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第3話 灯火の中の景色
しおりを挟む――湿った風が吹く森の奥。人里離れた小屋の前で、三人の影が立ち止まった。
ガットが扉を押し開け、セリーナの肩を支えて中へ導く。目隠しをされたままの彼女は段差を見つけられず、わずかによろめいた。その瞬間、ガットの手がそっと背を支えた。
古びた木の匂い。閉め切られた空気に混じる、ほのかな潮の香り。小屋の中には、淡い灯火が二つだけ揺れている。
ベッドに腰を下ろさせると、コビーが前に回った。
「ごめんね、王女さん。少し我慢してね。」
彼は両手を、次いで足首をきつめに縛った。縄が擦れる音と一緒に、ためらうような息づかいが聞こえた。
「僕たちは王女さんを傷つけたりは絶対にしない。だから安心して。」
セリーナは小さくうなずく。
(どうしてだろ……全然怖くない……)
ガットの声が低く響く。
「王女さん。俺たちは金が欲しいだけなんだ。あんたに危害を加えるつもりはねぇ。」
(お金……やっぱり誘拐……私なんかを誘拐しても……)
ガットは外套を羽織り、帽子を深くかぶった。
「通った道をもう一度見てくる。王都の様子も見ておきたい。ここを頼む。」
「うん。小屋の周りは警戒しておくよ。」
扉が軋み、ガットの足音が遠ざかる。ほどなくして、コビーも外の見張りへ出た。
――静寂。
残されたのは、縛られたままのセリーナ一人。耳だけが世界を探している。
ザァァ……ザァァ……
(波の音……?)
(海沿い……?)
遠くのうねりが、ゆっくりと胸の奥にしみてくる。
(ほかには何も聞こえない……)
どれほどの時間が経ったのかもわからない。口を塞いでいる布は呼気を吸って重くなり、湿った熱で頬に張りつく。息はできる。けれど、空気が薄く感じた。
(息が熱い……苦しい……)
灯火の明かりが肌の上をかすかに流れる。その温度の揺れだけが時間を刻んでいた。
――ガチャーー。
扉が開く。
コツ……コツ……コツ……
近づく足音。
(誰……?)
「口の布、外すね。」
その声に、セリーナはどこか安堵を覚える。
頬に指が触れ、布がほどける。
「はぁ……」
深く息を吐く。冷たい空気が肺の奥まで落ちていった。
「ごめんね。苦しかったよね。……ガットが帰ってくるまで待ってて。」
(ガット……もう一人の人……)
カツン、カツン。火打石の音。しばらくして、パチ……パチ……火が上がる。
カチャ、カポン、ジャアァ……。
水や器の音が響き、コビーは黙々と何かを整えていた。小屋の中を行き来する足音。セリーナはその音を、まるで鼓動のように数え続けた。
コポ、コポコポ……。
お湯が沸く音。そして、外から馬の蹄。
ダカッダカッダカッ――「ブルルッ!」
バン、と扉が開く。
セリーナは反射的に音のしたほうへ顔を向けた。
「王都は静かなもんだ。」
「動いてないんだ?」
「ああ。……まぁ、向こうが動けないように書いたからな。」
(……)
セリーナはため息にも似た深い息を吐く……。
ガットの声が重く沈む。そしてドカッと椅子に腰を下ろす音。
しばらくして――
ドン……ドン……ドン……。
重い足音が近づく。目の前で止まり、風が頬を撫でた。
次の瞬間、頭がそっと前に押される。
シュッ……ハラリ。
――目隠しが外れた。
光が刺す。長く閉ざされていた瞼の裏に、世界が戻る。
薄暗い小屋の中。目張りされた窓から細い光が差し込み、空気の粒が線になって漂っていた。天井には二つのランプ。その淡い灯火が、世界をかたちづくっている。
最初に見えたのは、黒い上着の男――ガット。髪は乱れ、頬には無精ひげ。広い肩、静かな目。その瞳には、怒りでも憎しみでもない、深く固い意志があった。
足元に触れる気配。刃が縄を裂き、端が床に落ちる。
「手を出せ。」
セリーナは手を前に出す。荒い手が一瞬だけ手首を包み、縄を切る。解かれた手が膝の上に戻ると、ガットは何も言わず椅子へ腰を下ろした。
そして、もうひとつの影――コビー。灯火の光に照らされた黒髪が、やわらかく揺れている。若いのに、どこか落ち着いた雰囲気。その目元には、疲れよりも優しさの色があった。
(……優しそうな人……)
セリーナは、再びガットのほうへ目を向けた。
(私を連れ出した人の目……)
火のはぜる音。二つの灯火がゆらめき、三人の影が壁に滲む。
セリーナは小さく息を吐いた。張りつめていた何かが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
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