今宵、月あかりの下で

東 里胡

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2.榛名家

2-2

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「どうしよう! デリバリーじゃない御馳走が我が家の食卓に並ぶだなんて」

 美咲さんが、テーブルの真ん中に置かれたサンドイッチを涙目で見ている。

「吉野さん、すげえ特技持ってたんだな。おにぎりちゃんとか言って本当にゴメン」

 美咲さんの左隣で勇気さんが、どさくさに紛れるようにして私に手を合わせる。
 パーティーの主役席みたいな場所に座る祥太朗さんと、その向かい側に私の席が用意された。
 桃ちゃんと洸太朗くんは、カフェラテをじっと見つめている。
 
「すごかったのよ、洸ちゃん。風花ちゃんってば、牛乳を瓶に入れてシャカシャカシャカって、そんでそれをチーンってしたらこんなふわふわの泡ができてさあ」
「俺らが今まで飲んでたのって、ただのコーヒー牛乳だったんじゃね?」

 うんうん、と顔を見合わせて頷く二人にクスッと微笑んだ。

「んじゃ、とりあえず珈琲が冷めないうちに」
「そうだね、風花ちゃん、いただきまーす!!」

 祥太朗さんと美咲さんを合図に、皆が私に向かって笑顔で手を合わせて。

「いっただきまーす!」

 と一斉にサンドイッチに手を伸ばす。
 祥太朗さんだけは、一口珈琲を飲んで「あれ?」と首を傾げた。
 もしかして、まずかったんだろうか、とドキドキしていたら私の視線に気づいたみたいで。

「あ、ごめん、同じ豆だし同じコーヒーメーカーなのに、なんかめっちゃ美味しくて」

 そう笑ってくれたから一安心した。

「ねえ、吉野さん、厚焼き玉子サンド、めちゃくちゃ美味いんだけど!!」
「それだけじゃなくて全部美味しいからね? ほら、祥太朗も風花ちゃんも食べないとなくなっちゃうよ」

 頬張る美咲さんに急かされて、私も祥太朗さんも慌てて手を伸ばす。
 こんな風に大勢で食事をしたのは、初めてだ。
 口々に美味しいって褒めてくれて、笑顔で食べてくれる。

「本当は、カフェラテってエスプレッソマシーンとかの方がいいんでしょ?」
「なければさっきみたいに瓶に入れて泡立てたり、ミルククリーマーという小さな泡だて器があれば」
「ねえ、洸ちゃん、買っちゃう? エスプレッソマシーン買っちゃおっか」
「あ、あの、もしよければ私の持ってきます。使ってください」

 桃ちゃんと洸太朗くんの会話に私が加わった瞬間、全員がこっちを見た。

「風花ちゃんのエスプレッソマシーン、どこにあるの?」
「トランクルームに置いてます」
「そういえば、昨日、駅のロッカーとトランクルームに荷物預けてるって言ってたよね?」

 祥太朗さんが、思い出してくれたようだ。

「ねえ、風花ちゃん、荷物ってどれぐらいある?」
「えっと」
「めっちゃ多い? 四畳半に収まりきらないほど多かったりする?」

 美咲さんの問いかけに慌てて首をふった。

「トランクルームに段ボールが二つと、駅のロッカーにはスーツケース一つです」
「じゃあ、持っておいでよ、全部。トランクルームやロッカーなんて借りてたらお金かかるでしょ、勿体ない。風花ちゃんが今使ってる部屋に入るなら持ってこよう? 幸い今日は荷物運びがいっぱいいるし」

