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12.これは恋じゃない
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『吉野さん、今、どこにいる?』
祥太朗さんからの何度かの不在着信とメッセージに気づいたのは、もうすぐ最寄り駅に着くあたりだった。
『連絡が遅くなりすみません。もうすぐ駅に着きます。あと、二十分くらいで家に着きますが、今日はお夕飯作れなくてごめんなさい』
時計は二十二時、疲れた顔をしたお仕事帰りの人たちの片隅で窓の外を見た。
あの後、二度、電車を乗り間違えた。
やっと元の駅に戻って、構内にあるカフェに導かれるように足を踏み入れた。
そこから二時間ほど、ぼんやりと駅を歩く人を見ていただけ。
ただ、真っすぐ帰るのが嫌だったのだ。
勇気さんと美咲さんは、きっともう大丈夫だろう。
祥太朗さんに宣言したからには、勇気さんの心はちゃんと決まっているだろうし。
美咲さんのことを幸せにしてくれるはずだ。
だけど、どうしても引っかかってる。
『ガッカリだよ、勇気にも吉野さんにも』
きっと私は勇気さんの居場所を知っていたのだと祥太朗さんは気づいてしまった。
美咲さんが悲しんでいたのに、それを教えなかった私は、祥太朗さんにとっては裏切り者でしかないだろう。
祥太朗さんの気持ちを知っていたくせに……。
私の返事に既読がつき、それきり返信がないのは怒っているからかもしれない。
駅に到着し、大きなため息をつきながら改札を抜けた。
私はどう祥太朗さんに謝ったら許してもらえるだろうか。
「吉野さん!!」
「え?」
改札の目の前にある柱、その隣に立っているのは祥太朗さんだった。
「ごめん、本当にごめん」
近寄る私に祥太朗さんは手を合わせている。
「なにが、ですか?」
「なにがって、まず、置いてっちゃったこと。てっきり後ついてきてると思って、でも振り返ったら吉野さんいなくて」
「あ……」
「それに、俺、めっちゃ酷いこと言った。勇気のこと知らなかったかもしれないのに、吉野さんのこと責めて」
「……、知ってたんです、私。だから謝らなきゃならないのは私の方で」
「涼真のとこにいたんだろ? そうじゃないかってのは思ってて、だけどさっきのは言いすぎた。吉野さんはきっと俺のこと考えて言い出せなかったか、勇気に口止めされてたんだろうって、ちょっと考えたらわかることなのに……、ごめん。本当に」
「大丈夫です」
大丈夫、大丈夫。
たとえ、もしさっきの祥太朗さんの言葉が怒りに任せて出たものだとしても、私がしてしまったことは事実だ。
「気になさらないでください、祥太朗さんに黙っていたのは許されることじゃないです」
この人がどんなに美咲さんのことを思っていたのか。
あの夜泣いていた祥太朗さんを知っているのは私だけだというのに。
事情があるとはいえ、裏切ってしまったのは私なのだから。
「吉野さん」
「はい」
「帰ってきてくれてありがと」
「え?」
驚く私に祥太朗さんは、眉尻を下げた。
「あんな言い方したら、吉野さん気にして傷ついて、また小さくなっちゃって。東京に来たばかりの頃みたいに、遠慮しちゃうんじゃないかって思って」
そんなことはない、と首を横に振ると。
「だって、もうしてるよ、さっきから。許されることじゃない、とか、それ俺が言う台詞だから。吉野さんは、そんなこと一切思わないで欲しい。あれは、もう全面的に俺の八つ当たり。勇気にぶつけるつもりが、思いきり吉野さんにもぶつけてしまって……、だからもう帰ってきてくれないんじゃないかって、ずっと不安だった」
ずっと……?
「も、もしかして」
「ん?」
「ずっと、ここに?」
「ん、んなわけないでしょ! ホラ、一回家にも帰って着替えてるし」
見上げた私の視線をプイッと交わす慌てたような祥太朗さんの鼻と頬が赤い。
確かに私服に着替えてはいるけれど。
祥太朗さんは、通勤時も私服の時もマフラーをしていない。
だから、いつも寒そうだなって思ってた。
今日はいつもにも増して寒そうな顔色をしている。
自分がしていたもので申し訳ないけれど、色は男女共用だし、うん。
紺色のチェックマフラーをはずして、背伸びをし、祥太朗さんの首に巻く。
「吉野さん?」
「待ってて下さった御礼です」
私のことを傷つけたと思って、ずっと待っててくれたのだろう。
どれくらいここにいたのか、わからないけれど、マフラーを巻く時に一瞬触れた頬がとても冷たかった。
祥太朗さんはマフラーに顔を埋めて微笑んだ。
「ありがと、少しだけ借りるね」
「家に着くまで、どうぞ」
「いや、その前に返す。ちょっと付き合ってよ、吉野さん」
「どこにですか?」
「うーん、なんか温かいもの。鍋とかどう? そうなると、居酒屋かな、うん」
「え? もしかして、祥太朗さん、まだご飯食べてなかったり!?」
「吉野さんもでしょ? 今夜はいくらでも食べて飲んでよ、でなきゃ俺の気が」
「じゃあ、ラーメンがいいです。飲み会はまた今度にしましょう? 明日も仕事ですし、ね?」
「普通に明日休みな気がしてた」
祥太朗さんの冗談とも本気ともつかない話に顔を見合わせて笑い合う。
解けてく。
凍ってしまいかけた心が祥太朗さんの優しさに触れると、いとも簡単に。
「お休みの前日なら、お酒お付き合いします」
「ん、約束だしね」
久しぶりに並んで歩く距離感が数日なかっただけなのに、懐かしくて嬉しくて。
