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6.ライブにて
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ライブハウスの中は思ったよりも暗くなかった。
ところどころにテーブルがあり、そこに数人固まって談笑している。
今日は四バンドが出演、勇気さんのバンドは三番目の出番だそうで、私たちを出迎えた後すぐに楽屋に戻っていった。
「吉野さん、ハイ」
ウロウロと壁に並ぶ写真なんかを見ていたら、祥太朗さんに呼び止められてプラスチックカップに入ったオレンジジュースを手渡された。
「あ、ありがとうございます。ジュース代は」
「今回のチケット、ワンドリンク付きなの。お礼なら、後で勇気に言ってやって」
「はい」
ステージ真ん中のマイク、あそこに勇気さんも立つのかなあ?
「緊張するんですか?」
「へ?」
「やっぱり演奏する時って緊張しましたか?」
私の言葉に祥太朗さんはしばし何かを考えた後で。
「勇気? 涼真?」
誰が私に言ったんだ、と犯人捜しを始めそうなので。
「お二人からです、今回のライブの件で話の流れから。祥太朗さんが、ベースやってらしたと聞きました」
「恥ずっ、もう九年も前の話だからね? だから、もう忘れたよ、緊張したかどうかなんて」
「嘘つけ、めっちゃ緊張して学祭の時ステージ横で指先震えてたの誰だよ」
いつの間にか祥太朗さんの背後からマスターが顔を覗かせる。
「チッ、うるせえわ、忘れたつうの」
「そんなツレナイこと言うなよな、俺らのアオハルだろに」
「アオハルとかやめろってば、ホント恥ずかしいから」
楽しそうに笑うマスターにからかわれて、子供のようなふくれ面を覗かせる祥太朗さんが珍しい。
いや、それ以上に、私の知っているお二人はこんなに親しくはなかったはず、あれ?
こうしてみるとやっぱ二人はり幼馴染、というような軽快な会話を弾ませている姿に驚いた。
「あの時、本気で続けてたら俺らもまだここで演奏したりしてたのかな」
マスターの独り言のようなつぶやき声は祥太朗さんに届いていなかったのかもしれない。
しばらくずっと黙っていたから、きっとそうだと思っていたのに。
「ベースが俺じゃ、やっぱダメだったと思うわ。どっちにしろ。オマエや勇気ほどの腕はなかったから」
やっぱり独り言みたいな祥太朗さんの呟きに、マスターは少しだけ寂しそうな顔で首を横に振った。
「ま、勇気ほどのバイタリティは俺にもなかったしな。アイツの応援する側でいいや。いつかアイツがデビューして有名になったら、ムーンライトに色紙飾らせよ」
「だな、それがいい」
笑い合う二人の間に流れる空気が今までとは違うことに気づく。
なにかのわだかまりのようなものが流れ去ったのだと思う。
「風花ちゃん、おいで! 一番前に行こ! あ、洸ちゃんたちは後ろにいてね? マスターや、祥ちゃんもそうだけど背デカすぎて周りが迷惑しちゃうからね」
今日もツインテールを揺らして兎みたいに飛び跳ねる桃ちゃんに右腕をからめられて。
「勇気の時は、思いきり盛り上げてくからね? 行くよー!!」
左腕に絡まった美咲さんからは既にアルコールの匂いがして、とっても上機嫌だ。
「吉野さん、気をつけて。二人からはぐれないようにね?」
祥太朗さんの声掛けに頷いて、私は一番前でライブを見ることになった。
「いよいよだね」
ニッと笑った美咲さんの手が私の手を握る。
「勇ちゃん、緊張してそう」
まだ暗がりの中、出てきてマイクの高さの調整を始めた勇気さんに聞こえるように桃ちゃんが声をかけると。
「うるさいよ、桃ちゃん」
やっぱり聞こえていたようで勇気さんが照れたように笑った。
「大丈夫? 風ちゃん、ライブハウス怖くない?」
前に私が言ったことを覚えていてからかっているようだ。
「全然です、余裕で楽しいです」
「なら、よかった。三人とも最後のバンドまで必ず観てってな?」
「はい?」
「勇気、めっちゃがんばれ!」
