20 / 201
仇討
二十.姫路の秀吉
しおりを挟む
天正十年六月七日 卯の刻
「とのっ・・・、とのっ・・・。」
(女子の声がするのぉ。わしを呼んどる。)
「とのっ・・・、夜が明けましたよ・・・。」
(起こしとるようじゃなぁ、わしは寝とるんかぁ。)
「とのっ・・・、とぉのぉっ・・・。」
(えっとここは何処じゃっけ。わしは何をしておったんじゃっけ・・・。そうじゃっ。)
秀吉が眼を覚ます。一人の女性が仰向けの秀吉を覗き込んでいる。
(はてっ、誰じゃっけ・・・。)
女性が身体を戻すと、秀吉はゆっくり起きる。武具は全て外されて、真新しい下着を纏っているが、褌は濡れたままである。秀吉は杉の香を感じ取りながら部屋を見回し、どうやらここは姫路の城らしいことに気付く。着替えを支度する女性をじっと眼で探り、ようやく思い出す。
「みつ殿かぁ。」
「ようやくお目覚めになられましたな。」
笑顔の女性は、官兵衛の奥方である。利口でありながら、少し勇ましいところがあり、秀吉の好みではないが、きびとした振る舞いは武将の妻として好感が持てる。
「湯風呂の支度が整っておりますので、お疲れをお取り下さいませ。」
みつの手元には湯帷子が用意されている。秀吉はまだ現状が呑み込めていない。
「わしはいつから寝ちょった・・・。」
みつは秀吉の戸惑いを察する。
「昨晩でございます。四つ頃だったでございましょうか。皆さまずぶ濡れでございました。城の者総出で殿をお迎えいたしましたら、殿は『明けたら起こしてくれ』と申されながら、門を入られたところでお倒れになりました。そしたら、大きな鼾が聞こえてきて・・・。」
隠れるように笑うみつに、秀吉は恥ずかしがる。
「そうであったか。そっ、そりゃぁ、醜態を見せてしもうたのぉ。」
秀吉はようやく外は雨が降り続いていることに気づく。
「『醜態』などと、とんでもございませぬ。事情は夫から訊き及び、皆も知っております。」
「官兵衛から・・・。わしが着く前にもう知っておったか。」
秀吉は官兵衛とみつの手際の良さに感服する。
「はい。夫より、本丸に入って殿の御世話をするように仰せつかっております。湯風呂からお上がりになられたら、朝餉をお召し上がりくださいませ。」
「官兵衛は戻っているのか。」
「いえ、昨夜は雨が一段とひどかったので、あのお身体ですからどこかで立ち往生されてるのでございましょう。まだこちらには着いておりません。」
「そうか、早う着いて、官兵衛にも休んでもらわんとのぉ・・・。みつ殿、これからしばらくこの城は騒がしゅうなる。よろしく頼むわぁ。」
と甘えた声で秀吉が頼むと、みつはきりと云い切る。
「さすれば、わたくしに奥をお任せいただけませんでしょうか。」
少し唖然とする秀吉だが、
「もう既に仕切っておるんじゃろう。」
と云って、二人で笑う。みつが用意した湯帷子を手にした秀吉が尋ねる。
「誰が戻ってきておるか分かるか。」
「小一郎様は姿はお見かけしますが、城に出たり入ったりと、何やら忙しないご様子で動き回られてございます。」
秀吉は鼻息を一つ漏らす。
「小一郎らしいのぉ。じゃがあやつにも休んでもらわないかん。わしが呼んどると伝えてくんろ。そいで他のもんはどうじゃ。」
「一刻ほど前から秀勝様が別間でお待ちでございます。」
秀吉は驚く。
「何ぃっ、秀勝殿が・・・。思うたより早よ着かれたのぉ。」
みつは申し訳なさそうに、秀吉に説明する。
「『殿は今しばらくお休みにございます』とお伝えしたのですが、『ここで待つ』と仰せになりまして・・・。」
秀吉は同情する。
「無理もねぇ。実の父と兄が討たれたんじゃ。じっとしとれん思いじゃろう。」
秀吉は少し考え込み、みつに告げる。
「湯浴びは後じゃ。先に秀勝殿に会おう。」
「とのっ・・・、とのっ・・・。」
