アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ

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人生とは驚きの連続だ②

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「もういい加減お嬢様を解放してください! 体のケアと明日の準備に時間がかかるのです!」

 いつになくアルマが強気だ! イケイケー!
 ――ん? ちょっと待て! 婚姻式が明日!? え、帰ってきた夜からだから……足かけ五日も寝室に籠ってったって訳!?
 閨事初心者になんつーハードな事してくれてんの!? という恨みを込めて、じろりと指の隙間から鬼畜様を見上げる。
 そしたらちょっと不機嫌な感じで息を吐いた鬼畜様。

「仕方ない」

 仕方なくないよ。ただ、わたし立てるかな?
 落ち着いて魔力を練れなかったから、回復魔法も掛けられなかったんだから!

 ベッドは天蓋から紗幕が下りてて、わたし達の姿はうっすらとしか分からないだろうけど、アルマはまだしもシオンはちょっと遠慮して欲しかった。

 ガウンを羽織ったお兄様が寝台から出ていくと、シオンから何か受け取ってすぐ戻って来る。
 あらぁ、お盆に契約書が乗ってるー。婚姻誓約書だってー。へー。

「先にこれにサインを。だろうから、今日の内に提出する」

 こんなヘロヘロで裸のままベッドに横たわるわたしにサインしろと。
 婚姻誓約書ってもっと厳かな雰囲気の神殿で神官の元サインするんじゃないんですかねー。
 分かってる。もう今更だって言うんでしょ。既に両親とお兄様のサインがされているし。
 あれ? お兄様の名前が『レオナルド・ジル=オルランド』となっているわ。
『オルランド』って、我が家の予備爵で伯爵位。貴族学院を卒業した後、お兄様はオルランド伯爵を継承していたのだけど……リズボーン姓がなくなっていた。

「いつの間に除籍なさっていたの?」

 お兄様に手を貸してもらい上体を起こしガウンを羽織っても、ぐにゃりとお兄様にもたれ掛かってしまう。
 あー、これ、多分立てねーわ。

「大体二月前だな。それでリズボーン公爵とオルランド伯爵で婚約契約を交わした」

 えっ? お兄様は公爵位を継がないの?
 オルランド伯爵になっても、リズボーン公爵位をいずれ継ぐと思っていたわ。
 怒涛の展開で流してたけど、義理の兄妹が婚姻するなら、一度どっちかの籍を抜かないといけない。
 養子だったお兄様が抜けるのが順当っていやーそうなんだけどさー。

「もしや、わたくしが女公爵になるのですか?」

「さあ? どうだろうな」

 さあってなによ。

「それとも『お兄様』が王位をお継ぎになる、とか」

 これはない、と以前も確認している。でも事情が変わったとか?

「レネ、『ジル』と呼べと言っただろう? 『お兄様』呼びは背徳感があってそれはそれでよかったがな。次に『お兄様』呼びをしたらお仕置きだ」

 お仕置きって。

「むぅ、急に切り替えは難しいのです」

「それから、“泥船”の船頭役になる気はない」

「一体どういう……んん」

 曖昧にはぐらかしやがってー! しかもキスで誤魔化すとは!

 結局答えてもらえず、抱き上げられて浴室に連れて行かれた。



 *****



 体内魔力を整えて“回復魔法”を全身に掛けると、あちこちの鈍い痛みと全身至る所にあった鬱血痕キスマークが消えた。
 あー恥ずかしー。

「お嬢様、髪を伸ばしてくださいませ」

「え、何故?」

 きょとんとアルマに訊き返すも、凄みのある微笑みに弾き返された。

「明日はぜひとも美しい長い髪が必要です。以前魔法で髪を伸ばせるとおっしゃっていらっしゃいましたね? 今がその時です」

「……ハイ」

 髪を切った時アルマには散々泣かれた弱みがあるし、公式行事婚姻式なら仕方がないかな。
 という事で、髪に回復魔法をかけた。
 ああ、また頭が重い。と同時に身が引き締まる。

 明日着る予定の花嫁衣裳は、母が降嫁してきた時のドレスを手直ししたものだ。
 最終調整で試着していると、その母がやって来てしまった。
 ううっ、顔! 視線が泳ぐぅ。

「あら、髪は着け毛かしら」

 注目ポイントはそこか。

「いえ、魔法で伸ばしましたの」

「まぁ、便利な事ね」

 何かどうでもいいような声音であっさりと会話が終わって、沈黙が訪れた。
 一時、わたしと母の関係は冷え込んでいた。今は関係修復……途中かな。

「……本来なら、伝統デザインでも、一から新しく作るはずだったのに……間に合わなかったわ。ごめんなさいね。
 本当に、こんなに慌ただしく、否応なく計画を推し進める事は、わたくしは反対したのよ」

 微かに顔を顰め、花嫁のベールにそっと手を滑らせていく母は、自身の婚姻式当時を思い出しているのか、少し感傷的に感じた。

「ジルは……貴女を大切に思っている。それは間違いないわ。
 子供の頃から、自分の置かれている立場と、王家との関わりを理解して、その上で貴女を支える夫になりたいと言っていたのよ」

「……は? 子供の頃……?」

 思い出を辿ってみて、それらしい言葉や態度を示された事はないな、と改めて認識。
 だってさ、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた教育に、熱出して寝込んだわたしへのお見舞いの言葉が、「要領が悪い」だったのよ!
 厳しい言葉と態度しか思い出せないわ。
 ただ、それらの根底にあるのは、わたしを想っての事で、大変分かり難い優しさである。
 でも……お兄様がわたしを支える? 逆じゃなくて?

