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5.それぞれの事情・祥太朗の場合
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「事情、聴いてたんだ? 桃ちゃんに?」
「あ、はい……、すみません」
「まだあの頃、俺だって高校生だったしさ、どうしたいいやら本当はさっぱりわからなくって」
三日月を見上げながら、祥太朗さんの隣を歩く。
まるで月までが祥太朗さんの声色にリンクして、寂しそうに感じて、私なんかがお話を聞いていても大丈夫なのかな? と心配になってしまう。
「だけど、肝心の長女の美咲がさ、もう全然ダメなの。部屋から出てこないし、ずっと泣いてばっかで。アイツさ、今でこそめっちゃ陽気に見えるじゃん? 元々はそういう性格なの。だけど、命日が近づくと、毎年ダメなんだ、不安になるみたいで、俺や洸太朗の帰りが少しでも遅くなると泣き喚くし、面倒くさくなるの。三年前、勇気が住み始めてからもそうだし、去年、桃ちゃんが一緒に住んでからも。一緒に住んでいる以上は家族なんだからね、って。だから、来月あたり吉野さんに対しても執着しちゃうかもしんない。その時はごめん、勘弁してやって。命日が過ぎれば戻るから」
「そんなのは全然、だけど美咲さんは今もまだ自分のことを責めて」
「多分ね、俺や洸太朗から母親を奪ってしまった、ってさ」
祥太朗さんの言葉の真意がわからず足を止めたら。
「あー……、そっか、そこまでは聞いてない?」
「え、っと?」
「美咲の父親と俺の母親が再婚して、で洸太朗が生まれたの」
「え!? ええっ!?」
だって、待って?
あれ? どういうこと?
祥太朗さんと洸太朗くんのお母さまは一緒で?
美咲さんと洸太朗くんのお父様も一緒で?
でも、祥太朗さんと美咲さんは、えっと……。
言い澱んだ私を見て祥太朗さんはクスリと笑った。
「そういうこと、俺と美咲は血が繋がってない。でも、洸太朗がいるし、ちゃんと三兄弟してるでしょ? 俺ら」
うんうんうん、と首がもげそうになるほど頷くと、寂しそうなため息が聞こえた。
今までに何度か祥太朗さんが漏らしたものだ。
「俺の母親と美咲の父親が再婚したのは、まだ小学校に上がる前で。俺、めっちゃ人見知りで、引っ越したから幼稚園の友達とも離れちゃって泣いてばっかりだったんだよ。最初は美咲のことも避けてて。なのに、アイツ明るいし物怖じしないし、ガンガン毎日近寄って来るの。その内、気づけばアイツのペースに巻き込まれてて。小学校に上がって中々友達の作れない俺の教室に入ってきて、『私の弟だから、イジメたやつは皆ぶん殴るから仲良くしてね』って。先生もビックリしてたわ」
美咲さんらしい。
正義感や、明るさや豪快さや、心の底からの優しさが、私の知っている美咲さんらしくて。
それが子供の頃からなんて、健気でキュンと切なくなって、目頭が熱くなるのを堪えた。
「俺が真っすぐに見えてるんだとしたら、多分間違い。美咲をいつか罪悪感から解放させてやりたいってだけだから」
その横顔は、手が届かない場所に想いを馳せている。
祥太朗さんは、多分、きっと……。
気付いてしまったものが零れてしまわないように、ギュッと唇を結ぶ。
気の利いた言葉の一つも出てこない、自分が情けない。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
祥太朗さんとラーメンを食べて家に帰ったのは、もう二十三時過ぎだった。
一応、祥太朗さんが皆に連絡してくれていたので心配はされなかったけれど、その代わりに。
「デート? ねえ、デート?」
ニヤニヤした美咲さんが、玄関で私と祥太朗さんを出迎えてくれた。
「そんなんじゃないってば」
「帰り道、ちょうど公園で会ったんですよ」
私とデートなんて勘違いされたら、祥太朗さんが報われない。
「デートしてたのは美咲ちゃんの方じゃん」
リビングに入ると、美顔パックをした桃ちゃんがゲームをする洸太朗くんに寄りかかっていた。
「デートじゃないってば。たまたま観たかった映画が勇気と被ってただけ」
『あれ? あの二人、付き合ってたっけ?』と言っていた店長さんの言葉を思い出して、一瞬横目で見た祥太朗さんの顔がまた曇っていたから。
「あ、明日の朝食なんですけど。試してみたいものがありまして、作ってもいいでしょうか?」
「え? なに、なに!?」
「少し前に流行ったエッグベネディクトです」
帰り道、祥太朗さんに付き合って貰って二十四時間営業のスーパーでイングリッシュマフィンを仕入れた。
成功したら、お店でも出してもらえないかな? なんて思ったりして。
冷蔵庫に卵やベーコンを片付けていたら、祥太朗さんがお水を飲みに来た。
「先に風呂入っちゃって、吉野さん。片づけは俺がしとくから」
「あ、祥太朗さんこそお先に」
「だから言ったでしょ? こういう時は少しは人に甘えて」
「はい、でも」
じっと祥太朗さんを見上げた。
「祥太朗さんも時々は甘えていいと思います」
「へ?」
いつも、この家のことを、美咲さんのことを考えて行動している祥太朗さんは、誰かに甘えて来られたのだろうか?
