今宵、月あかりの下で

東 里胡

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1.東京の夜空

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 二階の廊下の突き当りにある四畳半のお部屋。小さな窓にはレースのカーテンがかかっていた。
 窓の前には誰かが使っていた学習机が置かれ、壁に備え付けられた棚はほとんどがら空きだけど、一画には子供向けの本や辞典が並ぶ。
 元は三兄弟の誰かのお部屋だったのかな?
 入り口ドアに並ぶように、備え付けのクローゼットが一つ。
 他には何もないお部屋だけど、静かで居心地がいい。
 ふかふかの暖かいお布団に横になっていると泣き疲れたのもあってか、すぐに眠りに落ちかける。
 落ちかけては、自分のしゃくりあげる声で目が覚める。

『明日は土曜日だし、またゆっくり聞かせて? もちろん、風花ちゃんの話せる範囲でいいから。それで、今後風花ちゃんがどうしたいのかも考えてみて? 何か協力できることがあれば、私たちも相談に乗るからね』

 榛名家の人たちは、皆さんどうしてあんなに優しいのだろう?
 この家の住民は、長女の美咲さん、長男の祥太朗さん、次男の洸太朗くんとその彼女の桃ちゃん。
 あともう一人、祥太朗さんの友達が住んでると聞いた。
 まだそのお友達には会ってないけれど、その方とは別に少し気になることがある。
 リビングの一角に小さなお仏壇があった。
 仏壇の中に、三人のご両親と思われるお二人が、仲良く笑顔を寄せ合う一枚の写真がそこに納められていた。
 お二人ともまだ若かった。
 明日の朝、手を合わせてもいいだろうか?
 ぼんやりと目を瞑ったまま、そんなことを考えていた時だった。
 なにかが聞こえた気がした。
 ギシッと人が歩く足音のような、なにか……。
 二階には、この隣に祥太朗さんの部屋があり、階段の横には美咲さんの部屋がある。
 一階のリビング横は、洸太朗くんと桃ちゃんの部屋。
 もう一人は、三階にある屋根裏部屋と聞いた気がするけど?
 ギシ、ギシッ……。
 さっきよりも、もっと間近で聞こえたその音にビクリと身体を固めた。
 
『あ、部屋の鍵はちゃんと閉めて寝てね? うちには野獣がいっぱいだから』

 美咲さんの言葉に、祥太朗さんは『んなことしねえわ!!』って怒ってたけど……。
 足音は、私の寝ている部屋の前で止まる。
 鍵、閉めた? 閉めてない? 閉めてない気がする……。
 布団を頭まで引き上げて、息を潜める。
 その瞬間、ガチャッとドアが開いた音とパチンと電気をつける気配がした。

「あれ? あ、洸太朗? また、桃ちゃんとケンカして追い出された?」

 誰? 祥太朗さんのお友達の人?
 私を洸太朗くんと勘違いしてる?

「なあ、ここに置いといたアンプ知らん?」
 
 アンプってなに? 知らない、知りません!

「う~ん、まあ、いっか、俺の部屋かもしんねえや。それより洸太朗、地球守りに行こうぜ」

 地球を、守る?
 なんか、怖いことを言い出してる? 
 危ない感じの方なの?
 ただでさえ、洸太朗くんじゃないことをバレないようにと祈り、ドキドキしている中で、おかしな発言の数々に私の心臓は口から飛び出てきそうになっている。

「地球防衛軍の新作がさ、すげえの。蜘蛛とか蟻とか、マジリアル。エグってなるけど、爽快なんだわ! ちょっとさ、武器集めとレベル上げに付き合ってくれよ、なあ?」

 その瞬間、世界が明るくなった。
 いや、布団をはぎ取られたのだった。

 恐怖で硬直している私を覗き込んだ男の人は、茶色い長めの髪をかきあげながら。

「あれ?」

 と引き攣り笑いをした。
 誰? え、誰!? 誰ええええ!?

