今宵、月あかりの下で

東 里胡

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12.これは恋じゃない

12-2

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 三月十二日、二日早いホワイトデーを榛名家で行うとのことでマスターも家にやってきた。
 女子三人の前に並ぶ大量のいちごや、オレンジ、バナナ、キウイとパイナップル。
 そして、マシュマロ、マドレーヌといったお菓子。
 テーブルの真ん中には、チョコレートがたっぷり入ったフォンデュ鍋が置かれた。

「どうぞお召し上がりください、お嬢様方」

 マスターの執事めいた話し方に私たちは顔を見合わせて笑い、「いただきまーす」とフォークを握ってから、美咲さんが「あ」と何かを思い付いたように手を止めた。

「つうかさ、こんなに大量食べられるわけないじゃん。皆も一緒に食べればいいじゃん」
「ギクッ、後で余ったの貰おうと思ってると何故バレた?」
「いや、そうだろうとは思ってた。だったら一緒に食べようよ、見られてると食べづらいし」
「美咲がどうしても食べてというなら、食べてもいいけど」
「じゃあ、勇気だけ食べるな」
「えー、なにそれ!!」

 美咲さんと勇気さんの軽快なやり取りを見て、キッチンから男性陣四人分のお皿とフォークを用意しセッティングをすると。

「これじゃ、お返しになってなくない?」
「まあ、いいじゃん、祥ちゃん。そんな堅苦しく考えなくてもさ。早く早く、皆で食べようよ」

 桃ちゃんのオイデオイデに最後まで一人申し訳なさそうだった祥太朗さんも席について。

「じゃあ、あらためまして、いただきましょう」

 甘いもの大好きな洸太朗くんが仕切り出して、皆苦笑し出す。

「いただきまーす」

 と、各々に好きなものをフォークに刺してチョコをつける。
 私はバナナ、懐かしい屋台の味がする。

「美味しい」
「うん、美味しいです」

 桃ちゃんと頷き合いながら、次々と口の中に運ぶ。

「あ、ちょっと待って」

 勇気さんが途中で自分の部屋に行き、戻って来たら手にはザクギリのポテトチップスの大入り袋が。

「これも美味しいかもよ」
「あ、北海道のチョコの味になる、それ!」
「じゃあ、ポップコーンとかもどうだろ? 温めればすぐできるし」
「祥太朗、すぐに温めてきて!」
「あ、あの、ワッフルとかどうですか? 私、作ります」

 おずおずと手を挙げたら、マスターに手を掴まれて降ろされた。

「それは俺が作る。今日は女性陣は食べる人、俺らが動く人、ね?」
「う、は、はい。お任せします」
「場所と材料がどこにあるのかだけ、教えてくれる?」
「あ、じゃあキッチンに」

 マスターを伴い、キッチンに入り、卵と砂糖、バター、ホットケーキミックス、牛乳とサラダ油を出した。

「うちではホットケーキミックスで簡単に作ってるんですが、分量は」
「大丈夫、レシピ見ればどうにかね」

 スマホを手にマスターが任せてと笑うので、最後に肝心のワッフルメーカーを出す。
 フライパン鍋と同じく、ガス台の下に入れていたのをしゃがみ込んで取り出す。
 
「あ、ありました、これで……」

 顔を上げた瞬間、何かにぶつかった。
 探すのを見下ろしていたマスターが間近で赤い顔をして固まっている。
 あ、れ……?

「あの、ゴメン、えっと、故意じゃなくって」

 そう言った後、真っ赤になったマスターが手で口元を隠す。
 ……、私、さっき、何にぶつかった!?

 何かに当った。
 唇が、何かに触れた。
 真っ赤な顔で自分の口を隠すマスター。
 えっと、これは……。

「風花ちゃん~! ポテチ、めっちゃ美味いよ~!!」
「あ、はいっ」

 一瞬だけマスターと目が合って、互いに反らす。
 あれれ、あれれ、何だかおかしい。
 心臓がドキドキしてるのは何故だろう?

「吉野さん、熱でもある?」

 席に戻ると祥太朗さんが私の顔を見て首を傾げる。

「いえ、えっと、今日暑くありません?」
「そう? 春めいたといえば、そんな感じだけど」

 私を気遣うように、ベランダの窓を開けて冷えた空気を取り入れてくれる祥太朗さん。
 事故、そう、あれは事故だ。

「え、うわっ」

 キッチンからマスターの悲鳴と共に床にガシャンと何か落下する音。
 祥太朗さんはその音に今度はキッチンへ。

「あーあ、何やってんだよ、涼真」
「ごめん、手が滑っちゃって」
「片しておくからさ。洸太朗、涼真にスウェットか何か貸してやって。着替えてこいよ」
「了解! 涼真くん、こっち来て」
「洸太朗、ごめんね」

 キッチンからリビングに戻ってきたマスターは、混ぜ合わせた生地をズボンにこぼしてしまったらしく、申し訳なさそうに洸太朗くんの部屋へと入っていく。

「あ、手伝います」

 キッチンに入ると、祥太朗さんが床に零れた生地を拭きあげたところで。

「もう大丈夫、それよりワッフルの生地だけ作ってもらってもいい? すぐ焼くからさ」
「勿論です」

 マスターが気にしないように、焼いておいてあげようってことだろう。
 すぐに支度にとりかかる。

「ごめんね、吉野さん」
「はい?」
「今日は料理もさせないつもりだったのに」

 朝、いつもと同じ時間に起きたら、既に祥太朗さんがサンドイッチを作っているところだった。
 一番最初に私が榛名家で作ったのを覚えていて、早く起きたから再現してみたと言っていたけれど。
 そうか、そういうことだったんだ。
 祥太朗さんの優しい気遣いに微笑んだ。

「朝のサンドイッチ、とっても美味しかったです」
「そう? 吉野さんの作ったのみたいにキレイじゃなかったけど、美味しかったなら安心した」

 出来上がった生地を台所に置こうとしたら。

「良かった、顔色戻ったね? 熱はないみたいだし」

 なんて額に手を添えられて、今度は私が生地が入ったボウルを落としそうになってギュッと手に力を込めた。
 今度こそ、本当に熱が出そうな、そんな気がした。


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