその続きを、レンファ抜きで歩かないといけない。
ひとつも満ち足りてない。際限なく幸せが欲しくなるくせに、十分だなんてふざけるな。自分で自分に悪態をついた。
――レンファは頑張って、3人の子供を残してくれた。
この先僕に「もしも」があって、彼女の帰りを待てなかったとしても、子供たちが居れば安心だ。
だけど、もしかするとレンファは――僕が1人でも寂しくないように子供を生んでくれたのかも知れないな。
薄っすらと開かれたキツネ目は元気がない。熱をもつおでこに絞ったばかりのタオルを載せた。
死を目前にしながらも、ずっと気丈に平気なフリをしていたレンファ。
でもその目尻から透明な水が流れたのを見て、僕は「ああ、ついに折れてしまった」と思った。
「――死にたくない……」
虚ろな眼差しで見られて、僕は堪らなくなった。
ずっと聞きたいと思っていた言葉を聞けたのにひとつも嬉しくなくて、つい「いかないで」を言いかける。
僕は慌てて閉口して、レンファの手を握った。
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