今宵、月あかりの下で

東 里胡

文字の大きさ
13 / 74
4.大家族の食事係

4-2

しおりを挟む
 今朝のメニューは、桃ちゃんリクエストのおにぎりだ。
 炊きあがったご飯の半分に、鮭フレークと白ごまを混ぜ、少しだけしょうゆで味を整える。
 もう半分は塩昆布とごま油を混ぜて、それぞれ人数分のおにぎりにする。
 お味噌汁は絹さやと豆腐。
 おにぎりと卵焼きにウィンナー、漬け物をワンプレートに並べる。
 このプレートも夕べ、人数分買って貰えたもの。
 私用のお茶碗やお椀、箸まで買ってくれた。

『足りないものがあったら、ここから使って』

 と食費袋を渡されたから責任重大な気がする。
 冷蔵庫には伝言用のホワイトボード、欲しいものがあればここに書いてもらい、帰りに私がスーパーに立ち寄り買ってくることに決まった。
 トマト、と可愛い似顔絵付きで書いてるのは美咲さんだろう。
 そうだ、トマトもプレートに並べよう。
 全てにラップをかけて、明るくなってきた部屋を見渡したら目に映ったのは、掃除機。
 時間は七時だし、そろそろ音を立ててもいいだろうか?
 部屋中を片付けながら、掃除機をかけていく。
 あとで、お風呂とトイレも掃除しておこう。
 そう思いながら掃除機を切った時だった。

「今日も美味そう~!!」

 突然かかった声に振り向けば、ギターを背負った勇気さんがいつの間にかリビングに入ってきていた。

「あ、風ちゃん、ただいまあ」

 欠伸をしながらも笑顔の勇気さん、今帰ってきたのかな?

「おかえりなさ、あ、おはようございます」

 彷徨った挨拶に勇気さんがニヤリと笑う。

「もう食べていい? めっちゃ腹減ったんだけど」
「あ、どうぞ。今お味噌汁温めますね」
「うわーい、今日は一番乗り」

 席についた勇気さんが、美味しそうにおにぎりを頬張っているのを安心して見守りながらお味噌汁と温かいお茶を運ぶ。

「風ちゃん」
「はい?」
「結婚しない?」

 勇気さんの言っている意味がわからず、首をかしげたらニシシと猫みたいに鼻柱にしわをよせて楽しそうに笑った。

「だって風ちゃんみたいなお嫁ちゃん、最高にいいもん、料理上手だし、掃除もしてくれるし。甘えさせてくれそうだし」
「勇気を甘やかしたら、もっと地の底に堕ちていくからね? 風花ちゃん、甘やかしちゃダメ」

 リビングの外にまで勇気さんの声が聞こえていたのだろう。
 入ってきた美咲さんが、新聞を丸めて勇気さんの頭を軽くどつく。

「ダメよ、風花ちゃん。この男の言うことを真に受けちゃ。デビューもしてないバンドマンで、時々コンビニでバイトとか。しかも今日は朝帰りでしょ? あー、やだやだ」

 なるほど! 勇気さんはバンドをやっている人で、コンビニのお兄さんは仮の姿だったのか。
 ビジュアルも素敵だし、きっとモテるに違いないと思う。
 美咲さんの朝帰りというワードも、妙にしっくりきてしまった。

「な、美咲! 言い方悪い! 風ちゃん、本気にしないでね? 夕べは久々に全員集まれたからバンドの練習で朝までだったわけ。別に女の子とイチャイチャしてきたわけじゃないから」
「どうだかね、てか否定するとこそこだけじゃん。他はあってるでしょ?」
「うっ」
「それにね、風花ちゃんにオススメしたいのは、あんたじゃないから。うちの長男だから」

 うちの長男? え!?
 開け放たれたリビングのドア前にいつの間にか立っている、あの長男さんでしょうか?
 気付かずに話している美咲さんと勇気さんをじーっと冷めた目で見ている、あの方のことでしょうか?

