今宵、月あかりの下で

東 里胡

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11.それぞれの事情・勇気の場合

11-4

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「祥太朗!!」

 病院のロビーで私たちの到着を待ってくれていた祥太朗さんが、勇気さんの声に気づいて立ち上がる。
 勇気さんと共に祥太朗さんの元へと駆け寄って。
 
「美咲、今、どこに?」

 必死に周囲を見渡した勇気さんに対し、祥太朗さんは首を横に振った。

「え?」
「今まで美咲から逃げてた癖に、なんでこういう時だけ来るの?」

 腕組みをしたまま、勇気さんを見下ろす祥太朗さんの顔が、いつもとは違って見えた。
 祥太朗さんは、今怒っているんだ……。

「ごめん、俺」
「それに」

 勇気さんの背後にいた私に視線を合わせた祥太朗さん。
 その目がやはりいつもとは違っている気がして、私も肩をすくめる。

「どうして吉野さんは、勇気と一緒にいるの?」
「あの、」
「吉野さん、もしかして勇気の居場所、知ってた?」

 責められているようで何も言えなくなってしまった私に、祥太朗さんは大きなため息をつく。

「ガッカリだよ、勇気にも吉野さんにも。時間が経てば美咲はどうにか立ち直るだろ、ってそう思ってた? だよね? 吉野さんは、本当のアイツのこと知らないし。いっつも明るいし、バカみたいに笑ってるし元気だし? けど、誰かが居なくなること、人一倍恐れてんだよ、アイツは。勇気、お前は覚えてるはずだろ? あの時のこと。うちの父親と母親が事故にあった時の美咲のこと」

 大きく頷いた勇気さんの胸元を、祥太朗さんが掴む。

「お前も、好きだったんだよな? 美咲のこと」

 祥太朗さんと目を合わさずに首を振る勇気さん。
 その態度に祥太朗さんがますます苛立ったように、空いている右手が拳を握るのを見てしまった。

「ダメです、祥太朗さん」

 その右手が上がらないように、とっさに両手で掴み拳を隠すように握りしめた。

「ダメです、絶対」

 止める私を祥太朗さんは恨みがましそうに見下ろしてから、勇気さんの胸元からも手を離した。

「勇気さん、必死でした。祥太朗さんから連絡が入って、すぐに駆け付けたんです。途中で私のことなんか忘れて急に走り出したりして、それくらい必死だったんです。それに電車の中で勇気さん、泣い」
「風ちゃん!!」

 勇気さんが、慌てて私の口を手で塞ぐから、続く言葉を紡げない。
 だけど、祥太朗さんにはきっと伝わった、そう思いたい。
 途中の電車の中、出入り口付近に立ちながら窓の外を見るフリをして私に背中を向けて、泣いていた勇気さん。
 肩が震えてたから、すぐにわかった。
 心配で、心配で、たまらない、背中にそう書かれてた。
『祥太朗がずっと好きで守ってきた人のこと、取れるわけねえじゃん』
 あの時の寂しそうな笑顔を祥太朗さんが知らなくても、私は見てしまったし、知ってしまったから。

「美咲さんに逢わせてあげてください、お願いします、祥太朗さん」

 勇気さんの手から逃れて、祥太朗さんに頭を下げる。
 私にガッカリするのはいい。
 そんなのは、とっくに慣れているから。
 勇気さんは、ただ会いたいのだ、知りたいのだ。
 美咲さんが無事であるのか、どうか。
 ただ、それだけなのだから――。

「なんで、勇気も風花ちゃんもいるの!?」

 聞き覚えのある声に驚き振り返った先で、腕に包帯を巻いた美咲さんが笑っている。

「……、美咲、怪我」
「あー、うん。手首だけね? 階段踏み外しちゃってさあ、手をついたら、グニャリと。あまりの痛みに悶絶してたら同僚が慌てて救急車呼んじゃって」

 エヘヘと笑う美咲さんだけど、たったの数日で痩せてしまったのがわかる。

「それだけじゃねえだろ。貧血おこして倒れたんじゃねえか!! さっきまで点滴打たれてたくせに」
「言うなって言ったでしょーが!!」

 怪我をしていない右手で祥太朗さんの脇腹をいつものように、どつく美咲さん。
 いつもこうして明るくて皆に気を使わせまいとしている、榛名家の中心。
 優しくて強く見えて、だけど――。

「骨、折った?」
「ちょっと。ヒビ入っただけだから、ギブスで固定されてるだけだし。まあ、すぐに動かせるようになるでしょ」

 冗談めかして顔の前で手首を揺らそうとした美咲さんを、勇気さんが腕を掴んで止める。

「バカなの? ヒビじゃなくて今度は折れるだろ!」
「わかってるわよ。冗談に決まってんじゃん」
「美咲のは洒落になんねーの。つうかさ、なにこの腕、ほっそ」
「ダイエットしてたからね」
「ふーん? もっとプニッとしてた方が美咲らしくて好きだけどな」
「は?」

 驚いたように勇気さんを見上げた美咲さんの目が泳ぎ、潤む。
 唇を噛んで、泣き出すのを堪えている表情だった。

「美咲に本当の返事してなかった。この後、時間ある?」
「ない、知らない」
「もう聞きたくない? 俺の返事なんかいらない?」

 言葉に詰まった美咲さんが助けを求めるように祥太朗さんを見る。
 その視線の先で俯く祥太朗さんに、勇気さんが意を決したように声をかけた。

「祥太朗、いい? 美咲のこと、ちゃんと送るし。もう……、泣かせたりしないから」

 いい? は、きっと遠慮しなくてもいいか? そういうことだろう。

「……、そもそも俺に訊くことじゃねえだろ? 話し済んだら二人ともちゃんと家戻ってこいよ。待ってるし」

 祥太朗さんは笑顔だった。
 その笑顔からは心の内が想像もできないほど、優しい顔で笑って。

「頼むわ、家の姉貴。結構ワガママだけど、イイヤツなんで」

 勇気さんに耳元ですれ違いざま、そう声をかけて二人に背を向けて病院を出て行く祥太朗さん。
 私も二人に一礼して、その後を追いかける。
 一度だけ振り返った先で、抱き合ってる二人の姿に嬉しくて。
 だけど目の前を歩く人の背中が寂しそうで。
 振り返らずに歩く祥太朗さんに声をかけられずに、私は途中で足を止めた。
 追いついても振り返ってはくれない、そんな気がして――。
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