スラム出身の“偽聖女”は、傷ついた第二王子と政略結婚しました。〜本当の私は、王に滅ぼされた最強名家の生き残りです!~

紅葉山参

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始まりは一本の矢──運命の選定

洗礼の儀

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 白い大理石が敷き詰められた王宮大聖堂は、静謐な空気に満ちていた。煌びやかなステンドグラスに射し込む陽光が、床に七色の光を落としている。その中央に設置された儀式台に、私は立っていた。

 王国の歴史ある白羽の儀式――その中でも、「洗礼の儀」は選ばれた候補者の魔力を測定し、方向性や適性を神官と王家に正式に開示する最も重要な段階。
 魔力を持つ者は貴族階級では当たり前だが、平民にとっては稀有。そのせいで、私は今、貴族たちから好奇と困惑と、露骨な侮蔑を混ぜた視線を浴びていた。

 ざわざわと低い声が周囲から漏れる。

「平民が洗礼に出てくるなんて前代未聞だ」
「いや、矢が落ちたのなら規定上は拒めない」
「まさか魔力ゼロなんていう落ちでは」

 私は息を整え、神官長の前へ進み、胸に手を当て黙礼する。

「始める。力を抜きなさい、イレネス」

 神官長は大杖を軽く掲げ、魔法陣が淡く輝く。床いっぱいに展開された紋様から光が立ち上り、その中心に私は立つ。足元が温かくなり、同時に身体の奥から細い糸を引かれる感覚が芽生えた。

(……これ、魔力?)

 初めて感じる不可思議な熱。苦痛はないが、背骨の奥にまとわりつくような重厚さがあった。

「魔力、計測開始」

 神官の声が響く。
 すると――

 バシュッ

 魔法陣の外側に置かれた測定結晶の一つが軽く震え、淡い光を放つ。

(……光った? まさか、私に本当に魔力が?)

 さらに第二、第三の結晶が淡く点灯する。

 ざわ、という波紋のような声が広がる。

「嘘だろ、平民に魔力発現なんて」
「しかも三段階結晶が光ったぞ、最低でも初級魔導士ほどの保有じゃないか」

 私の心臓が一つ跳ねる。
 別に自慢する気はない。
 ただ、希望が生まれた気がした。

(……私にも、できることがある?)

 しかし。

 空気が急に冷えた。貴族側の席から、きれいな靴音が響く。

 ロザリア・フォン・グランツ。
 聖女候補の筆頭、黒髪に紅い瞳を持つ絶世の令嬢。
 昨年から貴族社会で魔法適性トップの記録を持ち、内定済みと噂されるほどの人物だ。

「測定、打ち切りを提案しますわ」

 張りつめた声が響く。
 視線が一斉に彼女へ向かう。

「理由は」

 神官長が問い返す。

「平民が魔力を持つなど、聞いたことがありませんわ。測定機器の誤作動か、誰かが不正を働いたと疑うのが妥当ですわ」

 その場にいた貴族の何人かが頷く。

 私は唇を噛んだ。
 やっぱり、こうなる。

 ロザリアはこちらへ目を向ける。
 氷のような瞳。

「潔白である証を示すのが先ですわ。魔力が本当に存在するというなら、ここで証明なさい。……平民風情が王宮の魔力結界に触れて、無傷で立てるかどうか」

 周囲がざわつく。
 王宮結界は強力な魔障壁。
 魔力操作の心得がない者が生身で触れれば、身体に麻痺や負荷が出ることもある。

(……やれって言うの?)

 逃げたい気持ちが生まれた。
 でも――ここで後ずされば、スラムも私も終わる。

 私は歩み出ようとした。
 その瞬間。

「待ちなさい」

 神官長が低い声で制した。

「ロザリア。結界への直接接触を強制するのは、神職規定違反だ」

 ロザリアは眉一つ動かさない。

「ですが、不正を認めたまま進む方が国家にとって不敬ではなくて? 魔力を有する者は、高潔であることも求められますのよ」

 ……言葉が刺さる。
 貴族に生まれていなければ“高潔”はあり得ないと、そう言っている。

(そんなの……知らない)

 私は拳を握る。

 すると神官長が、私に視線を向けた。

「イレネス、問う。結界に触れる覚悟はあるか」

 私は息を吸う。
 覚悟なんて……そんな言葉では言い表せない、やらなければならない。やらないという選択肢は私には与えられていたない。
「……はい」

「ならば、結界出力を最低値に落とし接触試験を行う。致死性にはしない。ロザリア、異論は」

「ありませんわ」

 儀式堂の空気が張りつめた。
 誰もが結界が光る壁の前へ注目する。

 私は足を踏み出し、結界の前に立った。

 透明な膜のような光。
 触れたらどうなるのか――想像もつかない。

(でも、やる。ここで退けない)

 私は手を伸ばす。

 指先が光に触れた瞬間――

 びりっ

 身体に電撃のような衝撃が走った。
 体が跳ねる。

(痛……っ!)

 思わず膝をつきそうになる。
 視界が揺れる。
 でも手は離さない。

(離したら……終わり……)

 くぐもった声が耳に届いた。

「馬鹿な……!結界が彼女の魔力を読み取っている……?」
「適合率、70%超えだと……?」

 結界の光が脈打ち、痛みがゆっくりと和らいでいく。

 私はゆっくり顔を上げた。

(……負けない)

 結界が光を弱め、そのまま消えた。

「適合試験、完了」

 神官長が宣言する。

「イレネスは確かに魔力を持つ。測定機器は正常。以上だ」

 周囲が揺れた。
 ロザリアの目が細くなる。

「そう……なら、次はここからが本戦ですわ」

 高慢ではあるが、揺れる声ではなかった。
 その点、腹は据わっている。

 神官長が手を打った。

「洗礼の儀は本日ここまで。詳細判定と神託は後日通達する――イレネス、ロザリア、全候補者は控室へ」

 そう告げると、式場に緊張が残ったまま人々が動き始める。

 私はふらつく膝をどうにか立て直す。

(痛い……けど、倒れない)

 誰にも負けないために。
 スラムを守るために。
 自分の人生を取り戻すために。

 まだ魔力の本質すら掴めていない。
 けれど――

(私は、ここに立てた)

 小さく息を吐き、私は歩き出した。

 
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