今宵、月あかりの下で

東 里胡

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8.メリークリスマス

8-1

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 プレゼント交換のルール。
 一人に中てる金額は千円以内、その人のことを思って選ぶこと。
 クリスマス前の日曜日、榛名家はそれぞれ一人ずつ出かけた。
 多分、マスターも今頃そうしているのかもしれない。
 ネットで調べたら、三つ離れた駅に流行りの雑貨屋さんがあって、そこなら何か可愛いものが見つかるかもしれないとスマホの地図を頼りに買い物に来た。
 東京に来て初めての一人で乗る電車、そして知らない街。
 降り立った駅前のロータリーは、クリスマスイルミネーションが飾られていて、夜になって光ったらとってもキレイなんだろうな、とうっとり見上げた。
 一枚だけ写真を撮って、それから街を歩く。
 お目当てのショップに入って、じっくりと一品一品を手に取りながら選んでいく。

「お」

 目に止まったのが、自然気化式コップタイプの小さな加湿器。
 喉を守るには、こういうのもいいかもしれない。
 買い物カゴに、箱に入った加湿器を入れる。
 次に目に止まったのは、ネイルオイル。
 これは絶対に桃ちゃんに買おう、美容学校でのシャンプーやらで手が荒れる、と嘆いていて爪のことも気にしていたから。
 そのすぐ側で優しい色をしたチュール素材の綺麗なお化粧ポーチを発見!
 美咲さんが持ってるのを想像したら、似合っていたから買い物かごに入れてしまう。
 ふとハンドクリームが目に止まる。
 サンプルの匂いを嗅いだら、クッキーみたいな甘い匂いがした、これ好きだなあ。
 桃ちゃんにも取られちゃうかもしれないけれど、いつも夕飯の後片付けを手伝ってくれる洸太朗くんに。
 マスターには、ホーローのマグカップ。
 お休みの日や朝の一杯を淹れるためのカップになれたらいいなあ。
 あとは祥太朗さんだけ、なんだけど。
 全然決まらなくて、困った。
 そもそも祥太朗さんって何が好きだろう? 何を貰ったら喜ぶのだろう?
 ん~と見回した時、目が合ったのは丸い月。
 月の形をした小さな間接照明だった。
 あの日見上げた月みたいに冷たい横顔はしていない、丸くて温かみのある色をしていて、それをカゴに入れた。
 その人のことを思って選ぶこと、祥太朗さんだけは違った気がする。
 私があげたいなって思ったのを選んだ気がする。

「一つずつお包みしますか?」
「お願いします」
「では、わかりやすいように、一つずつリボンの色を決めて下さい」

 それぞれに合う色のリボンを決めてラッピングしていただき、お会計となった。
 レジの合計金額は一万二千円ほど、あれれ?
 六人分のプレゼントは六千円なはずなのに、おかしいなあ?
 でも黙ってたらわからない、うん、と会計を済ませた瞬間。

「ねえ、予算オーバーしてない?」

 振り向いた瞬間、そこに立っていたのはマスターだったことに驚く。

「あ、えっと、もしかしてマスターも」

 チラッとカゴを覗こうとした瞬間、後ろ手に隠してしまう。

「ダーメ、当日までのお楽しみだからね? あ、ちょっと待ってて風花さん」
「はい?」
「もし暇ならこの後ランチ付き合ってよ」
「あ、はい、是非!」

 知らない人ばかりの街で見知った顔に出逢えたのが嬉しい。
 マスターが何を買ったのか見ないように背を向けて待つ。
 気になるけれど、こういうのは楽しみにしないと。

「お待たせ、風花さん、何か食べたいものある?」
「マスターは何かあります?」
「ん~、風花さんに合わせようと思ったけれど」
「私もです」

 さて、どうしようかな、と考え込むマスターを通りすがりの女の子たちが振り返っていく。
 あ、そうだ、かっこいいんだもんね。
 普段のカフェでのマスターも十分かっこいいんだけれど、カーキ色のパンツに黒のブルゾン姿もイケている。
 一緒に並んでたら彼女を間違われないかと申し訳なくなる。
 聞いたことはないけれど、マスターには彼女がいらっしゃる、気がする。
 時々、私のことをフユと呼ぶことがある。
 同じ「フ」で始まる名前だから間違ってしまうのかもしれないけれど。
 無意識でそう呼ぶのだから、よっぽど親しい人に違いないと勝手に推理してる。

