今宵、月あかりの下で

東 里胡

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12.これは恋じゃない

12-6

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「美咲、鼻水出てる」
「言わないでよ」
「鼻水出てても美人」
「……勇気、絶対バカにしてるでしょ」

 二人のやり取りに皆笑い出すと、やっぱり誰かしらまだ咳き込んだりはして。
 青空の下、皆でお花見弁当を囲むのは、チョコレートフォンデュをしてから、丁度二週間後の日曜日。
 薄紅色の満開の桜が、風に揺れ時々舞い落ちてくる。
 最後にかかった美咲さんのインフルエンザは、鼻水を残しほぼ完治をした。
 翌週の月曜日から美咲さんを除いて日常生活に戻り、マスターがお店を開けると、常連客のマダムたちがこぞってお見舞いに駆けつけてくれた。

『ねえ、二人揃ってインフルエンザだなんて、ちょっと仲良すぎやしない?』
『怪しいわよねえ』

 なんて問い詰められて、私もマスターも苦笑い。
 あれは、事故だった。
 一度目は事故、二度目はマスターも、今思えば私も発熱し始めていたからだった。
 だからこそ、何も変わらずに一緒に仕事をしていられる。
 今日だって、昨夜から榛名家に泊まり込んでくれて、朝四時から一緒にお弁当を仕込んだ。
 その内、寝ぼけまなこの勇気さんが起きてきて、おにぎり二個とお茶のペットボトルを持って「いってきます」と重要任務に出掛けて行く。
 病み上がり者共に、場所取りなんて体力勝負の仕事任せられるか! 
 そんなかっこいい台詞で、公園で一番大きな桜の樹の下の場所取りに出かけてくれたのだ。
 この二週間の榛名家を支えた勇気さんは、十時頃、私たちが到着した時にはシートの上で寝袋に包まり、超熟睡していた。
 やっぱり疲れてたんだよね、って美咲さんが頭を撫でたら、思いきり嬉しそうな顔して勇気さんが目覚めた時には、皆ニヤけるのを隠すの必死。
 すぐに私たちが一緒にいることに気づいて、顔を引き締めたけれど、ああやっぱり二人お似合いだな、って微笑んだら。
 同じように笑っている祥太朗さんと目が合って、頷き合う。
『もう、大丈夫だよ』って、気持ちが伝わってくるから、ホッとした。

「卵焼き作ったのって、風花さんだよね? で、唐揚げは涼真くん」
「え? 洸太朗、なんでわかんの?」
「ほら、もう俺の舌、風花さんの料理の味覚えてんだわ」
「洸ちゃんだけじゃないもん、わかったの! 私だってわかってたし」

 エッヘンと威張る桃ちゃんは、ウズラ卵のフライをつまみ。

「これは、風花ちゃん」
「桃ちゃん、残念。それは、俺だわ」
「えー!! 悔しい!」
「やっぱ、桃わかってないじゃん」

 やっぱり、いいな。
 皆で一緒にいると楽しい。
 ここ数日、こうして全員一緒なんてなかったから、余計に幸せなひと時だと思う。

「吉野さん、どこ行く気?」

 トイレに来た後、花見の場所とは反対方向に歩き出した私に、声をかけてきたのは、やはりトイレから出てきた祥太朗さんだった。

「あ、この近所で焼き鳥屋さんがあるの、この間見つけて。つまみにどうかなって」
「じゃあ、一緒に行こうよ」
「はい」

 先週月曜日、一週間ぶりに朝の出勤を一緒に歩いた。
 私の歩く速度を一番覚えてくれている祥太朗さん。
 今日もまたゆっくりと歩幅を合わせてくれる。

「あの、あらためまして看病ありがとうございました」
「また言う? 俺の方こそ、ありがとうなんだけど?」
「でも、私、あの」
「ん?」
「人に看病してもらうのって、小学生の時以来で、すごくすごく心強くて」
「だから、か」
「え?」
「ううん、なんでもない」
「気になるんですが? え? 私、何かやらかしました?」

 焦る私をよそに、祥太朗さんは、なんでもないと、また含み笑いをする。
 インフルエンザ後からだろうか。
 やっぱり祥太朗さんとの距離が近づいている、そんな気がする。

「吉野さんって結構」
「はい?」
「甘えるよね、弱ってるときって」

 そういってまた笑いだす祥太朗さんに目を丸くする。

「甘えたんですか? 私、祥太朗さんに甘えちゃったんですか?」
「冗談だけど」
「よ、よかったあ」
「なんてね」
「それ、この間もですよね? どっちなんですか? 教えてください、祥太朗さん!!」

 からかわれてる気がして、頬をふくらましてしまったら、立ち止まった祥太朗さんの手が私の頭を撫でる。

「桜、キレイだよね」

 一片、私の頭についていた花びらをすくい、またからかうような笑顔に戻り歩き出す。
 ああ、なんだろう、このくすぐったくて鼓動が落ち着かなくなる感じ。
 祥太朗さんの笑顔を見る度に、最近ずっとこうなってしまうのだ。

「あのさ、吉野さん」

 ふと足を止めた祥太朗さんが、私を振り返る。

「俺、もう大丈夫だから」
「え?」
「美咲と勇気のこと。ちゃんと、認めてるし、もう痛くないから」

 と自分の心臓を親指でさして笑って。

「吉野さんは?」
「はい?」
「元彼のこと、まだ」

 慌てて大きく首を振る。
 違う、今はもう違うの。

「もう、平気?」

 気づかわしげに微笑む祥太朗さんに頷いたら、何度もそっかと笑ってくれた。
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