ずっと抱えてきた祥太朗さんの想いに気づいてしまったから。
「吉野さん」
「はい?」
「ぜったい、内緒、ね?」
真っ赤な顔で私に小指を差し出すのは、きっとそういうことだ。
「勿論、内緒です。だからお風呂、お先にどうぞ」
笑って小指を絡めたら祥太朗さんが、ありがと、と呟いてお風呂に向かっていく。
「ねえねえ、何だか今二人で内緒話してなかった?」
何も気づかず嬉しそうな美咲さんに首を振る。
「風花ちゃんなら大歓迎なのになあ」
「なにがですか?」
「祥太朗のお嫁ちゃん。いや、私が嫁にほしい、あ、私の嫁になる?」
「え、ずるーい!! 美咲ちゃんってば! 私が、風花ちゃんの嫁になるの」
「ちょ、桃!? 俺の存在は!?」
三人の笑顔に囲まれて、祥太朗さんを想う。
誰にも気づかれないように、抱えたままの苦しさは、いつまで続くのだろうか、と。
「あ、はい……、すみません」
「まだあの頃、俺だって高校生だったしさ、どうしたいいやら本当はさっぱりわからなくって」
三日月を見上げながら、祥太朗さんの隣を歩く。
まるで月までが祥太朗さんの声色にリンクして、寂しそうに感じて、私なんかがお話を聞いていても大丈夫なのかな? と心配になってしまう。
「だけど、肝心の長女の美咲がさ、もう全然ダメなの。部屋から出てこないし、ずっと泣いてばっかで。アイツさ、今でこそめっちゃ陽気に見えるじゃん? 元々はそういう性格なの。だけど、命日が近づくと、毎年ダメなんだ、不安になるみたいで、俺や洸太朗の帰りが少しでも遅くなると泣き喚くし、面倒くさくなるの。三年前、勇気が住み始めてからもそうだし、去年、桃ちゃんが一緒に住んでからも。一緒に住んでいる以上は家族なんだからね、って。だから、来月あたり吉野さんに対しても執着しちゃうかもしんない。その時はごめん、勘弁してやって。命日が過ぎれば戻るから」
「そんなのは全然、だけど美咲さんは今もまだ自分のことを責めて」
「多分ね、俺や洸太朗から母親を奪ってしまった、ってさ」
祥太朗さんの言葉の真意がわからず足を止めたら。
「あー……、そっか、そこまでは聞いてない?」
「え、っと?」
「美咲の父親と俺の母親が再婚して、で洸太朗が生まれたの」
「え!? ええっ!?」
だって、待って?
あれ? どういうこと?
祥太朗さんと洸太朗くんのお母さまは一緒で?
美咲さんと洸太朗くんのお父様も一緒で?
でも、祥太朗さんと美咲さんは、えっと……。
言い澱んだ私を見て祥太朗さんはクスリと笑った。
「そういうこと、俺と美咲は血が繋がってない。でも、洸太朗がいるし、ちゃんと三兄弟してるでしょ? 俺ら」
うんうんうん、と首がもげそうになるほど頷くと、寂しそうなため息が聞こえた。
今までに何度か祥太朗さんが漏らしたものだ。
「俺の母親と美咲の父親が再婚したのは、まだ小学校に上がる前で。俺、めっちゃ人見知りで、引っ越したから幼稚園の友達とも離れちゃって泣いてばっかりだったんだよ。最初は美咲のことも避けてて。なのに、アイツ明るいし物怖じしないし、ガンガン毎日近寄って来るの。その内、気づけばアイツのペースに巻き込まれてて。小学校に上がって中々友達の作れない俺の教室に入ってきて、『私の弟だから、イジメたやつは皆ぶん殴るから仲良くしてね』って。先生もビックリしてたわ」
美咲さんらしい。
正義感や、明るさや豪快さや、心の底からの優しさが、私の知っている美咲さんらしくて。
それが子供の頃からなんて、健気でキュンと切なくなって、目頭が熱くなるのを堪えた。
「俺が真っすぐに見えてるんだとしたら、多分間違い。美咲をいつか罪悪感から解放させてやりたいってだけだから」
その横顔は、手が届かない場所に想いを馳せている。
祥太朗さんは、多分、きっと……。
気付いてしまったものが零れてしまわないように、ギュッと唇を結ぶ。
気の利いた言葉の一つも出てこない、自分が情けない。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
祥太朗さんとラーメンを食べて家に帰ったのは、もう二十三時過ぎだった。
一応、祥太朗さんが皆に連絡してくれていたので心配はされなかったけれど、その代わりに。
「デート? ねえ、デート?」
ニヤニヤした美咲さんが、玄関で私と祥太朗さんを出迎えてくれた。
「そんなんじゃないってば」
「帰り道、ちょうど公園で会ったんですよ」
私とデートなんて勘違いされたら、祥太朗さんが報われない。
「デートしてたのは美咲ちゃんの方じゃん」
リビングに入ると、美顔パックをした桃ちゃんがゲームをする洸太朗くんに寄りかかっていた。
「デートじゃないってば。たまたま観たかった映画が勇気と被ってただけ」
『あれ? あの二人、付き合ってたっけ?』と言っていた店長さんの言葉を思い出して、一瞬横目で見た祥太朗さんの顔がまた曇っていたから。
「あ、明日の朝食なんですけど。試してみたいものがありまして、作ってもいいでしょうか?」
「え? なに、なに!?」
「少し前に流行ったエッグベネディクトです」
帰り道、祥太朗さんに付き合って貰って二十四時間営業のスーパーでイングリッシュマフィンを仕入れた。
成功したら、お店でも出してもらえないかな? なんて思ったりして。
冷蔵庫に卵やベーコンを片付けていたら、祥太朗さんがお水を飲みに来た。
「先に風呂入っちゃって、吉野さん。片づけは俺がしとくから」
「あ、祥太朗さんこそお先に」
「だから言ったでしょ? こういう時は少しは人に甘えて」
「はい、でも」
じっと祥太朗さんを見上げた。
「祥太朗さんも時々は甘えていいと思います」
「へ?」
いつも、この家のことを、美咲さんのことを考えて行動している祥太朗さんは、誰かに甘えて来られたのだろうか?
ずっと抱えてきた祥太朗さんの想いに気づいてしまったから。
「吉野さん」
「はい?」
「ぜったい、内緒、ね?」
真っ赤な顔で私に小指を差し出すのは、きっとそういうことだ。
「勿論、内緒です。だからお風呂、お先にどうぞ」
笑って小指を絡めたら祥太朗さんが、ありがと、と呟いてお風呂に向かっていく。
「ねえねえ、何だか今二人で内緒話してなかった?」
何も気づかず嬉しそうな美咲さんに首を振る。
「風花ちゃんなら大歓迎なのになあ」
「なにがですか?」
「祥太朗のお嫁ちゃん。いや、私が嫁にほしい、あ、私の嫁になる?」
「え、ずるーい!! 美咲ちゃんってば! 私が、風花ちゃんの嫁になるの」
「ちょ、桃!? 俺の存在は!?」
三人の笑顔に囲まれて、祥太朗さんを想う。
誰にも気づかれないように、抱えたままの苦しさは、いつまで続くのだろうか、と。
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