「い、いやああああああああああああああああああ」

 抑えていた恐怖が一気に解放され、絶叫しながら部屋の隅に逃げ枕を抱える。
 
「ごめ、洸太朗だと思ってて」
「勇気!! あんた何してんのよ!!」

 いつの間にか駆けつけてきた美咲さんが、茶髪の彼の頭をバシッと叩いた。

「ってえ、ごめんって。知らなかったんだって、お客さん来てるの」
「最悪だよ、勇ちゃん。女の子の寝込みを襲うなんて」
「桃ちゃん、待て、誤解!! まだ何もしてねえ」
「まだ!?」
「違う、言い方! 間違った! 何もしません、絶対に!!」

 犯人が抵抗を見せないためにする、両手を挙げるポーズで茶髪の彼は苦笑い。
 この家の住人全員が私の悲鳴に驚き、集まってきて彼を責めている。

「大丈夫? 何もされてない?」

 部屋の隅で枕を抱えて小さくなっていた私を、祥太朗さんが覗き込む。

「アイツがこの家のもう一人の居候で、俺の友達……、いや、知り合いの日下くさか勇気」
「ちょ、幼馴染っしょ、祥太朗ってば」
「いや、痴漢とかするやつは知り合い程度で十分。オマエ、なにしたんだよ? 吉野さん、怯えてんだろ?」
「なんもしてねえってば! 吉野さん? 頼むって、俺の身の潔白証明して」

 全員に睨まれた状態の彼が私に必死に助けを求めている。
 その顔を見ている内に、何かを思い出しかける私と、

「え、あれ?」

 彼もまた何かを思い出しかけている様子。

「もしかして、おにぎりちゃん?」
「コンビニの、お兄さん……?」

 私たちの呟きを見守っていた洸太朗くんが、沈黙を破る。

「えっと、二人って知り合い?」

 互いにもう一度、姿を確認しあってから二人同時に頷いた。

「知り合いつうか、顔見知り。ね? おにぎりちゃん」
「……、あの、私、そんなあだ名付けられてたんですか?」
「あ!! いや、あの、俺の中では勝手におにぎりちゃんって呼んでいて……。ほら、毎日おにぎり二個しか買わないし、髪型も」

 その瞬間、また美咲さんが遠慮のない音を立てて盛大に、勇気さんの頭を叩く。

「可愛いでしょうが! これはショートボブ、黒いからって海苔なんかじゃないわよ、失礼な」
「ホント、勇ちゃん超最低。もう口きいてあげない」
「うわああ、吉野さん? 吉野様? ごめん、ウソです、おにぎりちゃんなんて思ってません!!」

 桃ちゃんにまで責め立てられて、タジタジとなった勇気さんが祥太朗さんに目で助けを求めている。

「吉野さん、本当に何もされてない?」
「は、はい、特には。私が驚いて声を上げただけで」
「よし、じゃ、この件も含めてまた朝に話そう。もうさ、俺、眠い」

 ふぁあっと祥太朗さんが大きな欠伸を一つ。
 それに釣られるように、同じタイミングで洸太朗くんも欠伸をしている、さすが兄弟。

「そうね、夜更かしは美容の天敵。私の睡眠をよくも奪ったわね、勇気」
「んじゃ、今日はここまで。勇気は一晩中反省して? 吉野さんは、部屋の鍵を閉めるところからね? じゃ、解散!」
「あ、はい!」
「おやすみ、おに、じゃなくて、吉野さん~! 明日の朝、また弁解させてねえ」

 勇気さんはヒラヒラ手を振りながら、美咲さんに蹴られるようにして部屋を出て行く。
 桃ちゃんも欠伸をして、洸太朗くんを二人おやすみと手を振っていて、全員が部屋を出てそれぞれ戻っていくのをドアの前で見守った。

「おやすみ、吉野さん。困ったことがあれば、すぐに俺の部屋ノックしていいから」

 ふあっともう一つ欠伸してから、ふともう一度私の顔を見て、スッと伸びてきた指先がおでこに触れる。
 ち、近い、近い、なに!?
 
「あ、あの」
「冷えピタ、取れかけてる」

 ペタリと貼り直してくれた祥太朗さんに、疑いの目を向けてしまったのが申し訳なくなった。

「おやすみなさい」
「おやすみ」

 長い一日の終りにたくさんの人の優しさに触れた。
 こんなにたくさんの人に優しくされたことは、今までなかったと思う。

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