スラム出身の“偽聖女”は、傷ついた第二王子と政略結婚しました。〜本当の私は、王に滅ぼされた最強名家の生き残りです!~

紅葉山参

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ロザリアの暗躍

重なる鼓動

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 村外れの森は、昼間にもかかわらず薄暗かった。
 木々が重なり合い、風が吹くたび枝葉がざわりと鳴る。その音に胸がざわつく。

(早く……ダニエルと合流しないと)

 彼が戦っている方向を確認しつつ、私は何度も足元の根っこを飛び越えた。心臓の鼓動が早い。走りながらも、背後の気配を何度も振り返ってしまう。

 見えるのは揺れる影と木々だけ。
 それでも、あの黒フードの男がいつ追ってきてもおかしくない。

(ダニエル……大丈夫だよね?)

 胸を締めつける不安を押し殺しながら走ったそのとき――風を割くような気配が背後から迫った。

 まさか追いつかれた……?

 振り返るより早く、腕をぐっと強く引かれた。

「っ……!」

「イレネス、こっちだ」

 声を聞いた瞬間、身体の緊張がほどけた。

「ダニエル……!」

 息を弾ませながら振り返ると、ダニエルがその場にいた。
 剣は抜いたまま。肩で息をし、額には血の滲む傷。

「怪我……!」

「かすり傷だ。気にするな」

 短く言い放つと、彼は私の背を自分の後ろにかばうように手を伸ばした。

「追ってくる。距離を取るぞ」

 二人で森の奥へ走りながら、私は問いかけた。

「敵は……?」

「まだ正体は分からない。だが、かなり“訓練された動き”をしていた。普通の村人のふりをして近づけるような奴じゃない」

 冷静な口調の裏で、わずかに怒りが混じっていた。

「イレネスを狙う理由も不明だ。……だが、今は推測している余裕がない」

「ごめんなさい……私がもっと早く異変に気づいていたら」

「謝るな。罠を仕掛けた側が悪い」

 短い言葉なのに、その言い方が妙に優しくて胸が熱くなった。

(私のために……こんなに必死になってくれてる)

 けれど甘い感情に浸る暇などない。
 走り続けるうち、森の奥で空気の流れが急に変わった。

 木々の間から冷たい気配が迫りくる。

「止まるな!」

 ダニエルが私の手を強く引く。

 その直後、背中に“何か”の殺気が迫った。

 草を裂く音。闇を切り裂く、鋭い魔力の奔流。

 私は反射的に身をすくめ、ダニエルの胸元に飛び込むような形になった。

「くっ……!」

 ダニエルは私を抱き寄せながら、剣を横薙ぎに振った。
 金属同士がぶつかるような硬質な音が鳴り、黒い魔力の塊がはじかれて木に激突する。

 その衝撃で木の幹が砕けた。

(この魔力……村の井戸で感じたものと同じ……!)

 敵がじり、と暗がりから姿を見せる。黒フードの男は距離を保ちながらも、確実に二人を追い詰める位置に立っていた。

「逃げられると思わないでください。
 ――あなたには、ここで消えていただきます」

「消えるのは……お前のほうだ」

 ダニエルの声が低く響いた。

 森の暗がりの中、彼の瞳だけが鋭く光る。
 剣先には、敵の魔力に耐えるための強化魔法がまとわりついていた。

「イレネス、俺の後ろから離れるな」

「……うん」

 まるで背中越しに心臓の音が聞こえてきそうな距離。

(守ってくれてる……私一人のために)

 敵が再び手を上げた瞬間、地面が波打つように影が広がった。
 その中心から黒い魔力が噴き出す。

「伏せろ!」

 ダニエルが私を抱き倒し、頭上を魔力が掠めた。

 木々がまとめて薙ぎ払われる轟音が響く。

「ダニエル……!」

「平気だ。まだ動ける」

 彼は肩で息をしながら、すぐに体勢を立て直す。

 剣を再び構え、敵をまっすぐに睨む。

「……この魔力、王都で感じたものと似ている。
 けれど、誰が操っているのかはまだ断定できない」

 その言葉に私ははっとした。

(王都で……? 誰かが、こんな力を……?)

 不安が胸を締めつける。

 ダニエルは続けた。

「ただ、一つだけ確かなことがある。
 ――“お前の近くに危険が迫っていた”という事実だ」

 その声音は、静かに怒っていた。

「絶対に、誰にも触れさせない」

 その言葉に胸が熱くなり、息が詰まる。

 けれど、敵は容赦なく攻撃を続けてくる。
 魔力の奔流が地面を割り、炭のような黒い煙があたりに立ちこめた。

 視界が曇り、呼吸がしづらくなる。

「イレネス、目を閉じろ!」

 ダニエルが私を抱き寄せ、自分のマントで包み込む。
 直後、黒い炎のような魔力が周囲を舐める。

 熱い。けれど、彼の腕の中だけは確かに守られていた。

(こんな状況なのに……落ち着くなんて、おかしいよ……)

 けれど、恐怖よりも彼の体温が勝ってしまう。

 やがて煙が薄れ、私たちは再び立ち上がった。

 敵はまだそこにいる。
 けれど、焦りの色がわずかに見えた。

 そのとき――森の奥から、別の気配が近づいてくる。

「……誰?」

 木々が揺れ、複数の足音が響いた。

「王宮騎士団だ!」

 聞き覚えのある声。
 複数の騎士が周囲を包囲するように走り込んできた。

「ダニエル副団長! 応援に入りました!」

「遅いぞ、まったく……!」

 そう呟きながらも、ダニエルの表情は安堵に揺れた。

 黒フードの男は状況が不利になったことを悟り、魔力を煙のように散らして姿をかき消す。

「待て!」

 ダニエルが追おうと一歩踏み出した瞬間、私は彼の腕を掴んだ。

「ダニエル……危ない。今は、追わないほうが」

 ほんの少しの迷いが、彼の瞳に影を落とす。

「……分かった。今は、イレネスの安全が先だ」

 ダニエルは深く息を吐いて剣を収める。

 私は胸の鼓動が落ち着くまで、しばらく言葉が出なかった。

「助けに来てくれて……本当に、ありがとう」

「礼なんかいらない。
 ――俺は、お前が危険にさらされることのほうが我慢できない」

 その言葉が、森の静けさに吸い込まれていく。

 騎士たちが周囲を警戒する中、
 私はほんのわずかに震える自分の指を握りしめた。

(でも……これで終わりじゃない。
 何が私を狙ったのか、まだ分からないまま)

 胸にひっかかる小さな影。

 王都で感じた“似た魔力”。
 誰かが裏で動いている――けれど、名前は見えない。

(ロザリア……あなたなの?
 それとも、もっと別の何かが……?)

 疑いは確信に変わらないまま、ただ心の奥に沈んでいく。

 森の出口で、ダニエルが静かに言った。

「イレネス。
 ――今度こそ、俺のそばを離れるな」

 その言葉は、胸の奥に深く響いた。
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