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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ
21.社畜と女子高生と工事現場
しおりを挟む店の中から岩尾たちが車で出ていくのを見送った後、俺たちも店を出た。ちなみに岩尾の車は軽トラだった。いつの間にかワイルドな方向に進化しているのだな、と俺は感心した。
店を出て、車を理瀬のホテルがある市内中心部へ向け走るが、二人ともしばらく無言だった。
「……あの、宮本さん」
「な、何だ?」
「怒ってますか?」
「えっ? 別に怒ってないけど。というか、俺が怒られるのかと思ってたんだけど。お前をしばらくほったらかしにして」
「それは別に気にしてませんよ。昔の知り合いと会ったら、話くらいすると思うので」
どうやらお互いに『相手が怒っている』と思っていたらしい。二人とも怒られるのではないか、と思って言葉が出なかったのだ。
「なんで俺が怒ってると思ったんだ?」
「宮本さんの彼女です、って勝手に言ったからですよ」
「あー、それな。そこは正直助かったと思ってる。俺とお前の関係を正確に話したら長くなるし、全部話しても信用してくれるとは限らない。妹だよ、とか大嘘つこうと思ったけど、あいつら高校時代からの知り合いだから、俺の妹のことも地元のつながりで知ってるかもしれない。だからどうしようか迷ってたんだ。適当に『親戚の子』って言うくらいしか思いつかなかったんだけど。理瀬からああ言ってくれて助かった」
「……」
「ん、どうした?」
「怒ってますよ」
「えっ、なんで?」
「……やっぱり気のせいですよ」
機転を利かせてくれたことを褒めたのだが、理瀬は難しい顔をしてそれ以上話さなかった。
「せっかくだし、夜景でも見るか? 腹ごなしにちょっと散歩しようぜ」
「……いいですよ。どこから見るんですか?」
「眉山だな」
眉山とは、徳島市の市街地のすぐ隣にある小さな山だ。昔さだまさしが書いた小説の舞台にもなった。三百メートル弱の標高があり、夜景を見るにはうってつけなのだ。
山頂へ向かう急な山道を登る。途中でイノシシが出てきて一度急ブレーキを踏んだ以外は、順調に走った。理瀬はすごく驚いていた。
眉山の展望台は、車で行けることもあり人気のスポットだ。夜でもカップルや、元気の有り余る若者たちで賑わっている。
ここの夜景は、東京ほどではないが、吉野川にかかる橋なども見え、徳島市ならではの景色を楽しめる。
俺は目をこらして、吉野川の河口近くを確認した。
徳島にいた頃にはなかった新しい高速道路が、そこで建設されている。
川幅が一キロメートル以上ある吉野川に新しい橋をかけるという大工事で、吉野川北岸の川内町から南岸の沖洲まで、粛々と建設が進められている。
「理瀬。明日の予定は?」
「特に決まってませんよ。宮本さんは、大晦日くらい家族と過ごしますよね」
「ああ。夕方からは家族と過ごすよ。午前中から昼過ぎまで暇だから、ちょっとあのあたりに行ってみたいんだ」
「こんな暗い時に指差されても、よくわかりませんよ」
「だろうな。吉野川の河口のあたりで、新しい高速道路を作ってるんだよ。そこへ行きたい」
「宮本さん、高速道路マニアなんですか?」
「別にそういう訳じゃないが……理瀬が知りたいこと、あそこで教えられるかもしれない」
理瀬は急にきゅっ、と自分のコートの裾をつかんだ。この時、なぜ理瀬がそんな反応をするのか、わからなかった。
** *
翌朝。
ホテルで理瀬を拾い、吉野川の河口付近へ向かった。
俺が徳島を出たあとに完成した阿波しらさぎ大橋というきれいな橋を渡り、北岸側に到着。阿波しらさぎ大橋は現在、最も河口側にある橋なのだが、高速道路の吉野川大橋はそれよりさらに河口側にある。吉野川最長の橋となるだろう。
阿波しらさぎ大橋を渡ったあと、吉野川の堤防沿いの道を東へ進んだ。河口付近は目立った集落もなく、田んぼが広がっている。
吉野川河口付近では、たしかに巨大な橋の架橋工事が行われていた。俺は迷惑にならないよう、広い道路の端に車を停め、吉野川の高い堤防へ二人で歩いて昇った。
「うおー、いつのまにかこんな事になってたのか」
堤防から高速道路が作られている様子が俯瞰できた。田んぼだったところが高速道路のルートに沿って線を引かれ、今は鉄板敷の道になっている。これから地面を均して、上に道路を作るのだ。