「何でも一度で理解出来て、すぐに自分のものにする天賦の才に恵まれているのに、とてもつまらなそうだったわ。
 それが貴女が産まれた後、変わって来たのよ。良い情操教育になっていると思っていたのだけれど……七歳にして『レネと結婚したい』と言い出した時には頭を抱えてしまったわ。
 ジルならば、他国の王族とも婚姻出来るのに、何故身内、義理の妹を選ぶのかしらって訊いたのよ。なんて言ったと思う?」

 母は、わたしには超厳しいのに、兄には少々甘い顔をする。
 その母からの兄語り。気まずさがどこかに消えて、スンと感情が凪いだ。

 わたしの返事を待たずに、母は思い出し笑いを浮かべて答えを告げる。

「『面白いから』ですって! 世間を知らない子供らしさに、ほっとしたものだわ。
 それなのに、着々と足場を固めて、レオ(レネの父)と一緒に水面下で計画を推し進めていたの。
 わたくしは蚊帳の外。それに当事者である貴女もね」

 面白い――はぁ、そうですか。
 わたしはお兄様の、『おもしれー女』枠に入っていた模様。

 なんとなく母は疎外感に拗ねているようだけど、当事者なのに今まで何も知らなかったわたしはどうなのよ!ってムカついてきた。
 それでもその感情をぶつける事はしない。ええ、しませんとも! そういう教育を骨身に染みるほど受けてきたからね!

 母とはなかなか相互理解が進まない。
 王家の古き慣習を引きずっている母と、前世日本人の感覚が抜けきらないわたしだもん。
 それでも少しずつ、こういう会話が出来ているんだから、以前よりはマシだ。

「わたくし、本当はジルに王になって欲しかったのよ。資質は誰よりも、ジェラルドよりあると思うの。あの凡庸な兄の子とは思えないわ。でも、本人は全くその気がないんですもの、ままならないわね」

 確かにね。でもそれなら――

「例えば、法を改正し、降嫁した元王女に王位継承権の復権が認められたなら、お母様は女王になられますか?」

 王位継承権を持つ王子が臣籍降下して子供が生まれても、そのまま継承権を維持するのに対し、王女は降嫁した後、子供が生まれたら継承権を失う。
 女性にも継承権があるのはいいけれど、実際王子と王女がいたなら、よほど王子の出来が悪くない限り王子の方が王位を継ぐのだ。

 因みになんで母になった元王女の継承権が無くなるかというと、「子育てに重点をおく母親には国政は重荷になるだろう」という理由らしい。
 は? バカ言ってんじゃないよ! 王侯貴族の女性は大抵自分で子育てしないだろうが!!
 男女平等は遠いな。

 まあちょっとした好奇心で訊いたんだけど、思いの外真剣な眼差しを向けられた。

「確かにわたくしは兄を差し置いて女王になりたかったわ。若気の至りね。
 もし、法が改正されたとしても、わたくしはもう女王になろうとは思わないわ。貴女がなりなさい」

 母には例え話をした。それの回答、ただそれだけの例え話。

 ……だよね?



 *****



 翌日――王都の大聖堂にて厳かに執り行われる筆頭公爵家の婚姻式。
 本来なら、国中の重鎮や、他国の王族も参列するだろう式典なのだが、今回は身内だけでこじんまりと行われる。

 新郎新婦の家族とリズボーン家の重鎮、国王と第一王子、先代王弟のミカエラ前公爵とその家族。
 がらんとした聖堂内を、父にエスコートされ、新郎のあ……げふん、ジルの元へと歩く。
 ウェディングドレスの後ろ側の裾は長く引き、被ったレースのベールもこれまた長いが“末広がり”の八メートルはない。それは前世の風習だったわね。

 式を執り行うのは神官の頂点である大神官。その手前で艶然と微笑む我が兄改め夫。
 こうして改めて眺めると、確かに美しい男ではある。
 わたしが家族ではなく赤の他人だったなら、芸能人をきゃあきゃあ応援する感覚を持てたんだろうな。
 兄ではなく、夫。わたしの男。……まだ気持ちの整理がつかない。

 はぁ、それにしても、絶対横やりが入ると思ったのに、わたしがジルとずっと領地の城の奥深く、寝室から出てこなかったから、というか、接触を回避するために籠らされていたみたいで、実はなんやかやがあったらしいのを、両親がシャットアウトしてたらしい。
 王家側を見ないようにしよう。

 大神官の発声の下、粛々と進む婚儀。誓いの言葉を述べ、ベールを上げて、誓いのキスを――

「その婚儀、ちょっと待ったーーー!!!」

 する一秒前に聖堂内に響き渡るお邪魔虫の声。
 扉を乱暴に開けて侵入してきたのは、東の第三王子殿下と護衛騎士たちであった。

 はぁ? 結婚式で花嫁を奪還しようとするのは元カレと相場は決まってるぞ?


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