23 / 129
第二章 社畜と新しい彼女と親子仲のかたち
3.バリキャリ母と高級ホテル
しおりを挟む理瀬の母親が滞在しているホテルは新橋にあった。
新橋や有楽町のあたりは取引先が多く、なにより豊洲から有楽町まで電車一本なのでよく知っている。接待でよく使う飲み屋リストがうちの部署に存在するくらいだ。
豊洲がハイ・ソサエティ(ぶっている)街だとすれば、新橋はごく平均的な日本のサラリーマンの街だ。
高級店で染められているのは銀座のあたりだけで、新橋にあるほとんどの会社は俺の会社と同じく、ごく平均的な大企業。年収は悪くないが、そこまで高くない。平社員なら豊洲のタワーマンションを買えるような年収にならず、千葉や埼玉、西東京あたりから満員電車に乗って通勤しなければならない。
飲み屋は単価高めの店もあるが、ものすごく安い店も多い。ほとんどのサラリーマンはお小遣い制だから、いかに安くアルコールを摂取するかが大事なのだ。普段酒を飲まない俺にはどうでもいい話だが、取引先との二次会で「いつもの店」と言われて二千円でおつまみつき二時間飲み放題の店へ連れて行かれた時、この人たちも苦労しているなあと思ったものだ。
一方で、大企業の役員クラスはそれなりの金持ち。大きな会社ほど、見栄を張るために高いレストランやホテルを使用する。会社の金で、だ。
理瀬の母親が滞在しているのは、新橋駅から徒歩十分ほどのところにある高級ホテル。駅からちょっと遠いな、と思ったがよく考えたら本物の金持ちはハイヤーで送迎されるから、騒々しい駅からは離れていたほうがいいのだ。一泊いくらするのか、出張の時によく使うホテル予約アプリで調べたらそもそも登録されていなかった。世界が違うのだ。
平日の夜八時。俺はホテルのラウンジバーに向かい、スタッフに待ち合わせしていると伝えた。
理瀬の母親――常磐和枝は、カウンター席でカクテルを飲んでいた。
「ふふ。ごめんなさいね、先に飲んじゃった」
俺は言葉を失っていたのだが、それは先に飲み始めていることに対してではない。四十代半ばだという和枝はとても若く、そして美しく見えた。理瀬は同年代にしては少し大人っぽい感じで、和枝もまたいい大人の色気を感じさせるのだが、『老い』が全く感じられない。
ベテランの映画女優のように、洗練された美しさだった。
こんな人の隣に、しかも超高級ホテルで一緒に酒を飲んでいてもいいのか、と俺は戸惑いながらも、和枝の隣に座った。
「はじめまして。あたしは常磐和枝。常磐理瀬の母親です。あなたのことは、理瀬からいろいろ聞いています」
「宮本剛です。理瀬さんにはお世話になってます」
「とんでもない。お世話になっているのは理瀬のほうよ。病気の理瀬を助けてくれたのも、一人暮らしの知恵を教えてくれたのもあなたでしょう」
理瀬の家でシェアハウスという名のヒモと化していることを怒られるかと思ったら、むしろ感謝されているらしい。
「なにか飲む? あたしの会社のお金で出すから、遠慮しないでいいわよ」
「それ大丈夫なんですか……」
うちの会社にも接待費はあるのだが、私用で使ったら大問題になる。最悪、業務上横領罪で検挙されたうえにクビだ。
「お硬い日本の大企業とは違うのよ。何が飲みたい?」
「バーとかあまり来ないんでよくわからないんですけど、ウィスキーをロックでもらえますか」
「いいわね。飲める男は好きよ。マスター、おすすめのスコッチをロックでお願い」
ほどなくして、ダブルグラスにゴルフボール並に大きい氷が入ったウィスキーが出てきた。本格的なバーだとこんな風に出てくるんだ。すげえ。
「バーには来ないの?」
「酒はあまり飲まないんです。取引先との付き合いで安い居酒屋へ行くくらいで」
「でもウイスキー飲んでるじゃない」
「あまり酔わないんですよね。ビールとかだと全然酔わなくて、濃い酒じゃないと」
「すごいわね、それ。私なんて、付き合いがあるのにお酒弱いから若い頃はだいぶ苦労したわよ。今は慣れたけどね。欧米系の男って、ウィスキーをストレートで飲むのよ」
「流石にそこまでではないですね……」
和枝はとてもオープンな感じの人で、年の差がある俺とも距離感を感じさせない話し方だった。うっかり俺のほうがタメ口になってしまいそうなほどだ。
「俺のこと、疑ってはいないんですか?」
ウイスキーが少し回り、明日も仕事ということもあって、いちばん聞きたいことを早めに持ちかける。
「疑ってるに決まってるじゃないの。男が女に近寄る目的なんて体しかないんだから」
「じゃあ、なんで俺と理瀬さんとのシェアハウスを許可したんですか?」
「あの家はあの子のものだから、あたしが決めることじゃないからよ」
「あの家を買うお金を稼いだのが理瀬さんだから、というのはわかりますけど、やっぱり大人の男との同棲なんて、母親なら何が何でも阻止すると思います」
「初めはそのつもりだったわ。異性と同居するリスク、特に性的なことに関してはメールと電話で真剣に伝えた。自分がそう思ってなくても相手のスイッチが入ってしまうこともあるってね。実際、あの子も思い当たるところがあったみたいよ」
「あ、あったんですか……」
俺はただただ冷や汗をかいていた。理瀬と俺は十歳以上離れているが、和枝さんは俺から見て一回り大人。『友達のかーちゃん』みたいなもの。