「……ここが、どうして、私の知りたい宮本さんのこととつながるんですか」
「ああ。お前の知りたいことって、確か、俺が今の仕事を続ける理由だったよな……あっ」
二人で高速道路の建設現場を眺めていると、堤防のすぐ下を紺色のユニック車が通っていった。荷台のところに『宮本組』と書かれていた。
「あのトラックがどうかしましたか?」
「宮本組って書いてただろ。あれ、うちのじいちゃんの兄貴がやってた会社なんだ。昨日会った岩尾っていう高校時代の友達が、そこで働いてる。それを見て思ったんだよ。俺が今の仕事を真面目に続けている理由、じいちゃんの影響じゃないかって」
「おじいさん、ですか?」
「ああ。理瀬には話してなかったな。俺の両親は共働きだから、じいちゃんとばあちゃんが家にいて俺の面倒見てくれてたんだよ。俺が小学生くらいの頃までじいちゃんは仕事してた。じいちゃんはああいう土木工事の現場監督でな。毎日、早起きして現場行ってたよ。実際にじいちゃんが働く姿を見た事はないんだが、とにかく当時は、真面目に働くじいちゃんを尊敬してたし、じいちゃんからも『誰かが真面目に働かないと、世の中が回らない』とか、『若い時の苦労は買ってでもしろ』とか言われてた。その時のすり込みだよ、俺が社畜を続けるのは。俺の今の仕事、業種が違うとはいえ、インフラに関わる仕事だからな」
「……照子さんとのバンド活動を断ったのも、その影響ですか」
理瀬が重い口調で聞いてきた。もしかしたら、仕事を続けている理由よりも、そのことが一番気になっていることなのかもしれない。
「当時の俺が明確にそう思っていたのかと言われると、正直なんとも言えない。もう思い出せないんだよ、そんな昔のことは。でも、言われてみれば、芽が出るかわからない歌手なんかになるより、社会のために真面目に働くほうが優先だ、って思ってたかもな。まあ、実際には照子のほうが多くのファンに楽しい時間を与えて、俺なんかよりずっと社会の役にたってるし、別にアーティストになることが悪いという訳じゃない。あえて言うなら、俺がじいちゃんから受け継いだ古い思想から抜け出せなかったんだ」
理瀬は俺の言葉を真剣に聞いていた。工事現場では、巨大なダンプカーが砂を積んであちこち往復している。俺たちはそれを眺めながら、しばらく無言で立っていた。
「……ありがとうございます。なんとなく、わかりました」
「これでいいのか?」
「はい。これで、私が知りたかったことは全部、わかりました。宮本さんに教わることはもうないと思います」
突然、俺を突き放すようなことを言う理瀬。
いつかその時が来る、とは思っていたが、たった一度の説明でこうなるとは思わなかった。わかっていたはずなのに、急に寂しくなる。吉野川河口でいつも吹いている突き刺すような冷たい風が、寂しさをさらに助長させる。
「宮本さんは、このあとはしばらく実家にいますよね」
「そうだよ」
「私、明日の飛行機で東京に戻ります。昨日見たら奇跡的に空きがあったんです。お母さんは許してくれましたけど、やっぱりお正月くらい自分の家族と過ごした方がいいかなって。宮本さんが徳島に来てからすごくリラックスしているのを見て、そう思ったんですよ」
「えっ、俺そんなにリラックスしてる?」
俺としては、数年ぶりに会う両親や妹とどんな顔をして話せばいいか、悩んでいたくらいなのだが。理瀬の目にはそう映っていたらしい。
「私のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございました」
風が吹きすさぶ堤防の上で、理瀬は深々とお辞儀をした。風のせいできれいなセミロングの髪がよじれ、顔にかかっていた。それはお世辞にもきれいな姿ではなかったが、ああ、女子高生って何をしてもこういう不完全な感じになるんだよな、と俺は思った。それは、俺が今生きているアラサーの世界とは、もはや全く異なる世界のことだった。俺がそこに戻ることは、できそうになかった。
徳島では、これで理瀬と別れることになった。昼飯に徳島ラーメンを食ったあと(理瀬はけっこう気に入っていた)、ホテルに送り、それ以降理瀬と会うことはなかった。
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