「いい男なのよ、祥太朗は。頭もいいし、顔だって悪くないじゃない? ただ真面目すぎて面白くないのが難点だけど、優しさならこの家で一番持ってる、はず。どう? どう?」
「ねえ、絶対俺のが楽しいよ? 俺にしとかない? 風ちゃんの素朴な感じ好きなんだよね」
「わかった、祥太朗にちょっと芸しこんで面白くさせるからさ、祥太朗にしとこ? ね?」

 勇気さんと張り合って、ニヤリと笑った美咲さんの頭に祥太朗さんが真顔でチョップした。

「弟の安売りとか止めろよな」

 不機嫌そうな顔をした祥太朗さんが、自席に座る。

「おはようございます、美咲さんも祥太朗さんも、もう食べられますか?」
「おはよ、風花ちゃん。もっちろん、食べる! 今日も美味しそうだね」
「あ、俺も食べる、食べたい、です」
「じゃあ、お味噌汁持ってきますね」

 また温めながらお茶を淹れていたら、キッチンに祥太朗さんが入ってきた。

「ありがと、その、」
「はい?」
「父さんと母さんに、お茶あげてくれて」
「あ、」

 勝手にしてしまって怒られないかなと、少しドキドキしていたので祥太朗さんの照れたような笑顔にホッとした。

「味噌汁、もらうね?」

 温めた味噌汁をお椀に三つよそっている。
 一つ多いのでは? と首をかしげたら。

「吉野さんもまだでしょ? 一緒に食べようよ」

『優しさならこの家で一番持ってるはず』美咲さんの言葉を思い出して、確かにと納得した。

「「御馳走様でした」」

 最後に起きてきて食べ終わった桃ちゃんと洸太朗くんが手を合わせて笑顔を見せる。

「マジ、天才! 超天才、榛名家のシェフだよ、風花ちゃんは」

 私の後ろに立った桃ちゃんが背中から覆いかぶさり、ギュッと私を抱きしめる。

「お昼は生クリームたっぷりパンケーキがいいにゃん」
「ちょっと、桃ちゃん!! 朝も昼もリクエストはずっるい! たこ焼きにしよう、たこ焼き」

 私から桃ちゃんを引き剥がした美咲さんが張り合っていると洸太朗くんまで参戦してきた。

「姉ちゃんのも、桃のも濃いってば。パスタにしよ? ね?」

 昨日運んでもらった珈琲マシンとエスプレッソマシンで、それぞれの食後の一杯を淹れながら楽しい会話を聞く。
 祥太朗さんは見慣れぬマシーンとにらめっこ、どうやら自分でも淹れられるように勉強しているようだ。

「勇気、部屋で寝なよ、ほら」

 テーブルの上に突っ伏したまま眠り始めた勇気さんを美咲さんが揺すり起こす。

「ん~、わかった。バイト十五時からだから、十四時に起こして?」

 目を擦りながら起き上がった勇気さんが、じーっと私を見つめてきた。

「あのさ、風ちゃん」
「はい?」
「婚約者のこと、もうちょっと待ってて? 今、動いてもらってるから」
「え?」

 動く? 誰が? 

「勇気、なにか心当たりあるのか?」
「ん~、あるような、ないような……、でもちゃんと確認取れたら、その時は風ちゃんに連絡するから待ってて」

 ヨイショと立ち上がった勇気さんが、私の前に立つとワシャワシャと両手で頭を撫でて「おやすみ」と部屋に向かっていく。

「無駄に顔広いから本当に見つけてくれる気がするわ」
「だね、しばらくは勇気くんに任せてみようよ、風花さん」
「んじゃ、今日は結婚詐欺師、探しはしないよね? 風花ちゃん、暇?」

 暇といえば、暇になってしまったのかもと頷いたら。

「お願い、カットモデルになって」
「え?」
「桃ちゃん、美容師見習いなの。でも上手よ? 私もあとで毛先カットお願いしまーす!」
「はーい」

 あれ? まだ、OK出していないのに、もう決まっているような?
 
「二人とも最高に可愛くしてあげる。だからパンケーキにするにゃん」

 なんて愛くるしい甘えた笑顔でツインテールを揺らされたら、美咲さんも「仕方ない」と笑ってる。
 そんな優しい姉御肌の美咲さんには、今度は絶対にたこ焼きを作ってあげたいと思った。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

処理中です...