「あ、そうだ。風花さん、ロールキャベツ好き? めちゃくちゃ美味しい洋食屋さんがあるんだけど」
「ロールキャベツ好きです、行ってみたいです」
「ん、じゃ、行こうか?」

 私の手からさっき買ったプレゼントの入った手提げ袋を優しく奪い取り歩き出す。
 そのスマートな仕草に、ああ、やっぱりモテるのだろうなと思う。

「すみません、持っていただいて」
「ううん、軽いし」

 今日もマスターの笑顔は爽やかだ。

「はい、どれにする?」

 小さな喫茶店のような造りになっている古くからありそうな洋食店は、テーブルの節や窓ガラスの枠、そしてコップにまでこだわりと趣があった。
 マスターから渡されたメニューをテーブルに広げてじっくりと吟味する。
 ビーフシチューとクリームで煮込んだロールキャベツにするか、それともカツレツとロールキャベツにするか。
 いずれにせよ、マスターおすすめのロールキャベツは絶対に食べてみたい。
 うんうん悩んで決めたのは結局オムライスとロールキャベツ。

「このセットにします」
「うん、オムライスも間違いなく美味しいやつ」

 ピッと親指を立てたマスターは、ビーフシチューとロールキャベツのセットを頼んだ。

「で、今日は榛名家とは別行動?」
「はい、皆それぞれプレゼント選びに出掛けて行きました」
「だよね、考えることは一緒だ」

 はは、と笑うマスターに私も笑い返す。
 「今年のクリスマスは涼真くんも呼ぼう」そう言い出したのは美咲さんだった。


◇◇◇

「でも、涼真も吉野さんも、クリスマスは仕事なんじゃないの?」

 祥太朗さんの言葉に、あ、と悲しい顔をした美咲さん。
 私も苦笑いで事情を説明した。
 その時点ではクリスマスイブはお店は貸し切りパーティーが入っていて、予定が空いているのはクリスマス当日だけ。
 ただし、そこも予約で埋まってしまえば仕事は確定だったから無理かもしれない、と。

「じゃあ、いっそ、家が涼真くんとこ貸し切ればいいんじゃない? ねえ、勇気。ちょっと電話して」
「にじゅうほにちで、ひいんだよね?」

 バイト終わり、カレーライスを頬張りながら、マスターに電話をかけ始める勇気さん。

「賛成!! それなら涼真くんも参加できるし、姉ちゃん頭いいな」
「でしょ、洸太朗。私ってば、そういうとこだけは知恵が回るのよ。で、どうだった? 勇気?」
「おっけーだって。あ、風ちゃん、おかわりおねがい」
「はい、あの、おっけーってマスタが言ったんですか?」
「そうそう!」
「ねえねえ、美咲ちゃん。プレゼント交換どうする~? 去年のルールでいい?」
「そうね、あ、風花ちゃんにも後で説明するわね」
「なあ、本当に涼真おっけーって言ったのか? 迷惑かかんない?」

 祥太朗さんと目があった。
 そのことを心配していたのは、どうやら私たちだけだったみたいで、翌日仕事場に行ってマスターに聞いたら本当にオッケーしていたことに驚いた。

◇◇◇

「当日楽しみですね」
「ん、俺なんか誰かとクリスマスすんの三年ぶりだし」

 三年? あ、そうか、彼女とデートする暇もないくらい仕事が忙しかったんだろう。

「風花さんは?」
「えっと……」

 言いよどんだ私を見て、マスターが慌てて。

「ごめん、いっぱい楽しもうね?」

 伸びてきた長い手が事情を悟っているように私の頭を撫でた。

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