普段は大人として子供の理瀬と話している俺が、今日ばかりは子供に戻り、理瀬の母親という大人にやり込められている。そんな感じで、非常に居心地が悪い。
「でもね、あの子の意思がものすごく硬かったのよ。宮本くんはすごくいい人で絶対にそんなことはないって。あの子も一人暮らしを始めて、自分がまだ子供で、周りに支えてくれる大人が必要だということを理解したみたいね。あたしがアメリカに行くと決めてしまった以上、日本に戻ることもできなかったし。そこまで言うなら、ということで許可したわ」
「それは、俺も感じていました。放っておけなかったんです、本当に」
「そんな真面目な顔で言わなくても、あなたが理瀬を助けたいだけだということは疑っていないわよ。理瀬はなんだかんだで、人とお金を見る目のある子だから。あたしと一緒でね」
「俺だけならともかく、篠田と……俺が交際している女性とまで同居を認めたのは?」
「そこは深く考えなかったわ。あなたのガールフレンドがそばにいれば、理瀬が襲われるリスクは減る。まさか本命の彼女のすぐ近くで別の女に手を出したりしないでしょうからね。それに理瀬にとっても、大人の女性が近くにいた方がいい。どんなに宮本くんが優しくても、女の子にしかわからないこともあるから。増えるリスクといえば、近くでいちゃいちゃされて理瀬が居づらくなることくらいよ」
俺と理瀬との間に起こっている異常な状況を、おそろしく論理的に解釈して説明している。
理瀬が俺に話す時と同じだ。やはり親子だな、と俺は思う。
「まあ、とはいえ一度本物の宮本くんを見て確かめたかったのも本当よ。見た目は悪くないし、お酒も飲めるし、何も問題なかったけどね」
「酒が飲めるのは、理瀬の事と関係ないような……」
「あの子、小学生の頃に麦茶と間違えてあたしのウィスキーをぐいっと飲んじゃったんだけど、にがっ、って言っただけで全然酔わなかったのよ。相当強いわよ、きっと」
「だからって、未成年に酒を飲ませるのはだめですよ。昔は就職したら、とか大学生になったら、とか言って飲ませてたみたいですけど、今は会社でも大学でも二十歳厳守ですからね」
「えっそうなの? 時代は変わったわね」
……まあ、俺も酒覚えたのは大学に入学してすぐだったし、偉そうなことは言えないんだけど。ここ数年で、タバコとアルコールに関するモラルは急激に進化している。
「豊洲のマンションにはいつ来るんですか?」
「えっ?」
俺はもうひとつ気になっていたことを聞いた。和枝さんと二人で会うのと、理瀬と篠田を加えて話すのでは全然、状況が違う。篠田は間違いなくテンパるし(あるいは状況が特殊すぎて、どうしたらいいのかわからなくて黙りこむかもしれない)、理瀬が俺のことをどんな風に言うかは想像もできない。その日がわかるのなら、早めに知りたかった。
しかし、和枝さんは少し驚いた顔をしていた。
「マンションを見てみたい、って理瀬に言ってたんじゃないんですか?」
「そうだったかしら。部屋は完成した時に理瀬と一緒に見たし、家具を揃えるのも二人でやったから、もう見るところはないのだけど」
「俺や篠田が入ったことで、生活感がどう変わっているか確かめたいんじゃないんですか」
「そこは気になるけど、宮本くんと話すくらいでいいと思うわ」
「というか、日本に帰ってきてから理瀬と直接話してませんよね? いくら俺のことが気になっても、普通は娘と先に会うもんじゃないんですか?」
「スケジュールが詰まってて、基本ホテルから出られないの。今日だって、夜中から急に働けって言われるかもしれない。本社があるアメリカとは時差があるから。そこに無理やりスケジュールをねじ込んだのよ」
「同じようにして、理瀬さんをホテルに呼べばいいじゃないですか」
「……あの子は、あたしになんて、別に会いたくないわよ」
今日の会話のなかで、俺は始めて、和枝さんの態度に違和感を覚えた。
理瀬は、自分の母親のことを誇りに思っている。だからこそ単身アメリカに渡るという選択を認め、自分は一人暮らしをするという大胆な提案をした。
会ってはいないもののメールや電話で普段からやり取りしている和枝さんは、そのことを理解していると思っていたが。
今の和枝さんは、どこかよそよそしく、理瀬を遠ざけたい感じすらあった。
「そんなことないと思いますけど」
「実際、理瀬から私に会いたい、って言ってきたことないもの」
「それは理瀬さんが遠慮してるんですよ。和枝さんは忙しいし、そうでなくても難しいお年頃で、母親へストレートに甘えるのは少し恥ずかしいんでしょう」
「あたしはストレートに伝えられた意思しか受け取らないことにしてるの」
そう言って和枝さんは席を立ち、マスターにお勘定、と告げた。
「今日はもう遅いから、ここまでにしましょう。理瀬によろしくね、Good night」
和枝さんはかなり飲んでいたが、しっかりとした足取りでバーを出た。
俺はカウンター席に残り、まだ半分残っているウィスキーをすすりながら、理瀬と和枝さんが親子として暮らしている姿を想像してみた。どうやってもうまく想像できなかった。
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる