今宵、月あかりの下で

東 里胡

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1.東京の夜空

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「ホント、ごめんねえ、風花ちゃん。ちゃんと暖まった? 私のパジャマでかくない?」

 私とは真逆のモデル体型の女性が、温かなココアを淹れてくれた。
 裾と袖口と胸元が少々余っていることを、悟られないようにごまかし笑いで首を横に振る。

「ドライヤー使えば良かったのに」

 彼女は濡れたままのショートボブの私の髪を、バスタオルで優しく拭いてくれた。

「ったく、しょうにいは何やってんだか。ビールなら家で飲めばいいのに、それに放り投げるだなんて、らしくない」

 さっきまで私に付き添ってくれてた彼と目元の似ている茶髪の男の子が、ごめんね、とおでこに冷えピタを貼ってくれた。
 
「ねえねえ、こうちゃん! 替えのシーツどこだっけ?」

 金髪ツインテールの可愛い女の子が、その彼の彼女のようだ。

「え? クローゼットになかったっけ? じゃあ、やっぱ納戸かも」

 二人はパタパタと二階へと続く階段を駆け上がっていく。

「ごめんね。うち居候が多くて、今納戸しか開いてないのよ。あ、でも納戸と言っても四畳半はあるし、エアコンつき、窓もあるからね? 押し入れみたいなのではないから」

 ごめんねと手を合わせる彼女に、またプルプルと首を振る。
 だって、お風呂やら布団やら、人間的生活は実に半月以上ぶりだったんだもの。
 しかも今夜からは、公園に宿を変えたところだ。
 インターネットカフェからお空の下にうつして、より野生に近い生活を始めたばかりで心細くて……。

「泊めていただき、本当にありがとうございます!」

 モデル体型のこの美人の女性は、私に缶ビールの雨を降らせた男性のお姉さんで、美咲みさきさんというらしい。
 長いまつげ、大きな二重の瞳が笑ったら、くしゃりと三日月みたいに細くなった。
 今、なぜ私がここにいるのか、時間は一時間前に巻き戻る。


 ***

 泣き止まない私に付き合ってくれていた彼が、どこかに電話をかけ始めた。
 膝を抱えながら、しゃくりをあげて、その会話をぼんやりと聞いていた。

「もしもし、……うん、もうちょっとしたら帰るんだけど。あのさ、ちょっと女の子に怪我をさせちゃって、う……、わかってる、うん、俺の不注意。缶ビール放り投げたら、当たっちゃって。……、ごめんて、まさか当たるようなとこに人がいると思わず……、頭からビールもかぶせちゃってさ……。それで、その子どうやら、ホ……、いや、家がない子みたいで……」

 ホ? 絶対、ホームレスって言いかけてた気がする。
 その通り、本日より青空の下が我が家です……。

「え、っと……。多分、俺より若いかも?」

 私より年上の人? 少しずつおさまってきた涙を拭いて、ぼんやりと彼を見たら目があった。
 伸びてきた手が、やさしく私のおでこに触れる。

「……、コブできてる。……、わかってる、悪かったって、全部俺のせいだし。だから、いい? ……うん、頼むわ、ありがと。あ、風呂沸かしておいてくれない? あと、姉貴の着替えとかあれば、あ、そうだ。うん、一応なんかすぐ食べれそうなものも。それじゃ、よろしく」

 電話の最中も私のおでこを撫でていた彼が、私を覗き込む。

「荷物って、どこかに預けてたりする?」
「駅のロッカーと、トランクルームに少し」

 大事な大事な荷物のことを思うと心細くなる。

「まあ、荷物はそのままでもいいかな。着替えは姉貴の借りればいいし」
「あの」
「とりあえず、家に来て」
「え?」
「アルコールかぶったままはマズイでしょ? それに、女の子一人、こんなとこで寝かせておけないっての。何か事情があるのかもしんないけど」
「あ、あの、大丈夫です。公園のトイレで髪も顔も洗えますし」

 突然見ず知らずの男性の家にお邪魔?
 さっきの電話の内容から察するに、彼の家で風呂に入れってことよね?
 無理、絶対無理、その後どうなるのか考えただけで無理です!!
 ブルブルブルっと激しく首を振る私に彼がため息をついた。

「んじゃ、警察行く? 俺さ、君に怪我させたんだよね? 訴えられてもおかしくない」
「訴えたりしません、こんなの怪我のうちには入りません」

 大丈夫と真一文字に口を結んだら、彼の指が私のおでこをツンとつつく。
 その瞬間、鈍い痛みに襲われた。

「いっ」
 
 涙目で唇を噛みしめた私を見て、彼は慌ててまたおでこをさする。

「ほらね? 結構痛いでしょ? これはもう怪我であって、俺は加害者、君は被害者なの。でも、俺も警察には訴えられたくない」
「う、訴えませんから」
「ありがとう。でも、このまま放っておくこともできないし、姉に報告したらすぐに君を連れて帰ってこいとの命令が下りまして」
「あね……?」
「そ、姉貴。あと、家には大学生の弟もいて、その彼女も同居中。それと屋根裏部屋に俺の幼馴染も住んでいたりして。つまりは一人暮らしの男の家に、君を拉致監禁しようなんて気はハナから無いわけで」

 あ、警戒してたのを気づかれていたみたい。
 困ったように眉尻を下げる笑顔で、彼は私に手を差し伸べた。

「俺は、榛名はるな祥太朗しょうたろうと言います。今夜は、どうか怪我の手当てだけでもしに我が家に来てください。でなきゃ、俺が姉に殺されるかも」

 正面からとらえた彼の目は真剣で、話しを聞いていた限り、きっととても真面目な人なんだろうなって思った。
 信用しても、いいのかもしれない。

吉野よしの風花ふうかです……、よろしくお願いします」

 そうして私は彼の手を取ったのだ。

 ***


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