笑みがこみあげるのを祥太朗さんに見られないように、少しだけうつむいた。
祥太朗さんからの何度かの不在着信とメッセージに気づいたのは、もうすぐ最寄り駅に着くあたりだった。
『連絡が遅くなりすみません。もうすぐ駅に着きます。あと、二十分くらいで家に着きますが、今日はお夕飯作れなくてごめんなさい』
時計は二十二時、疲れた顔をしたお仕事帰りの人たちの片隅で窓の外を見た。
あの後、二度、電車を乗り間違えた。
やっと元の駅に戻って、構内にあるカフェに導かれるように足を踏み入れた。
そこから二時間ほど、ぼんやりと駅を歩く人を見ていただけ。
ただ、真っすぐ帰るのが嫌だったのだ。
勇気さんと美咲さんは、きっともう大丈夫だろう。
祥太朗さんに宣言したからには、勇気さんの心はちゃんと決まっているだろうし。
美咲さんのことを幸せにしてくれるはずだ。
だけど、どうしても引っかかってる。
『ガッカリだよ、勇気にも吉野さんにも』
きっと私は勇気さんの居場所を知っていたのだと祥太朗さんは気づいてしまった。
美咲さんが悲しんでいたのに、それを教えなかった私は、祥太朗さんにとっては裏切り者でしかないだろう。
祥太朗さんの気持ちを知っていたくせに……。
私の返事に既読がつき、それきり返信がないのは怒っているからかもしれない。
駅に到着し、大きなため息をつきながら改札を抜けた。
私はどう祥太朗さんに謝ったら許してもらえるだろうか。
「吉野さん!!」
「え?」
改札の目の前にある柱、その隣に立っているのは祥太朗さんだった。
「ごめん、本当にごめん」
近寄る私に祥太朗さんは手を合わせている。
「なにが、ですか?」
「なにがって、まず、置いてっちゃったこと。てっきり後ついてきてると思って、でも振り返ったら吉野さんいなくて」
「あ……」
「それに、俺、めっちゃ酷いこと言った。勇気のこと知らなかったかもしれないのに、吉野さんのこと責めて」
「……、知ってたんです、私。だから謝らなきゃならないのは私の方で」
「涼真のとこにいたんだろ? そうじゃないかってのは思ってて、だけどさっきのは言いすぎた。吉野さんはきっと俺のこと考えて言い出せなかったか、勇気に口止めされてたんだろうって、ちょっと考えたらわかることなのに……、ごめん。本当に」
「大丈夫です」
大丈夫、大丈夫。
たとえ、もしさっきの祥太朗さんの言葉が怒りに任せて出たものだとしても、私がしてしまったことは事実だ。
「気になさらないでください、祥太朗さんに黙っていたのは許されることじゃないです」
この人がどんなに美咲さんのことを思っていたのか。
あの夜泣いていた祥太朗さんを知っているのは私だけだというのに。
事情があるとはいえ、裏切ってしまったのは私なのだから。
「吉野さん」
「はい」
「帰ってきてくれてありがと」
「え?」
驚く私に祥太朗さんは、眉尻を下げた。
「あんな言い方したら、吉野さん気にして傷ついて、また小さくなっちゃって。東京に来たばかりの頃みたいに、遠慮しちゃうんじゃないかって思って」
そんなことはない、と首を横に振ると。
「だって、もうしてるよ、さっきから。許されることじゃない、とか、それ俺が言う台詞だから。吉野さんは、そんなこと一切思わないで欲しい。あれは、もう全面的に俺の八つ当たり。勇気にぶつけるつもりが、思いきり吉野さんにもぶつけてしまって……、だからもう帰ってきてくれないんじゃないかって、ずっと不安だった」
ずっと……?
「も、もしかして」
「ん?」
「ずっと、ここに?」
「ん、んなわけないでしょ! ホラ、一回家にも帰って着替えてるし」
見上げた私の視線をプイッと交わす慌てたような祥太朗さんの鼻と頬が赤い。
確かに私服に着替えてはいるけれど。
祥太朗さんは、通勤時も私服の時もマフラーをしていない。
だから、いつも寒そうだなって思ってた。
今日はいつもにも増して寒そうな顔色をしている。
自分がしていたもので申し訳ないけれど、色は男女共用だし、うん。
紺色のチェックマフラーをはずして、背伸びをし、祥太朗さんの首に巻く。
「吉野さん?」
「待ってて下さった御礼です」
私のことを傷つけたと思って、ずっと待っててくれたのだろう。
どれくらいここにいたのか、わからないけれど、マフラーを巻く時に一瞬触れた頬がとても冷たかった。
祥太朗さんはマフラーに顔を埋めて微笑んだ。
「ありがと、少しだけ借りるね」
「家に着くまで、どうぞ」
「いや、その前に返す。ちょっと付き合ってよ、吉野さん」
「どこにですか?」
「うーん、なんか温かいもの。鍋とかどう? そうなると、居酒屋かな、うん」
「え? もしかして、祥太朗さん、まだご飯食べてなかったり!?」
「吉野さんもでしょ? 今夜はいくらでも食べて飲んでよ、でなきゃ俺の気が」
「じゃあ、ラーメンがいいです。飲み会はまた今度にしましょう? 明日も仕事ですし、ね?」
「普通に明日休みな気がしてた」
祥太朗さんの冗談とも本気ともつかない話に顔を見合わせて笑い合う。
解けてく。
凍ってしまいかけた心が祥太朗さんの優しさに触れると、いとも簡単に。
「お休みの前日なら、お酒お付き合いします」
「ん、約束だしね」
久しぶりに並んで歩く距離感が数日なかっただけなのに、懐かしくて嬉しくて。
笑みがこみあげるのを祥太朗さんに見られないように、少しだけうつむいた。
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