美咲さんが付き出したゲンコツに勇気さんがグータッチして、笑顔で一度ステージを捌けてから。
ドラムのドンドンドンドンというリズムの音に合わせて、向かって左に立つベースを持った人が同じリズムで手を叩く。
会場がそれに釣られるように、同じリズムで手を叩くと、向かって右にいるギターの人の音がジャーンと響き渡って。
一瞬でステージに光が届く。
眩しいくらいのライトに出迎えられるように、ギターをさげた勇気さんが現れて真ん中のマイク前に立ち、そして。
「今日も盛り上げてくんで、最後までついてきてな? 行くぞー」
ジャアアンとギターをかき鳴らした瞬間。
「跳ねるよ、風花ちゃん」
美咲さんと桃ちゃんや、周りの人たちが跳ね始める。
ノリノリの軽快なポップロックに楽しく音が弾けて、勇気さんの声が響き渡る。
時々透明なその声がとってもキレイで、私は跳ねるのをやめて呆然と勇気さんを見上げた。
『この人は、このバンドは、いつかきっとデビューするんじゃないかな』
漠然とそう思った。
先に観た二つのバンドより数段巧かっただけじゃない、カリスマ性があるのだ。
現に、勇気さんのバンドの出番に合わせて前に殺到する人が増えた。
特に女性ファンがとっても多くて、皆「ユウキー!」と黄色い声援を送っている。
勇気さんは、その一人一人に笑顔で応え、時に手を振ったり、ウィンクしてみせたりとファンサービスも万全で。
ふと、勇気さんが立ち止まっている私に気づいて笑う。
隣にいる美咲さんと桃ちゃんを見て笑って、それから次の曲の合間に話しを始めた。
「俺さ、今めちゃくちゃ大家族で暮らしてるんだわ。まあ、全員血は繋がってないんだけど、でも家族って思ってる人たちで。毎日おいしいご飯食べられるし、ただいま、おかえりの声もするの。いつも笑ってるような人たちで、その空間が幸せでさ。だから家族の誰か一人が悩んでたり、元気なかったりすると寂しくなるし、どうにかしてあげたくなる。今、俺がいるその大事な空間は、きっと未来永劫なんかじゃなくて、いつか皆それぞれの暮らしを見つけて出て行くのかもしれない。だけど、その時に全員が笑顔で幸せでいられたらなって俺は思ってて。で、恥ずかしいけど、曲を作ったわけです。新曲です、聞いて下さい」
恥ずかしそうに笑った勇気さんが、後ろの方に目を向ける。
きっと祥太朗さんたちの方を見ている。
ギターがやわらかなメロディーを奏でたあと、スウッと勇気さんが息を吸い込んだ。
ところどころにテーブルがあり、そこに数人固まって談笑している。
今日は四バンドが出演、勇気さんのバンドは三番目の出番だそうで、私たちを出迎えた後すぐに楽屋に戻っていった。
「吉野さん、ハイ」
ウロウロと壁に並ぶ写真なんかを見ていたら、祥太朗さんに呼び止められてプラスチックカップに入ったオレンジジュースを手渡された。
「あ、ありがとうございます。ジュース代は」
「今回のチケット、ワンドリンク付きなの。お礼なら、後で勇気に言ってやって」
「はい」
ステージ真ん中のマイク、あそこに勇気さんも立つのかなあ?
「緊張するんですか?」
「へ?」
「やっぱり演奏する時って緊張しましたか?」
私の言葉に祥太朗さんはしばし何かを考えた後で。
「勇気? 涼真?」
誰が私に言ったんだ、と犯人捜しを始めそうなので。
「お二人からです、今回のライブの件で話の流れから。祥太朗さんが、ベースやってらしたと聞きました」
「恥ずっ、もう九年も前の話だからね? だから、もう忘れたよ、緊張したかどうかなんて」
「嘘つけ、めっちゃ緊張して学祭の時ステージ横で指先震えてたの誰だよ」
いつの間にか祥太朗さんの背後からマスターが顔を覗かせる。
「チッ、うるせえわ、忘れたつうの」
「そんなツレナイこと言うなよな、俺らのアオハルだろに」
「アオハルとかやめろってば、ホント恥ずかしいから」
楽しそうに笑うマスターにからかわれて、子供のようなふくれ面を覗かせる祥太朗さんが珍しい。
いや、それ以上に、私の知っているお二人はこんなに親しくはなかったはず、あれ?
こうしてみるとやっぱ二人はり幼馴染、というような軽快な会話を弾ませている姿に驚いた。
「あの時、本気で続けてたら俺らもまだここで演奏したりしてたのかな」
マスターの独り言のようなつぶやき声は祥太朗さんに届いていなかったのかもしれない。
しばらくずっと黙っていたから、きっとそうだと思っていたのに。
「ベースが俺じゃ、やっぱダメだったと思うわ。どっちにしろ。オマエや勇気ほどの腕はなかったから」
やっぱり独り言みたいな祥太朗さんの呟きに、マスターは少しだけ寂しそうな顔で首を横に振った。
「ま、勇気ほどのバイタリティは俺にもなかったしな。アイツの応援する側でいいや。いつかアイツがデビューして有名になったら、ムーンライトに色紙飾らせよ」
「だな、それがいい」
笑い合う二人の間に流れる空気が今までとは違うことに気づく。
なにかのわだかまりのようなものが流れ去ったのだと思う。
「風花ちゃん、おいで! 一番前に行こ! あ、洸ちゃんたちは後ろにいてね? マスターや、祥ちゃんもそうだけど背デカすぎて周りが迷惑しちゃうからね」
今日もツインテールを揺らして兎みたいに飛び跳ねる桃ちゃんに右腕をからめられて。
「勇気の時は、思いきり盛り上げてくからね? 行くよー!!」
左腕に絡まった美咲さんからは既にアルコールの匂いがして、とっても上機嫌だ。
「吉野さん、気をつけて。二人からはぐれないようにね?」
祥太朗さんの声掛けに頷いて、私は一番前でライブを見ることになった。
「いよいよだね」
ニッと笑った美咲さんの手が私の手を握る。
「勇ちゃん、緊張してそう」
まだ暗がりの中、出てきてマイクの高さの調整を始めた勇気さんに聞こえるように桃ちゃんが声をかけると。
「うるさいよ、桃ちゃん」
やっぱり聞こえていたようで勇気さんが照れたように笑った。
「大丈夫? 風ちゃん、ライブハウス怖くない?」
前に私が言ったことを覚えていてからかっているようだ。
「全然です、余裕で楽しいです」
「なら、よかった。三人とも最後のバンドまで必ず観てってな?」
「はい?」
「勇気、めっちゃがんばれ!」
美咲さんが付き出したゲンコツに勇気さんがグータッチして、笑顔で一度ステージを捌けてから。
ドラムのドンドンドンドンというリズムの音に合わせて、向かって左に立つベースを持った人が同じリズムで手を叩く。
会場がそれに釣られるように、同じリズムで手を叩くと、向かって右にいるギターの人の音がジャーンと響き渡って。
一瞬でステージに光が届く。
眩しいくらいのライトに出迎えられるように、ギターをさげた勇気さんが現れて真ん中のマイク前に立ち、そして。
「今日も盛り上げてくんで、最後までついてきてな? 行くぞー」
ジャアアンとギターをかき鳴らした瞬間。
「跳ねるよ、風花ちゃん」
美咲さんと桃ちゃんや、周りの人たちが跳ね始める。
ノリノリの軽快なポップロックに楽しく音が弾けて、勇気さんの声が響き渡る。
時々透明なその声がとってもキレイで、私は跳ねるのをやめて呆然と勇気さんを見上げた。
『この人は、このバンドは、いつかきっとデビューするんじゃないかな』
漠然とそう思った。
先に観た二つのバンドより数段巧かっただけじゃない、カリスマ性があるのだ。
現に、勇気さんのバンドの出番に合わせて前に殺到する人が増えた。
特に女性ファンがとっても多くて、皆「ユウキー!」と黄色い声援を送っている。
勇気さんは、その一人一人に笑顔で応え、時に手を振ったり、ウィンクしてみせたりとファンサービスも万全で。
ふと、勇気さんが立ち止まっている私に気づいて笑う。
隣にいる美咲さんと桃ちゃんを見て笑って、それから次の曲の合間に話しを始めた。
「俺さ、今めちゃくちゃ大家族で暮らしてるんだわ。まあ、全員血は繋がってないんだけど、でも家族って思ってる人たちで。毎日おいしいご飯食べられるし、ただいま、おかえりの声もするの。いつも笑ってるような人たちで、その空間が幸せでさ。だから家族の誰か一人が悩んでたり、元気なかったりすると寂しくなるし、どうにかしてあげたくなる。今、俺がいるその大事な空間は、きっと未来永劫なんかじゃなくて、いつか皆それぞれの暮らしを見つけて出て行くのかもしれない。だけど、その時に全員が笑顔で幸せでいられたらなって俺は思ってて。で、恥ずかしいけど、曲を作ったわけです。新曲です、聞いて下さい」
恥ずかしそうに笑った勇気さんが、後ろの方に目を向ける。
きっと祥太朗さんたちの方を見ている。
ギターがやわらかなメロディーを奏でたあと、スウッと勇気さんが息を吸い込んだ。
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