今宵、月あかりの下で

東 里胡

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6.ライブにて

6-4

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 誰かのために笑う人
 誰かを守ろうとしてる人
 傷ついて逃げ出した人を
 笑顔にしてくれる人

 今日もおはようって笑おうね
 明日もおやすみって微笑もうよ



 そんな歌詞だったと思う。
 美咲さんも桃ちゃんも私も涙で勇気さんの顔がちゃんと見れなかったかもしれない。
 勇気さんも、桃ちゃんもそれぞれ榛名家に出逢って受け容れられて、今寄り添って暮らしてる。
 その温かさを歌っていることが嬉しくて涙が止まらない。



 あなたが笑えないなら、ずっと側にいるよ
 だから笑って、綺麗な笑顔みせて
 別に何も望まないから
 ただ幸せになってほしい



 なんだか、その部分の勇気さんの声が切なくてますます涙が落ちた。
 家族に向けてというよりもラブソングみたいに聞こえたせいかもしれない。

「つうわけで、新曲『Dear』でした。あー、なんかめっちゃしんみりしたよな、ごめん」

 へへっと笑った勇気さんが目を擦った。

「いや、ほら、俺さあ。実家追い出されたじゃん? ミュージシャンなりたいって言ったら。で、親友の家に拾ってもらって、で何だか家族がちょっとずつ増えてて。それぞれ色んな事情抱えてて、で、思ったわけ」

 勇気さんが、榛名家にお世話になっている理由をここで知るなんて。
 驚くばかりの私に、勇気さんがチラリと視線を合わせた。

「つうわけで、俺の家族にひどいことしようとしたやつは問答無用で許さないつうメッセージソングなのでした。聞いてくれて、ありがと! じゃあ、ラスト二曲盛り上がるぞー!」

 勇気さんが、オーと手を挙げたから、私たちも同じように手を挙げる。
 美咲さんが泣き笑いして私を見て頷いて、桃ちゃんの方を見たらやっぱり同じ顔。
 三人で手を繋いで、たくさんはしゃいだ。
 勇気さんの歌声に笑顔と元気をいっぱいいただいた。

 勇気さんのバンドが捌けたあと、入れ替わるように最前列が変わる。
 皆、全身黒づくめ、目の下に黒い星のシールを貼り、髪の毛が明るいピンク色をしている子もチラホラいる。

「ちょっと後ろ下がろうか、危険かもしれない」

 何かを察したような美咲さんに連れられて祥太朗さんたちの立つ後ろの方に合流すると、私たちが立っていた場所はすぐに黒づくめの子たちに押さえられた。

「めっちゃ気合い入ったファンが多いバンドだね」
「勇気くんが言ってたのって、このバンドだろうね。組んだばっからしいけど、ボーカルが前にいたバンド時代からの追っかけファンらしいわ。そのボーカル、半年くらい、行方くらまして解散したらしいんだけどカリスマ性があるんだってさ。絶対観ておいた方がいいって言ってた」
「えー、私、こういうのなんか苦手かも」

 黒づくめの子たちをチラリと見る桃ちゃんがため息をつく。

「勇気が絶対観ておけ、つうの珍しいかも」

 祥太朗さんが腕を組んだまま、まだ何もないステージを見つめている。

「ジャンルも全然違いそうなのにな」

 マスターも首を傾げている。
 勇気さんのバンドは曲も明るくて歌詞にメッセージ性があって、聞く人をポジティブにさせてくれる、そんな感じがした。
 だけど、ファンの人たちだけで判断しちゃいけないけれど、黒づくめの女の子たちを見ていると、それとは真逆にあるような気がする。

「大丈夫? 風花さん、怖くない?」

 さっきの勇気さんのようにからかうマスターに首を振る。
 その頃は、勇気さんのバンドのおかげでほんのちょっとの暗がりは楽しいでしかなくなっていたから。
 暗がりの中、ボーカル以外の人たちがスタンバイを始める。
 誰も立っていないセンター部分にスポットライトが当たりその瞬間、さっきまでざわついていた会場が一気に静まり返る。
 どこからか、ゴーンゴーンという教会の鐘のような音が響き渡り、鳥が羽ばたくような音が入る。
 コツンコツンコツンと靴音が響き、ギイイとドアが開く音。

「用意はできているか?」

 どこからか聞こえた声と共に会場が真っ暗になり、叫び声のような女の子たちの悲鳴が上がった次の瞬間。
 パッと照らされたステージ真ん中には、ピンク色の髪の毛、両目の下に黒い星、黒いマントを羽織った男の人が、ピアスのついた舌を伸ばしてニヤリと笑って。

「さあ今宵の黒ミサを始めようじゃないか」

 ボーカルのその掛け声とともに、地鳴りのするような大音量で曲が始まった。
 その声を聞いた瞬間に、頭がクラクラとして息が上がってきた。
 叫びに近いようなその歌声、ハスキーで低く甘い、声に。
 眩暈がして、一瞬倒れそうになったのを支えてくれる腕。

「大丈夫? 風ちゃん」

 ライブを終えたばかりの勇気さんが私を支えてくれていた。

「勇気さん」

 どうして今日ここに勇気さんが私を招待してくれたのか、ようやくわかった。

「一年前に一度だけ、一緒にライブしたことあったんだ。その時楽屋で煙草を挟んだ指に黒い蛇のタトゥーが入ってたのを覚えてた。でも解散したって聞いてたから、もう無理かなって思ってたんだけどさ、ボーカルだけ別バンドで復活ってのを聞きつけて、同じ日に出演できるようにしてもらった。間違いないよね、風ちゃん」

 勇気さんの声に頷いた。
 皆もそのやり取りを聞いていたのだろう。
 私とボーカルさんのことを、眉間に皺を寄せて見比べている。
 間違いはない、あの声、あの瞳、髪の色は変わっても麗夜さんだ。
 震える私と勇気さんのやり取りに口を挟んだのはマスターだった。

「大丈夫? 一旦、座ろうか、風花さん」
「大丈夫です」

 かろうじて立っている私を勇気さんはマスターに預ける。
 マスターに支えられて、ようやく立っていられる状態だ。

「終わったら、俺が楽屋で抑えとく。捕獲したら、うちのドラムに呼びに行かせるからスタッフ入り口にいて。逃げはできないと思うけど、念のため客席の出入り口、洸太朗が見張っといて。万が一楽屋から逃げたら頼む、祥太朗と涼真でつかまえてくれな」

 そういうと勇気さんが、ボキリと指を鳴らす。

「絶対に逃がさん」

 美咲さんが同じように指を鳴らすと。

「美咲と桃ちゃんはダメだよ? 怪我したら困る」
「じゃあ、勇気も危ない真似しないでよ? 怪我するような真似だけはしないで」
「うん、俺暴力苦手だし。できるだけ、話し合いですませたいわ」

 美咲さんに笑顔で応答したあとで、私の顔を覗き込んだ勇気さん。

「大丈夫、俺ら全員で風ちゃんのこと守るから。一人じゃないよ」

 マスターがそれを聞いて、私を安心させるように私の肩を抱く。

「勇気、行って。気づかれないようにな。お前が抑えられなくても俺と涼真でなんとかするから、無理だけは絶対すんな」

 祥太朗さんの言葉に、マスターも勇気さんも頷いた。

「行ってくる」

 勇気さんの背中を見送ってから、私は桃ちゃんと美咲さんに抱きしめられる。
 大丈夫、大丈夫、と落ちつかせてくれる二人の暗示に早くかかってしまいたくて、必死に呼吸を整えた。

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