 ね、と美咲さんに同意を求められた祥太朗さん、洸太朗くんは、嫌がる顔も見せずにウンウンと笑顔で頷いている。
 ただ一人、勇気さんだけがポカンと口を開けていて。

「あのー」
「なによ、勇気。なんか用事でもあんの?」
「いや、ないんだけどさ? そうじゃなくて、なんで吉野さんがここにいんの? 一緒に住むことになったの?」

 その瞬間、全員「あ」と声を揃えた。
 そういえば、勇気さんだけはまだ私がここにいる理由を知らないでいる。

「昨日、吉野さん、コンビニ来なかったじゃん? だからちょっと心配してた」
「あ、すみません」

 勇気さんの気遣いに頭を下げる。

「勇気と吉野さんはコンビニの店員と客?」
「そうそう、いつも夕方におにぎり二個だけ買いに来るんだよね。半月ぐらい前あたりからだっけ? 隣のビルに出入りしてるのは見えたから、あそこに入っているインターネットカフェで寝泊まりしてるのかな? って思ってた。そういう客、うちのコンビニにはいっぱい来るから」

 勇気さんの言葉に頷いたら、また美咲さんが涙目になる。

「そっか、半月もネットカフェで寝泊まりしてたんだ。辛かったね」
「あ、そんな、ホラ、ドリンクバーもありますし、毛布やトイレにシャワーもありますんで結構快適で」
「で、その快適なところを飛び出して、なんで昨日は公園に泊まろうと?」

 祥太朗さんの言葉に首をすくめると。

「お金をセーブするために決まってんじゃんね。祥ちゃん、そういうとこが鈍いから彼女できないんだわ」

 桃ちゃんの辛らつな指摘に祥太朗さんは目を見開いた後、少し項垂れた。

 美咲さんと桃ちゃんが交互に勇気さんに事情説明を始める。
 その間に、祥太朗さんが食べ終えた全員分の食器を洗って、洸太朗くんがお茶を淹れてくれた。
 時折、勇気さんの眉毛が八の字になり、私を哀れみの目で見る。
 昨夜も皆、こんな顔をしていた。

「よーく話はわかった。つまりは、吉野さんが結婚詐欺にあったってことで」

 勇気さんのあっけらかんとした声に、全員が目を見開き顔を歪めたのは、昨夜のことがあるからだろう。
 祥太朗さんに同じように指摘されて、私が泣き出して話が中断してしまったからだ。

「あ、あの、大丈夫です。昨日よりは少し冷静に話せると思うので」

 複数、安堵の大きなため息が聞こえた。
 皆、心配してくれてたんだ。

「で、どうする? やっぱさ、こういうのはプロに任せて警察とか」
「すぐに見つかるとは思わないんだけどな、事情聴取ばっかで中々進まないって言ってたし」
「誰が?」
「隣のじいちゃんよ。入れ歯落としたけど、どこで落としたかとかばかりで一向に入れ歯は戻ってこないって言ってたし」

 勇気さんと美咲さんの掛け合い漫才みたいなやり取りに目をパシパシさせていたら。

「入れ歯の落とし物と結婚詐欺は、事件性が全く違うだろうよ。でも、まあ、警察行っても時間かかるってのは同意。ただ、何の手掛かりもないままで俺らだけで見つけるのも至難の業だしな? やっぱ、訴えに行かない?」

 祥太朗さんの提案に、首を横に振った。

「訴えるつもりはありません」
「なんで? だって、もしかしたら少しでもお金返って来るかもしれないし」
「だけど」
「ん?」
「訴えたら、もしかして、麗夜さん逮捕されちゃうんでしょう? 何か事情があったのかもしれないですし、それは……」

 きっと麗夜さんには、お金が必要な重大な事情があったのかもしれない。
 それなのに私が訴えて逮捕されたりしたら、前科とかつくわけで……。
 そう考えたら、訴えるなんてできないって思った。

「風花ちゃん、まだ好きなんだね」

 桃ちゃんの優しい声に、頷くことも否定することもできないまま、うつむいた。
 まだ、好き? 好き、です、辛いけど。

「なあ、吉野さんさ、なんか手掛かりない? 似顔絵とか描けない? 身長とか、わかる範囲でいい」
「似顔絵?」

 勇気さんの問いかけに、う~んと悩んだ挙句、スマホを出してとあるサイトに繋ぐ。
 私たちが出逢った喫茶店好きの方々が集まるサイトのホームページだ。

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