スラム出身の“偽聖女”は、傷ついた第二王子と政略結婚しました。〜本当の私は、王に滅ぼされた最強名家の生き残りです!~

紅葉山参

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ロザリアの暗躍

追跡

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 馬車を降り、辺境の村を歩き出した瞬間――胸の奥で、微かなざわめきが生まれた。

 空気が重い。
 湿り気を帯びているというだけではない。昼間にもかかわらず、どこか薄暗く感じられるほどの陰りが、村全体に広がっていた。

 石畳はひび割れ、畑は手入れが行き届いていない。
 道を歩く人々の表情には覇気がなく、視線は地面に落ちたままだ。

(何か……ある。絶対に)

 胸中でそう呟きながら、私は案内役の村長のあとについていく。

「こちらが、最近問題が起きているという井戸です。水が濁り、家畜が飲むと弱ってしまうんです」

 村長の声はしわがれていた。夜も眠れていないのだろう。

「聖女候補様には、お忙しい中、遠くまで……」

「いえ。人々が困っているなら当然です。早速、調べさせてください」

 私は井戸の淵に手を置き、そっと目を閉じた。指先から、微弱な魔力を流し込む。

 冷たい水の気配。
 そこに混じる――不自然な揺らぎ。

(やっぱり、魔力の乱れが……)

 自然発生するものではない。人為的か、あるいは魔物による何らかの干渉。

 その瞬間、視界の端で影が揺れた。私を見つめる村人の一人。その目に、異様な色が宿っている気がした。

(今の……気のせい?)

 いや、違う。胸がざわめいている。
 この村には、明らかに“何か”が潜んでいる。

「聖女候補様……これは、その……我らの村に災いが起きているのは、やはり……」

 不安げに口を開く村長に、私は微笑みを返す。

「大丈夫です。原因は必ず突き止めます。それまで、井戸には近づかないように注意してください」

 しかしその言葉の裏で、胸の奥には別の警戒心が広がっていた。

(これ……ただの異変じゃない。人為的な“誘導”だ)

 ここに来るように仕向けられたとしたら――
 誰かが、私をこの村に閉じ込めたいと思っているのだとしたら。

(ロザリア……)

 直感が、彼女の名を示した。
 優越感と独占欲に満ちたあの瞳。舞踏会で見せた、氷のような笑み。

(私が王族に近づくことを彼女は嫌っていた。邪魔者として排除したいと思っても……不思議じゃない)

 もしこれが罠であれば、次に起きるのは――

 背筋に冷たいものが走った。

「……急いだほうがいい」

 私は井戸から離れ、周囲の地形を見渡す。

 この村は小さく、外に向かう道も限られている。
 罠としては単純だが、閉じ込めてしまえば十分。

(でも、あの人は……気づいているかもしれない)

 私の頭に浮かんだのは、紺碧の瞳をした青年――ダニエル。
 王城での微妙な気配の変化を、彼は誰よりも早く察していた。

(もし、彼が動いてくれていたら……)

 ほんの一瞬、心がほどけたように温かくなる。

 けれどその刹那、背後から足音が迫った。

「聖女候補様」

 しかし、それは村長の声ではなかった。

「……どなたですか?」

 振り向くと、黒いフードを深くかぶった人物が立っていた。

 顔は見えない。
 けれど、纏う空気が異様だった。

「村に来ていただいて、光栄です」

「あなたは……?」

「見れば分かるでしょう。
 ――あなたを“歓迎”するために、ここで待っていた者です」

 ぞくり、と肌に粟が立つ不気味な声。

(やっぱり、罠……!)

 逃げないといけない。そう思った瞬間、

「動かないほうがいいですよ、イレネス様。
 ――あなたは、我らに必要なのです」

 フードの下から覗いた手が暗い魔力を纏い始める。

 その魔力は、私が井戸で感じた乱れと同じもの。

(この村の異変は、やっぱり……!)

「さあ、こちらへ」

 フードの人物が手を伸ばした瞬間――空気が裂けるような音が響いた。

 何かが風のように駆け抜ける。

 世界が一瞬止まったかのような静寂。
 そして、鋭い刃の音。

「離れろ」

 低く、冷たい声が響いた。

 振り向かなくても誰なのか分かる。
 胸の奥が熱くなる。

 そこに立っていたのは――
 息もつかせぬ速さで馬を操り、剣を抜き放った青年、ダニエルだった。

「イレネス、下がれ」

「だ、ダニエル……っ、どうしてここに……!」

「お前がそんなところで大人しくしているわけがないからだ。
 それに――」

 彼は私の前に立つように片腕を広げ、フードの男から視線を逸らさない。

「こんなあからさまな罠、ロザリアが仕掛けたのは丸分かりだ」

「やはり……!」

「お前が巻き込まれるくらいなら、何だってする。
 だから、ここから先は俺に任せろ」

 その声音は普段よりも強く、そして優しかった。

 胸が震えそうになる。
 でも今は感情に浸っていられない。

 フードの男は、ダニエルの登場にも動じていない。

「来ると思っていましたよ、王宮騎士団副団長。
 あなたさえ排除できれば、聖女候補様は自由に利用できますから」

「俺の目の前で、彼女に触れるつもりか?」

 ダニエルの剣先が鋭く光る。
 その気迫に、空気が震えた。

「イレネス、走れるか?」

「……はい!」

「なら、俺の指示する方向に逃げろ。絶対に俺から離れすぎるな」

 彼の言葉にうなずいた瞬間、フードの男が動いた。
 黒い魔力が渦を巻き、地面を割る。

 大地が揺れ、村の家々の窓が一斉に鳴った。

「行け!」

 ダニエルの声が鼓膜を震わせると同時に、私は彼が示した方向へと駆け出した。

 背後では剣戟の音が響き、魔力が爆ぜる光が視界をかすめる。

 振り返れない。

 でも――

(……ダニエルが来てくれた)

 その事実だけが、私の足を強く前へ押し出していた。

 自分を狙う罠。
 ロザリアの暗躍。
 そして、村に広がる魔力の異変。

 全てが混じり合う中で、私はただ一つの思いを抱いて走り続けた。

(絶対……生きて戻る。
 この先に、確かめたい気持ちがあるから)

 大きく息を吸い込み、私は森の出口へと飛び込んだ。
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