(女子の声がするのぉ。わしを呼んどる。)
「とのっ・・・、夜が明けましたよ・・・。」
(起こしとるようじゃなぁ、わしは寝とるんかぁ。)
「とのっ・・・、とぉのぉっ・・・。」
(えっとここは何処じゃっけ。わしは何をしておったんじゃっけ・・・。そうじゃっ。)
秀吉が眼を覚ます。一人の女性が仰向けの秀吉を覗き込んでいる。
(はてっ、誰じゃっけ・・・。)
女性が身体を戻すと、秀吉はゆっくり起きる。武具は全て外されて、真新しい下着を纏っているが、褌は濡れたままである。秀吉は杉の香を感じ取りながら部屋を見回し、どうやらここは姫路の城らしいことに気付く。着替えを支度する女性をじっと眼で探り、ようやく思い出す。
「みつ殿かぁ。」
「ようやくお目覚めになられましたな。」
笑顔の女性は、官兵衛の奥方である。利口でありながら、少し勇ましいところがあり、秀吉の好みではないが、きびとした振る舞いは武将の妻として好感が持てる。
「湯風呂の支度が整っておりますので、お疲れをお取り下さいませ。」
みつの手元には湯帷子が用意されている。秀吉はまだ現状が呑み込めていない。
「わしはいつから寝ちょった・・・。」
みつは秀吉の戸惑いを察する。
「昨晩でございます。四つ頃だったでございましょうか。皆さまずぶ濡れでございました。城の者総出で殿をお迎えいたしましたら、殿は『明けたら起こしてくれ』と申されながら、門を入られたところでお倒れになりました。そしたら、大きな鼾が聞こえてきて・・・。」
隠れるように笑うみつに、秀吉は恥ずかしがる。
「そうであったか。そっ、そりゃぁ、醜態を見せてしもうたのぉ。」
秀吉はようやく外は雨が降り続いていることに気づく。
「『醜態』などと、とんでもございませぬ。事情は夫から訊き及び、皆も知っております。」
「官兵衛から・・・。わしが着く前にもう知っておったか。」
秀吉は官兵衛とみつの手際の良さに感服する。
「はい。夫より、本丸に入って殿の御世話をするように仰せつかっております。湯風呂からお上がりになられたら、朝餉をお召し上がりくださいませ。」
「官兵衛は戻っているのか。」
「いえ、昨夜は雨が一段とひどかったので、あのお身体ですからどこかで立ち往生されてるのでございましょう。まだこちらには着いておりません。」
「そうか、早う着いて、官兵衛にも休んでもらわんとのぉ・・・。みつ殿、これからしばらくこの城は騒がしゅうなる。よろしく頼むわぁ。」
と甘えた声で秀吉が頼むと、みつはきりと云い切る。
「さすれば、わたくしに奥をお任せいただけませんでしょうか。」
少し唖然とする秀吉だが、
「もう既に仕切っておるんじゃろう。」
と云って、二人で笑う。みつが用意した湯帷子を手にした秀吉が尋ねる。
「誰が戻ってきておるか分かるか。」
「小一郎様は姿はお見かけしますが、城に出たり入ったりと、何やら忙しないご様子で動き回られてございます。」
秀吉は鼻息を一つ漏らす。
「小一郎らしいのぉ。じゃがあやつにも休んでもらわないかん。わしが呼んどると伝えてくんろ。そいで他のもんはどうじゃ。」
「一刻ほど前から秀勝様が別間でお待ちでございます。」
秀吉は驚く。
「何ぃっ、秀勝殿が・・・。思うたより早よ着かれたのぉ。」
みつは申し訳なさそうに、秀吉に説明する。
「『殿は今しばらくお休みにございます』とお伝えしたのですが、『ここで待つ』と仰せになりまして・・・。」
秀吉は同情する。
「無理もねぇ。実の父と兄が討たれたんじゃ。じっとしとれん思いじゃろう。」
秀吉は少し考え込み、みつに告げる。
「湯浴びは後じゃ。先に秀勝殿に会おう。」
1
あなたにおすすめの小説
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる